三菱鉛筆(株)『時代を書きすすむ三菱鉛筆100年』(1986.10)

"原三郎"が書かれている年表項目はハイライトされています。

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月日 事項 年表種別
大正11年(1922) 2月1日 数原三郎、大和鉛筆(株)の技術向上のため、技師長として、大和鉛筆(株)へ入社。 事項
昭和6年(1931) 6月15日 数原三郎、日本輸出鉛筆工業組合連合会理事長に就任。 事項
昭和8年(1933) - 米国・全国産業復興法(NIRA)施行により、日本鉛筆の締出しをはかる。輸出粗悪品の追放と業界の自粛のため、米国との円満解決に数原三郎、尽力す。 事項
昭和20年(1945) 6月30日 近藤賢二社長退任、数原三郎第三代社長に就任。 事項
昭和22年(1947) 3月1日 社長数原三郎、東京鉛筆工業協同組合理事長に就任。 事項
昭和25年(1950) 11月23日 数原三郎、緑綬褒章授与せらる。 事項
昭和29年(1954) 4月12日 インセンス・シダー需給協議会設立。数原三郎会長に就任。 事項
昭和40年(1965) 11月3日 数原三郎会長、勲二等瑞宝章授与せらる。 事項
昭和43年(1968) 5月24日 第三代社長数原三郎逝去。〈社葬・青山葬儀所(5/31)〉 事項
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