(株)伊東屋『銀座伊東屋百年史 : one hundred years in stationery』(2004.10)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
大正15年(1926) - 【渋沢栄一】日本太平洋問題調査会創立・評議員会長。日本放送協会創立・顧問。〔86歳〕【渋沢敬三】澁澤倉庫取締役に就任。第一銀行取締役に就任。東京貯蓄銀行取締役に就任。 渋沢関係略年譜
4月 義孝、第1回欧米視察旅行(6ヵ月世界一周) 伊東屋
昭和元年(1926) - 【渋沢栄一】日本太平洋問題調査会創立・評議員会長。日本放送協会創立・顧問。〔86歳〕【渋沢敬三】澁澤倉庫取締役に就任。第一銀行取締役に就任。東京貯蓄銀行取締役に就任。 渋沢関係略年譜
12月25日 大正天皇崩御。元号“昭和”となる 社会・銀座
昭和2年(1927) - 【渋沢栄一】日本国際児童親善会創立・会長。日米親善人形歓迎会を主催。航空輸送会社設立準備調査委員会会長。〔87歳〕【渋沢敬三】東洋生命取締役に就任。理化学興業監査役に就任。 渋沢関係略年譜
6月16日 株式会社となる(社長・伊藤勝太郎、副社長・伊藤義孝) 伊東屋
昭和3年(1928) - 【渋沢栄一】日本航空輸送会社創立・創立委員長。日本女子高等商業学校発起人。〔88歳〕【竜門社】青淵先生米寿祝賀会を開催し、斯文会編訳『国訳論語』等を記念品として青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
8月26日 父・義孝、母・よねの長男として恒男生まれる 伊東屋
- 新ビル建築工事のため西側十字屋隣り、3丁目の仮店舗にて営業 伊東屋
昭和4年(1929) - 【渋沢栄一】アメリカン・ソサエティ・オブ・メカニカル・エンジニア名誉会員。中央盲人福祉協会創立・会長。〔89歳〕 渋沢関係略年譜
1月16日 銀座3丁目に新ビル新築工事着手 伊東屋
昭和5年(1930) - 【渋沢栄一】明治神宮外苑聖徳記念絵画館に壁画献納。〔90歳〕 渋沢関係略年譜
3月 銀座町名変更。銀座・銀座西それぞれ1~8丁目に 社会・銀座
4月 三越百貨店(4丁目)開店 社会・銀座
5月31日 新ビル竣工(地上8階・地下2階、ネオ・ルネッサンス様式1500坪) 伊東屋
6月1日 新ビル伊東屋開店〔現・第一伊東屋ビル) 伊東屋
- 設計・監督/岡田信一郎、施工/木田組 伊東屋
昭和7年(1932) - 【竜門社】第一次青淵先生伝記資料編纂事業を開始する。【渋沢敬三】第一銀行常務取締役就任。 渋沢関係略年譜
5月15日 五・一五事件 社会・銀座
6月 服部時計店(現・和光)開店 社会・銀座
9月5日 父・義孝、母・よねの次男として高之生まれる 伊東屋
- 「万年筆カタログ」発行 伊東屋
- 銀座の並木道が柳に植え替わる 社会・銀座
昭和8年(1933) - 【竜門社】青淵先生の遺言により渋沢家から曖依村荘を受贈する。財団法人渋沢青淵翁記念会が東京・常盤橋公園に青淵先生の銅像を建てる。 渋沢関係略年譜
3月 日本、国際連盟脱退 社会・銀座
6月1日 「今昔文具展覧会」開催(12日まで) 伊東屋
昭和9年(1934) - 【渋沢敬三】日本民族学会理事就任。 渋沢関係略年譜
3月 地下鉄京橋-銀座間、開通 社会・銀座
4月22日 伊東屋の歌(社歌)完成。作詞・生田蝶介/作曲・吉原規 伊東屋
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