※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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大正8年(1919) | - | 【渋沢栄一】アメリカ合衆国政府より日米船鉄交換争議の仲裁人を委嘱される。財団法人協調会創立・副会長。〔79歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
5月17日 | コール-マネーを勘定科目に追加 | 当行 | |
5月22日 | 若松出張所を支店に昇格 | 当行 | |
6月28日 | ベルサイユ平和条約調印 | 参照事項 | |
7月1日 | 貸付有価証券の取扱を開始 | 当行 | |
7月8日 | 資本金2000万円を1億円に増額決定 | 当行 | |
7月15日 | 取締役を10名以内、監査役を4名以内に増員、社長のほか常務取締役を代表取締役とする | 当行 | |
7月21日 | 増資新株公募、即日締切り(払込期日 9.1) | 当行 | |
8月15日 | 株式会社三菱銀行設立(三菱合資会社銀行部独立10.1開業) | 参照事項 | |
10月7日 | 原富太郎・岸本兼太郎取締役に、大橋新太郎監査役に就任 | 当行 | |
12月29日 | 三井合名会社2億円に増資 | 参照事項 | |
大正9年(1920) | - | 【渋沢栄一】社団法人国際聯盟協会創立・会長。日華実業協会創立、会長。子爵を授けられる。〔80歳〕【竜門社】青淵先生八十寿及び子爵へ陞爵の祝賀会を開催し、記念として青淵文庫を青淵先生に贈呈する。 | 渋沢関係略年譜 |
1月16日 | 国際連盟成立 | 参照事項 | |
1月30日 | 社長三井高保辞任、三井源右衛門社長に就任 | 当行 | |
1月31日 | 次長の定数を本店営業部・大阪支店は2名以内、横浜・京都・神戸各支店は1名とする | 当行 | |
2月1日 | 東京預金協定利率6分5厘に引上げ(勉強利率を廃止) | 参照事項 | |
3月15日 | 反動恐慌おこる。諸株暴落、商品市況悪化 | 参照事項 | |
4月6日 | 増田ビルブローカー銀行閉店し以後銀行取付け続出 | 参照事項 | |
4月14日 | 政府・日本銀行、財界救済声明 | 参照事項 | |
7月31日 | 銀行条例を改正し、銀行合併手続を簡易化 | 参照事項 | |
8月2日 | 十五銀行は浪速・神戸川崎・丁酉の3銀行を合併し、資本金1億円となる | 参照事項 | |
大正10年(1921) | - | 【渋沢栄一】ワシントン軍縮会議実況視察のため渡米。ハーディング大統領と会見。〔81歳〕【渋沢敬三】東京帝大経済学部卒業。横浜正金銀行へ入行。 | 渋沢関係略年譜 |
3月1日 | 東京預金協定利率5分7厘に引下げ | 参照事項 |