若松築港(株)『若松築港株式会社五拾年史』(1941.06)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治21年(1888) - 【渋沢栄一】札幌麦酒会社創立・発起人総代(後に取締役会長)。品川硝子会社設立、相談役。東京女学館開校・会計監督(後に館長)。〔48歳〕【竜門社】出版条例の改正により『竜門雑誌』1号を改めて発行する。第1回秋季総集会を曖依村荘にて開催する。 渋沢関係略年譜
11月11日 浚疏会社創立上申
明治22年(1889) - 【渋沢栄一】東京石川島造船所創立・委員(後に取締役会長)。門司築港会社創立・相談役。田川採炭株式会社創立・相談役。三重紡績株式会社相談役。北海道炭礦鉄道会社常議員〔49歳〕 渋沢関係略年譜
11月3日 資本金六拾万円ノ若松築港ヲ組織、若松築港出願(浚疏会社ノ具体化セルモノ)
明治23年(1890) - 【渋沢栄一】貴族院議員に任ぜられる。三本木渋沢農場開墾開始。〔50歳〕 渋沢関係略年譜
5月23日 築港許可
9月 工事着手
明治25年(1892) - 【渋沢栄一】東京貯蓄銀行創立・取締役(後に取締役会長)。元日本製帽を買収し東京帽子株式会社設立・取締役会長。〔52歳〕 渋沢関係略年譜
7月1日 開業(存立期間六十ケ年 昭和二十七年迄)
7月 資本金ヲ参拾万円ニ減資
7月 埋立地無代下渡免許
11月 翌二十六年一月一日ヨリ港銭徴収免許ヲ得
12月11日 開業式挙行
明治26年(1893) - 【渋沢栄一】喜賓会創立、幹事長。東京人造肥料株式会社取締役会長。株式会社東京石川島造船所取締役会長。王子製紙株式会社取締役会長。帝国ホテル株式会社取締役会長。〔53歳〕 渋沢関係略年譜
1月1日 港銭徴収開始(所定率ノ半額徴収)
- 商法実施ニ適従スベク七月若松築港株式会社ト社名改称石野寛平氏社長就任
明治27年(1894) - 【渋沢栄一】東京瓦斯株式会社取締役会長。東京海上保険株式会社取締役。北越鉄道株式会社創立発起人。札幌麦酒株式会社取締役会長。〔54歳〕 渋沢関係略年譜
4月25日 港銭所定率全額徴収開始
明治28年(1895) - 【渋沢栄一】東京統計協会終身会員。〔55歳〕 渋沢関係略年譜
7月 資本金ヲ四拾万円ニ増資
明治29年(1896) - 【渋沢栄一】日本精糖会社創立・取締役。東京興信所創立、評議員。東京銀行集会所会長。東京印刷株式会社設立・相談役。東洋汽船株式会社創業、監査役。東京建物株式会社創立発起人。第一国立銀行が営業満期により第一銀行となる。引続き頭取。汽車製造合資会社設立・創立委員(後に監査役)。北越石油株式会社創業・相談役。日本勧業銀行設立委員。〔56歳〕【渋沢敬三】父・渋沢篤二、母・敦子の長男として都内深川に生まる。 渋沢関係略年譜
2月 石野寛平氏社長辞任
5月 安川敬一郎氏会長就任
明治31年(1898) - 【渋沢栄一】浅野セメント合資会社監査役。韓国視察、韓国皇帝に謁見。王子製紙株式会社取締役会長を辞す(後に相談役)〔58歳〕 渋沢関係略年譜
10月 資本金ヲ百五拾万円ニ増資
11月15日 第一次拡張工事出願
明治32年(1899) - 【渋沢栄一】衆議院議員選挙法改正規制同盟会会長。福田会名誉顧問。大蔵省より北海道拓殖銀行設立委員に任命。京仁鉄道合資会社設立、取締役社長。銀行倶楽部委員 〔59歳〕 渋沢関係略年譜
4月21日 右工事[第一次拡張工事]許可
4月28日 第二次拡張工事出願
明治33年(1900) - 【渋沢栄一】京釜鉄道株式会社創立委員長。日本興業銀行設立委員。黒須銀行相談役。〔60歳〕【竜門社】青淵先生の還暦祝賀として『青淵先生六十年史 一名近世実業発達史』を刊行、青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
2月19日 貴衆両院協議会ニ於テ若松築港補助案可決、三十三年度以降五ケ年間ニ国庫及製鉄所ヨリ各五拾万円ノ補助金ヲ受クルコトヽナル
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