味の素(株)『味の素沿革史』(1951.03)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
大正12年(1923) - 【渋沢栄一】日本無線電信株式会社創立委員。大震災善後会創立・副会長、帝都復興審議会委員。〔83歳〕 渋沢関係略年譜
12月 本店広告課にて初めて新家庭日記を出版す
大正13年(1924) - 【渋沢栄一】日仏会館開館・理事長。東京女学館・館長。〔84歳〕【竜門社】財団法人竜門社となる。 渋沢関係略年譜
1月 大阪市淀川区中津本通一丁目八番地に大阪包装毒造る
3月15日 震災後の除酸装置完成し使用し始む(川崎工場)
4月1日 本店内に東京営業所を設け本店管内に於ける味の素、澱粉の販売事務を担当せしむ
5月 震災後の工場修理改造完了し全面的作葉旧に復す(川崎工場)
7月 川崎工場の建築はじめて鉄骨となる
9月19日 監査役青木大三郎逝去す
11月 会社の資本金を五百万円に増加す
12月 貯水池(二二五坪)の建設に着手す(川崎工場)
12月 川崎工場復興工事一応の完成をみる
- この年より澱粉精製に遠心分離機を使用す(川崎工場)
大正14年(1925) - 【渋沢栄一】製鉄鋼調査会委員。史籍協会評議員。浅草寺臨時営繕局顧問。〔85歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行退職。 渋沢関係略年譜
3月 川崎工場内に消火栓二十四ヵ所設置、外に市水道け消火栓四ヵ所あり
3月 貯水池完成す貯水量四七、一一一石(川崎工場)
7月1日 川崎に市制布かる
7月4日 社長の尊父隆元院殿開誉栄照居士五十回忌法要に当り、初めて十五年以上勤続社員の表彰を行う
8月12日 樋口喜之八、渡辺彦兵より予てより提起中の味の素特許無効審判請求事件は請求人の敗訴に帰す(この前後に起軌し特許無効審判請求事件数件は何れも当方の勝訴に終局せり)
8月 川崎工場北側多摩郷新堤防改修工事完成す
8月 大阪市東淀川区豊崎西通りに大阪第二包装所(保税工場)を造る
10月1日 初めて全国的の味の素小缶景品附特売を行う
10月15日 川崎工場従業員争議を起し約一週間罷業す
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