※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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昭和6年(1931) | - | 【渋沢栄一】癩予防協会会頭・理事。11月11日永眠。〔91歳〕【渋沢敬三】東京貯蓄銀行会長に就任。 | 渋沢関係略年譜 |
6月16日 | 右[就任]披露宴を大阪市中央公会堂にて開く | ||
8月20日 | 京城府西小門町に朝鮮事務所を開設す | ||
9月18日 | 柳条溝鉄路爆破より満洲事変の端を発す | ||
10月 | 初めて結晶体の味の素を包髪す(川崎工場) | ||
11月1日 | 大連市敷島町四十九番地五品ビル内に大連事務所を開設す | ||
12月 | (下旬)密閉鉄器中に陶器を入れたる加圧分解釜を採用す(川崎工場) | ||
昭和7年(1932) | - | 【竜門社】第一次青淵先生伝記資料編纂事業を開始する。【渋沢敬三】第一銀行常務取締役就任。 | 渋沢関係略年譜 |
1月29日 | 上海事変勃発す | ||
2月6日 | 大師、羽田、糀谷、大森の漁業組合より海苔の作柄不良なる川崎工場排水の害によるとの苦情再燃し、調査の結果その事実を確認せざるも五月二日見舞金を出して解決す | ||
2月29日 | 池田博士耐酸塗料製造法の特許(第九四八〇三号)を得 | ||
3月1日 | 本日より昭和八年二月までグルタミン酸塩の中和にアンモニアを使用す | ||
3月 | 広島市下中町十一番地に広島事務所を開設す | ||
5月5日 | 日華停職協定成立す | ||
5月 | 大阪に味の素食堂と称する食堂現われ交渉の上該名称の使用を中止せしむ | ||
5月 | 大阪支店倉庫の一部を改造し鉄骨建の包装所を造り旧包装所を移す | ||
6月29日 | 京橋区宝町一ノ七味の素ビルディング新築落成式を挙行す | ||
7月21日 | 味の素ビル落成祝賀のため取引先その他朝野名士多数を招待す | ||
7月29日 | 本社を新館に移す | ||
7月 | 澱粉工場を移転すると同時にロール粉砕機をレーモンド粉砕機に変更す(川崎工場) | ||
10月11日 | 会社の名称を味の素本舗株式会社鈴木商店を改む | ||
12月 | 大阪の品料理業者味の素会を組織す |