(株)日本勧業銀行『日本勧業銀行史 : 特殊銀行時代』(1953.06)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治5年(1872) - 【渋沢栄一】大蔵少輔事務取扱。抄紙会社設立出願。〔32歳〕 渋沢関係略年譜
2月15日 田畑永代売買解禁、地券発行さる。
8月 全国一般に地券発行さる。
10月 「小田県会社規則」(一種の不動産金融会社)作成さる。
明治6年(1873) - 【渋沢栄一】大蔵省を辞める。第一国立銀行開業・総監役。抄紙会社創立(後に王子製紙会社・取締役会長)。〔33歳〕 渋沢関係略年譜
1月7日 地所質入書入規則制定さる。
7月28日 地租改正条例発布さる。
明治9年(1876) - 【渋沢栄一】東京府瓦斯局事務長。東京養育院院長。〔36歳〕 渋沢関係略年譜
5月 大久保利通、大隈重信、「貸付局設立並資本手形発行ノ議」を建議す。
9月 坂田八郎、岡伝平、地券担保により銀行券を発行する「自由銀行」創立を華族局に建議す。
- 大蔵省、外国不動産抵当銀行制度の調査を刊行す。
明治10年(1877) - 【渋沢栄一】択善会創立(後に東京銀行集会所・会長)。王子西ヶ原に別荘を建てはじめる。〔37歳〕 渋沢関係略年譜
3月10日 坂田八郎、岡伝平、地券担保により銀行券を発行する「自由為換座」創立願書を大蔵省に提出す。
8月 里村寂「坂田氏、岡氏発法自由銀行略解」をあらわす。
10月 松平容保、「地券為換座」創立願を大隈重信に提出す。
10月 吉村嘉策外五名、「地券為換座」創立を出願す。
明治11年(1878) - 【渋沢栄一】東京商法会議所創立・会頭(後に東京商業会議所・会頭)。〔38歳〕 渋沢関係略年譜
2月 深見信治、永田義原、「興農債証条例」(地券担保金融機関)を発表す。
明治13年(1880) - 【渋沢栄一】博愛社創立・社員(後に日本赤十字社・常議員)。〔40歳〕 渋沢関係略年譜
12月 歳計節約、紙幣元資増加の布告行わる。
明治14年(1881) - 【渋沢栄一】ハワイ国皇帝ディヴィド・カラカウァ飛鳥山訪問 〔41歳〕 渋沢関係略年譜
8月 藤田一郎、「大日本勧農義社」創立願書を農商務省に提出す。
9月 内務卿松方正義、「財政議」において勧業銀行設立の必要を説く。
9月 農商工上等会議、藤田一郎の「大日本勧農義社」案を否決す。
10月9日 紙幣整理方針定まる。
明治15年(1882) - 【渋沢栄一】大阪紡績会社創立。ちよ夫人死去。〔42歳〕 渋沢関係略年譜
6月18日 岡伝兵衛、「勧農保険(資本)会社」営業許可嘆願書を東京府知事に提出す。
- 松方大蔵卿、中央銀行設立建議書中に勧業銀行設立の必要を強調す。
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