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(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
| 年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
|---|---|---|---|
| 昭和18年(1943) | - | 【渋沢敬三】大東亜会議に来日のスバス・チャンドラ・ボース、約4週間綱町邸に逗留。 | 渋沢関係略年譜 |
| 10月27日 | 株式会社東北貯蓄銀行監査役佐藤鉄郎取締役頭取に就任 | ||
| 昭和19年(1944) | - | 【竜門社】機関誌『竜門雑誌』669号を発行、以後休刊する。岩波書店より『渋沢栄一伝記資料』第1巻が刊行される。【渋沢敬三】結城日銀総裁辞任につき、日銀総裁に就任。総裁時代一度も東京を離れず。 | 渋沢関係略年譜 |
| 5月15日 | 岩手殖産銀行津谷出張所の預金並に営業所を買収し、津谷出張所店舗を同所跡に設置 | ||
| 6月 | 割増金附定期預金開始 | ||
| 昭和20年(1945) | - | 【竜門社】曖依村荘を政府に寄贈する。空襲により曖依村荘内の建物の多くを焼失する。【渋沢敬三】幣原喜重郎より組閣本部に招かる。新木、山際正道と相談、大蔵大臣受諾。親任。 | 渋沢関係略年譜 |
| 3月10日 | 米空軍東京を大空襲 | ||
| 4月10日 | 株式会社東北貯蓄銀行の営業譲渡契約書に調印 | ||
| 5月14日 | 本店の機構を改正して監督部、企画部、庶務部、営業部第一部、営業部第二部の五部とし、外事課を預金奨励課、庶務課を文書課とす | ||
| 5月31日 | 株式会社東北貯蓄銀行の営業譲受実施 | ||
| 7月10日 | 仙台大空襲により下記店舗罹災、本店、名掛丁・新伝馬町・南町通・毘沙門天・元寺小路・二日町・東一番丁・米ヶ袋・表小路各支店 | ||
| 8月6日 | 米空軍広島に原子爆弾投下 | ||
| 8月15日 | ポツダム宣言受諾、無条件降伏 | ||
| 昭和21年(1946) | - | 【竜門社】財団法人竜門社、財団法人渋沢青淵翁記念会が合同して渋沢青淵記念財団竜門社となる。【渋沢敬三】公職を追放さる。本邸は大蔵省に官邸として貸与、のち財産税にて敷地とともに物納。 | 渋沢関係略年譜 |
| 2月16日 | 金融緊急措置令、同施行規則公布施行 | ||
| 5月12日 | 当行従業員組合結成 | ||
| 8月1日 | 本店機構次の如く改正//業務部(業務・考査各課) 庶務部(庶務・用度・厚生各課) 企画部(企画・調査各課) 検査課、経理課、秘書課 営業部(貸出・預金・為替・出納・受託・保管・計算各課) | ||
| 8月8日 | 臨時審査部新設 | ||
| 8月10日 | 金融緊急措置令により決算を繰上ぐ | ||
| 8月11日 | 金融緊急措置令に基き午前零時現在を以て新旧勘定分離 | ||
| 8月11日 | 金融緊急措置令改正公布施行 | ||
| 8月11日 | 封鎖預金第一・第二区分を実施 | ||
| 8月15日 | 金融機関経理応急措置法公布施行 | ||
| 10月18日 | 企業及金融機関再建整備法公布(十月三十日施行) |
