(株)伊東屋『銀座伊東屋百年史 : one hundred years in stationery』(2004.10)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
大正3年(1914) - 【渋沢栄一】東北九州災害救済会創立、副総裁。合資会社国際通信社設立、相談役。日中経済界の提携のため中国訪問。財団法人国産奨励会設立準備委員総代、顧問。〔74歳〕 渋沢関係略年譜
- 伊東屋オリジナル万年筆「ROMEO」発売 伊東屋
大正6年(1917) - 【渋沢栄一】日米協会創立・名誉副会長。〔77歳〕 渋沢関係略年譜
- 東京海上ビルディングに出店(3坪) 伊東屋
- 合名会社に組織変更(代表者・伊藤勝太郎) 伊東屋
大正8年(1919) - 【渋沢栄一】アメリカ合衆国政府より日米船鉄交換争議の仲裁人を委嘱される。協調会創立・副会長。〔79歳〕 渋沢関係略年譜
8月 京新聯合会発足 社会・銀座
- 「欧米各国万年筆展示会」開催 伊東屋
大正10年(1921) - 【渋沢栄一】排日問題善後策を講ずるため渡米。ハーディング大統領と会見。〔81歳〕【渋沢敬三】東京帝大経済学部卒業。横浜正金銀行へ入行。 渋沢関係略年譜
4月 義孝、東京高等商業学校(現.一橋大学)卒業、株式会社明治屋に就職(27歳) 伊東屋
- 勝太郎、東京文具商同業組合評議委員に就任(昭和17年まで21年間) 伊東屋
- 銀座通り煉瓦地50年祭 社会・銀座
大正11年(1922) - 【渋沢栄一】小畑久五郎翻訳、栄一序文『アンドルー・カーネギー自伝』冨山房より刊行。日仏協会会頭。〔82歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行ロンドン支店転任。 渋沢関係略年譜
3月 勝太郎、第1回欧米視察旅行(7ヵ月世界一周) 伊東屋
- 丸の内ビルディングに出店(丸の内出張所、30坪) 伊東屋
- 両側の店を買収し、店舗拡張 伊東屋
大正12年(1923) - 【渋沢栄一】日本無線電信株式会社創立委員。大震災善後会創立・副会長、帝都復興審議会委員。〔83歳〕 渋沢関係略年譜
9月1日 関東大震災で本店店舗焼失 伊東屋
9月15日 丸の内出張所再開 伊東屋
9月 関東大震災で銀座焼尽 社会・銀座
12月4日 本店店舗補修工事完了し営業再開 伊東屋
大正13年(1924) - 【渋沢栄一】日仏会館開館・理事長。東京女学館・館長。〔84歳〕【竜門社】財団法人竜門社となる。 渋沢関係略年譜
5月21日 勝太郎の長女よねと田辺義孝が結婚。義孝、伊藤姓となる 伊東屋
6月 義孝、伊東屋に入社 伊東屋
12月 松坂屋百貨店開店(6丁目) 社会・銀座
大正14年(1925) - 【渋沢栄一】製鉄鋼調査会委員。史籍協会評議員。浅草寺臨時営繕局顧問。〔85歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行退職。 渋沢関係略年譜
3月 東京放送局試験放送開始 社会・銀座
5月 松屋百貨店開店(3丁目) 社会・銀座
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