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(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
| 年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
|---|---|---|---|
| 明治10年(1877) | - | 【渋沢栄一】択善会創立(後に東京銀行集会所・会長)。王子西ヶ原に別荘を建てはじめる。〔37歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
| 8月21日 | 第1回内国勧業博覧会が上野で開催。西村勝三は最高位の竜門賞などを受賞。 | 靴の周辺 | |
| 8月21日 | 第1回内国勧業博覧会を上野公園で開く。 | 社会・風俗 | |
| 9月24日 | 西郷隆盛ら、鹿児島・城山で自刃し、西南戦争終わる。 | 社会・風俗 | |
| - | (この年)西南戦争の官需品輸送には、大倉喜八郎、賀田金三郎、福島良助、藤田伝三郎ら、関与する。 | 靴の周辺 | |
| 明治11年(1878) | - | 【渋沢栄一】東京商法会議所創立・会頭(後に東京商業会議所・会頭)。〔38歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
| 5月14日 | 参議兼内務卿の大久保利通、紀尾井坂で襲撃・刺殺される。後任に伊藤博文。 | 社会・風俗 | |
| 6月1日 | 東京株式取引所が開業。 | 社会・風俗 | |
| - | (この年)西村勝三、京都府博覧会に靴を出品し、銀賞を受賞。 | 靴の周辺 | |
| - | (この年)米国にブライアン・ブラウン社(現・ブラウン・グループ)が創業。 | 靴の周辺 | |
| 明治12年(1879) | - | 【渋沢栄一】東京海上保険会社創立。北豊島郡西ケ原村(現在の東京都北区西ケ原)に別荘(飛鳥山邸、翌年曖依村荘と命名)を構える。グラント将軍(元アメリカ大統領)歓迎会(東京接待委員総代)。養育院院長。〔39歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
| 4月4日 | 琉球藩を廃し、沖縄県を置く(琉球処分)。 | 社会・風俗 | |
| 6月4日 | 東京招魂社を別格官幣社靖国神社と改める。 | 社会・風俗 | |
| 9月27日 | 千住製絨所が開業。 | 社会・風俗 | |
| 10月 | 大倉喜八郎、大阪に「大倉組皮革製造所」を起こす。 | 靴の周辺 | |
| 11月3日 | 天長節(天皇誕生日)祝賀会の夜会。 | 社会・風俗 | |
| - | (この年)西村勝三、黒象革および底革の調査のため山崎亀太郎技師をシドニーに派遣。 | 靴の周辺 | |
| - | (この年)米国で堅牢な複式縫いのグッドイヤー式製靴機械発明される。 | 靴の周辺 | |
| 明治13年(1880) | - | 【渋沢栄一】博愛社社員(後に日本赤十字社常議員)。〔40歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
| 5月 | 陸軍軍靴の短靴は甲革を肉側面使用と決定する。 | 靴の周辺 | |
| 7月17日 | 刑法を公布(罪刑法定主義が確立)。 | 社会・風俗 | |
| 11月5日 | 工場払下げ規則を制定し、官設工場をしだいに民営に移す。 | 社会・風俗 | |
| - | (この年)西村勝三、製革工場に蒸汽機関を装備し、豪州製法にならい、黒象皮の製造に成功。 | 靴の周辺 | |
| 明治14年(1881) | - | 【渋沢栄一】ハワイ国皇帝ディヴィド・カラカウァ飛鳥山訪問。東京大学より文学部「日本財政論」の講師を嘱託される。〔41歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
| 3月1日 | 第2回内国勧業博覧会が上野公園で開催されて、靴の部門では、西村勝三(依田西村組)、弾直樹(弾北岡組)、平松芳次郎(平松製靴製革所)らが受賞。 | 靴の周辺 |
