※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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明治4年(1871) | - | 【渋沢栄一】大蔵省紙幣頭となる。神田小川町裏神保小路(現在の東京都千代田区神田神保町)に転居。『立会略則』刊行。〔31歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
7月 | 東京商社、三井単独経営とする(明治7年頃閉鎖) | 三井物産関係 | |
7月 | 通商司廃止 | 関連・一般事項 | |
7月 | 廃藩置県 | 関連・一般事項 | |
8月 | 三井組、横浜に生糸売込店を設置(明治8年8月閉店) | 三井物産関係 | |
明治5年(1872) | - | 【渋沢栄一】大蔵少輔事務取扱。抄紙会社設立出願。〔32歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
7月 | 三井組、呉服業を分離、府県為替方を設ける | 三井物産関係 | |
11月 | 太陽暦を採用 | 関連・一般事項 | |
11月 | 国立銀行条例公布 | 関連・一般事項 | |
明治6年(1873) | - | 【渋沢栄一】抄紙会社創立(後に王子製紙株式会社取締役会長)。大蔵省を辞める。海運橋兜町(現在の東京都中央区日本橋兜町)に転居。第一国立銀行創立・総監役。〔33歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
2月 | 抄紙会社設立(明治26年王子製紙と改称) | 関連・一般事項 | |
3月 | 三菱商会設立 | 関連・一般事項 | |
5月 | 井上馨、渋沢栄一免官、益田孝辞職 | 関連・一般事項 | |
7月 | 地租改正条例布告 | 関連・一般事項 | |
- | 新式技術によるガラス、帽子などの製造会社創設に益田孝が参画 | 三井物産関係 | |
明治7年(1874) | - | 【渋沢栄一】東京府知事より東京会議所共有金取締を嘱託される(後に東京会議所会頭)。〔34歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
1月 | 岡田平蔵、井上馨およびエドワード・フィッシャー、岡田組を設立。益田孝、頭取に就任。米の取引・輸出、岡田平蔵所有鉱山の経営、陸軍省輸入御用を主務とする | 三井物産関係 | |
2月 | 台湾征討を決定 | 関連・一般事項 | |
3月 | 岡田組解散。井上およびフィッシャーで先収会社設立。東京店頭取に益田孝就任、岡田組より鉱山以外の一切を引継ぐ | 三井物産関係 | |
7月 | 先収会社、長崎の官営高島炭坑出炭一手販売を許可される | 三井物産関係 | |
8月 | 三井組、国産方設置。府県為替方と連携して米をはじめ各種国産品を取扱う | 三井物産関係 | |
10月 | 株式取引所条例を定め、取引所を東京、大阪に置く | 関連・一般事項 | |
11月 | 小野組破綻 | 関連・一般事項 | |
明治8年(1875) | - | 【渋沢栄一】第一国立銀行頭取(後に株式会社第一銀行頭取)。商法講習所創立を支援。〔35歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
7月 | 田中製造所設立(のちの東京芝浦電気) | 関連・一般事項 |