三菱地所(株)『丸の内百年のあゆみ : 三菱地所社史. 上巻』(1993.03)

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目次項目 ページ
目次 NP
発刊にあたって 取締役社長 高木丈太郎 NP
口絵 巻頭
創業から当社設立へ p1
口絵 p1
序章 丸の内の黎明(中世~明治初年) p18
第1節 松原つづきの漁村 p18
江戸城を離れて丸の内は語れない p18
太田道灌の江戸築城 p18
江戸の起こり p19
第2節 徳川家康の入府と江戸の町づくり p22
道灌以後の江戸 p22
家康の関東入国 p23
江戸の町づくり p24
江戸城なる p26
大名小路の盛観 p29
第3節 寛永以後の江戸城下と丸の内 p31
江戸の大火と都市計画 p31
「丸の内」の起源 p33
大名小路郭の重要政庁 p34
第4節 明治維新直後の丸の内 p36
江戸開城と丸の内 p36
東京遷都 p37
大名屋敷は兵営となる p39
町名の制定と地券の交付 p41
丸の内周辺の変遷 p42
その他周辺の主要建物 p46
コラム 平将門の首塚 p48
第1章 丸の内、三菱の所有となる(明治初年~23年) p50
第1節 明治の首都改造 p50
1. 初期の計画 p50
江戸から首都東京へ p50
銀座煉瓦街の計画と建設 p51
官庁集中計画 p54
2. 市区改正事業 p57
市区改正をめぐる政治的対立 p57
市区改正事業の実施 p60
第2節 三菱の発祥と不動産業 p64
1. 三菱の発祥 p64
岩崎弥太郎と創業 p64
三川商会から三菱商会へ p67
郵便汽船三菱会社と岩崎弥太郎の苦闘 p69
2. 不動産事業の始まり p72
三菱社の創立と岩崎弥之助 p72
地所係・地所方の設置 p73
不動産の会計処理 p75
倉庫業と不動産賃貸業 p77
この時期の主な土地の異動 p80
第3節 丸の内土地の払下げ p83
1. 払下げをめぐる動き p83
兵営街の移転計画 p83
丸の内払下げへ p85
入札の行方 p87
2. 弥之助、丸の内を購う p90
弥之助の決断 p90
グラスゴーからの電報 p92
東京市会の丸の内買取り案 p93
128万円を8回分納 p95
神田三崎町練兵場地の追加 p99
兜町から丸の内へ p102
コラム 丸の内の百年を見続けた銅像 p104
第2章 一丁倫敦の完成(明治23年~45年) p106
第1節 丸の内ビジネス街の計画と建設 p106
1. ビジネス街の計画 p106
草ぼうぼうの丸の内 p106
岩崎弥之助の建築方針 p108
丸ノ内建築所の設立 p109
測量と地質調査の開始 p111
文化施設・商店街・賃貸住宅建設の計画 p113
2. わが国貸事務所の始まり p116
第1号館の建設 p116
第1号館の設備と入居者気質 p119
第2号館と第3号館 p125
「三菱村の四軒長屋」 p127
第2節 丸の内ビジネス街の開花期 p130
1. 日露戦争前後 p130
第4号館、第5号館の建設 p130
住宅兼用事務所―第6号館、第7号館 p132
日露戦争前後の丸の内 p135
京阪神地区での建築業務 p138
2. 三菱の街づくり p141
煉瓦造建築の最後―第12号館、第13号館 p141
明治末年の丸の内とその周辺 p145
「模範街」建設への責任 p146
第3節 丸の内以外での不動産経営 p148
1. 農事経営 p148
三菱社の不動産投資姿勢 p148
新潟の水田経営 p148
児島湾の干拓 p150
2. 土地家屋の賃貸事業 p151
三崎町土地の経営 p151
越前堀の土地家屋賃貸 p155
愛宕町の土地家屋賃貸 p157
その他東京地区の不動産経営 p158
3. 岩崎家の不動産事業 p161
大和郷住宅地の開発 p161
末広農場の経営 p163
小岩井農場の経営 p164
第4節 三菱合資会社の設立と不動産事業経営 p167
三菱合資会社の設立 p167
合資会社形態を採った理由 p169
地所用度課から地所課へ p170
地所部となり、資本金を設定 p171
明治期の経営成績 p172
コラム 街路樹のはじめ p176
第3章 東京駅の開業と第一次世界大戦(大正元年~9年) p178
第1節 東京駅の開業 p178
市街地高架線の建設 p178
東京駅の設計 p180
東京駅開業 p183
東京駅をめぐる交通網の整備 p186
第2節 ビジネスエリアの広がり p188
1. アメリカ式建築への移行期 p188
鉄骨鉄筋コンクリート造オフィスビルの出現 p188
第21号館の建設 p191
三菱本社設計競技と第22号館 p195
第23号館以降の建物 p200
2. 各社のビル建設始まる p203
社外建物の建設 p203
東京海上ビルと三菱銀行本店 p205
丸の内中枢の移動 p209
第3節 第一次世界大戦と丸の内 p211
大戦景気と事務所需要 p211
地画番号制定と館名の改称 p213
丸ノ内郵便局と中央郵便局 p215
幻の「ジャパンホテル」構想 p217
第4節 分系会社の独立と地所部 p220
岩崎小弥太の社長就任 p220
分系会社の独立 p221
地所課改称と技師長の新設 p223
大正9年再び地所部に復帰 p225
東山農事の設立と一部業務移管 p227
大正前期の主な土地の異動 p228
コラム 第1回地所課余技展 p230
第4章 丸ビルの建設と関東大震災(大正9年~昭和5年) p232
第1節 丸ビルの建設と経営 p232
1. 建築の構想 p232
丸ビルを必要とした背景 p232
フラー社との交渉のきっかけ p233
ポールスターレットと近藤廉平 p235
丸ビル建築を決定 p238
小弥太社長の英断 p241
桜井小太郎とその設計思想 p241
2. 建築工事 p245
フラー建築会社と実費精算方式 p245
施工契約 p249
工期と作業管理 p251
画期的工法 p254
耐震構造と大正11年4月の地震 p257
フラー建築会社は「追放」されたか p259
3. 丸ビル開館 p261
申込み殺到 p261
主なテナント p262
開館直後の丸ビル p265
『安全第一ビルヂング読本』 p267
関東大震災直前の丸の内 p268
第2節 関東大震災と首都の復興 p276
1. 震災と丸の内 p276
大地震発生 p276
三菱の対応 p277
建物の被害と地所部の活躍 p279
臨時救護所の設置 p282
フラー建築会社の震災報告 p284
官公庁の丸の内への集中 p291
2. 災害からの復興 p292
帝都復興計画 p292
丸ビルと丸の内の復旧 p293
大手町・有楽町地区の区画整理 p297
街路の舗装と行幸道路の完成 p299
大正から昭和へ p301
第3節 復興計画の完了とインフラ整備 p303
1. 昭和初期のビジネス街 p303
昭和の幕開き p303
建築熱の回復 p304
八重洲ビルの建設 p308
町名の変更と首都復興の完了 p311
2. 交通網の発達と通勤サラリーマン族の出現 p317
バス・タクシーの始まり p317
モータリゼーションの進展 p320
丸ノ内ガラーヂの建設 p322
鉄道網の整備 p325
通勤サラリーマン族の出現 p327
郊外住宅地の発展 p329
第4節 三菱合資会社地所部時代の経営 p332
大正期の職制異動 p332
大正、昭和初期時代の経営成績 p334
大正、昭和初期の主な土地の異動 p335
清澄庭園を東京市に寄付 p340
財団法人東洋文庫の設立 p341
財団法人静嘉堂の設立 p342
コラム ツェッペリン伯号と丸ビル p344
創立から財閥解体へ p354
口絵 p354
第5章 三菱地所株式会社の誕生(昭和5年~12年) p354
第1節 世界恐慌の波と丸の内 p354
浜口首相狙撃さる p354
不景気風吹く丸の内 p355
サラリーマン受難時代 p358
満州事変、五・一五事件と三菱の対応 p360
丸ビル地方物産陳列所の開設 p362
ビルヂング茶話会の発足 p364
住宅も引き受けた設監部門 p365
第2節 「満州国」での事業 p368
「満州国」の建国 p368
三菱各社と「満州」 p369
「新京」康徳会館の建設 p370
白山住宅の建設 p375
康徳吉祖股〓[にんべん+分]有限公司の設立 p376
「満州国」皇帝の訪日 p377
第3節 三菱地所株式会社の誕生 p379
1. 合資会社からの独立 p379
当社独立の経緯 p379
営業譲渡契約締結 p382
昭和12年5月7日誕生 p386
本社にとどまった建築部門 p389
2. 丸の内の整備時代 p391
姿消す明治の建築 p391
三菱諸建物の新増築 p394
丸ビルも化粧直し p397
第二丸ビル着工へ p400
丸ビル―東京駅連絡地下道の開通 p404
有楽町興行街の形成 p407
第4節 当社独立前後の経営 p409
地所課時代の成績 p409
当社独立直後の営業成績 p411
当社独立当時の職制 p412
三菱合資会社の株式会社化 p413
コラム 昭和時代の岩崎家御邸 p416
第6章 太平洋戦争と丸の内(昭和12年~20年) p418
第1節 丸の内にも戦火の嵐 p418
1. 戦時体制への移行 p418
二・二六事件から「支那事変」へ p418
統制関連諸法次々と公布 p421
木造事務所の出現 p422
戦時への備え―井水連絡と町内会 p426
紀元2600年と丸の内 p428
2. 空襲と丸の内 p431
太平洋戦争に突入 p431
ビルの金属回収 p434
戦時体制下の丸の内 p436
丸の内の空襲被害 p439
(1) 20年1月27日の空襲 p439
(2) 20年3月9日~10日の空襲 p441
(3) 20年5月25日の空襲 p442
(4) その他の空襲被害 p444
特設防護団の活躍 p445
第2節 丸の内以外での事業展開 p447
1. 各地の建物経営 p447
開東閣の管理 p447
「京城」、福岡の三菱ビル p449
「奉天」土地と建物の交換 p451
三菱本社所有在外建物の管理 p453
(1) 漢口 p453
(2) 北京 p454
2. 戦時中の埋立事業 p455
苅田臨海工業地帯の造成 p455
宮崎県での埋立事業 p457
3. 当社を支えた設計監督部門 p459
軍需工場・社宅などの設計 p459
(1) 三菱重工業 p459
(2) 三菱電機 p463
(3) 日本光学工業(現ニコン) p465
海外における設計監督事業 p465
(1) 「満州」 p465
(2) 「朝鮮」 p466
(3) 上海 p466
(4) 南方地区、その他 p467
第3節 戦時下の当社経営 p468
1. 戦時下の経営体制 p468
山室宗文会長の就任と職制の改正 p468
赤星前会長の死 p470
徴兵、徴用と戦時下の勤務体制 p472
2. 戦時下の営業成績 p475
太平洋戦争開戦までの営業成績 p475
戦時下の営業成績と八重洲ビルの譲受け p479
三菱社の株式公開と社名変更 p482
東京ビルヂング協会の設立 p485
不動産協会の設立 p487
コラム 大手町官庁街の大火 p488
第7章 占領軍の進駐と戦後の混乱(昭和20年~25年) p490
第1節 敗戦と財閥解体 p490
1. 占領下の丸の内 p490
戦争の終結 p490
丸の内占領さる p491
接収建物での苦労 p493
容易でなかった賃料の値上げ p497
事務所難の打開 p499
終戦直後の丸の内点描 p502
2. 財閥の解体 p504
財閥解体指令 p504
岩崎小弥太社長の抵抗 p506
本社解散を決議 p507
財閥解体のプロセス p509
小弥太社長の死 p511
グループ各社の解体と分割 p513
第2節 危機に見舞われた事業基盤 p517
1. 混乱を極めた企業体制 p517
制限会社に指定 p517
戦時補償の打切り p518
特別経理会社に該当 p520
集中排除会社に指定 p522
当社の対応 p524
対日占領政策の変化と「カウフマンレポート」 p528
臨時渉外室の活躍 p529
整備計画の完了 p531
相次ぐ社長の交代 p532
2. 三つに分かれた丸の内 p534
三菱本社の不動産処分 p534
丸の内をめぐる当社と三菱本社との対立 p537
第二会社による丸の内の経営 p539
陽和不動産株買占め事件 p542
第3節 終戦直後の当社経営 p545
1. 自活する設計監理部門 p545
戦後応急簡易住宅の受注 p545
地方都市での活躍 p546
(1) 北海道での炭住設計 p546
(2) 名古屋出張所の活躍 p548
(3) 大阪出張所の発足 p549
(4) 水島地区の動静 p550
(5) 苅田臨海工業地帯造成事業のその後 p551
新規顧客の開拓 p552
(1) キリンビール p552
(2) 東京海上火災保険 p553
(3) 東海工業、北海道拓殖銀行ほか p554
2. 社員の奮起と営業成績 p555
飢餓からの脱出 p555
製塩や醤油製造も p556
従業員組合の結成 p558
第1回の運動会 p561
終戦直後の営業成績 p563
中世の江戸図[村井益男『江戸城』中公新書、昭和39年] p20
家康入府当時の江戸図[『千代田区史』上、昭和35年] p23
道三堀の開鑿[鈴木理生『幻の江戸百年』筑摩書房、平成3年] p25
慶長11、12年の江戸城普譜[前掲『幻の江戸百年』] p26
江戸城の完成[鈴木理生『千代田区の歴史』名著出版、昭和53年] p27
江戸城築城略年表 p28
慶長江戸図に基づく丸の内周辺諸大名の配置図[『古図より見たる丸ノ内』三菱合資会社地所部、昭和4年] p29
江戸城下の各郭[前掲『古図より見たる丸ノ内』] p33
評定所と伝奏屋敷[前掲『江戸城』] p35
千代田区内の大区と小区[『千代田区史』中、昭和35年] p41
西の丸下の変遷と明治9年の大名小路[前掲『千代田区史』中] p43
官庁集中計画案(ベックマン案)[藤森照信『明治の東京計画』岩波書店、昭和57年] p56
三菱マークの変遷 p68
地所係が置かれるまでに購入した主要地所家屋(明3.11~11.6) p75
郵便汽船三菱会社損益勘定書(明8~18) p78
地所家屋収支勘定書(明13後半期~14) p79
地所係が置かれてから丸の内土地払下げまでに購入した主要地所家屋(明11.8~23.2) p80
下谷茅町購入家屋見取図[『三菱社誌』] p81
土地取得状況(明10~18) p82
丸の内地区公売対象地[『東京市史稿 市街篇』〈第79〉、昭和63年] p85
土地売却代価一覧表[前掲『東京市史稿 市街篇』〈第79〉] p87
丸の内土地入札区分図[前掲『東京市史稿 市街篇』〈第79〉] p88
払下地内訳表(明23.3.11)[『三菱社誌』補遺] p95
丸の内払下地見取図 p96
明治23年払下地賦租一筆限表(明23.7.31、東京市麹町区役所) p97
明治23年払下地賦租一筆限表(明23.7.31、東京市神田区役所) p97
坪数訂正願(明23.9.16) p98
布基礎とクイーンポストトラス[江口敏彦『東京の近代建築』理工学社、平成2年] p118
第1号館から第13号館までの入居者一覧(明44)[当社『縮刷 丸の内今と昔』、昭和27年] p145
明治末年の丸の内 p147
児島湾開墾事業地[地図使用承認(c)昭文社 昭著第921101号] p150
神田三崎町三丁目1番家屋新築届(明25.3.1) p152
越前堀新旧地図[旧:安藤力之助『東京市全図』明治42年、新:地図使用承認(c)昭文社 昭著第921101号] p155
愛宕町新旧地図[旧:前掲『東京市全図』、新:地図使用承認(c)昭文社 昭著第921101号] p157
内幸町新旧地図[旧:前掲『東京市全図』、新:地図使用承認(c)昭文社 昭著第921101号] p160
三菱合資会社発足時の事業所 p169
地所家屋ならびに営繕方勘定明細表(明26.12.15) p173
明治時代の地所部収支損益表(明27~38) p173
三菱合資会社部別純益の推移(明27~43) p174
明治30年(1897)当時の東京近郊鉄道網[『東京駅誕生』鹿島出版会、平成2年] p178
バルツァー案の乗車口(改札所)の正面および側面[前掲『東京駅誕生』] p181
東京駅本屋工事従事職工人夫数[金井彦三郎「東京停車場建築工事報告」『土木学会誌』第1巻第1号、大正4年2月] p185
東京駅工事別職工人夫数および工費[前掲「東京停車場建築工事報告」] p185
大正3年(1914)当時の東京近郊鉄道網[前掲『東京駅誕生』] p187
昭和元年(1926)当時の東京近郊鉄道網[前掲『東京駅誕生』] p187
第21号館の概要[『建築雑誌』、大正3年7月] p192
第14号館から第21号館位置図 p193
第21号館1階平面 p193
第21号館のテナント(大11) p194
三菱仮本社(第22号館)の概要 p198
第26号館1階平面図 p201
大正8年の八重洲町一丁目周辺 p202
大正初期の丸の内における主な建築物 p208
丸の内地画番号図(大正8年6月現在) p213
新旧館名一覧表 p214
丸の内発着郵便物の推移(大6~11) p216
丸の内発着外国電信数の推移(大6~11) p216
三菱合資会社組織図(大正5年8月現在)[『三菱の百年』三菱創業百年記念事業委員会、昭和45年] p222
三菱合資会社組織図(大正8年12月現在)[前掲『三菱の百年』] p222
東京市から取得した土地 p229
三菱本社使用スペースの推移 p232
東京停車場前貸事務所設計案 p239
丸ビル各階平面図 p243
丸の内三菱関連ビルのレンタブル比[藤森照信「丸ビルが建てられた秘密」『丸ビルの世界』かのう書房、昭和60年] p244
フラー建築会社主要株主持株比率 p246
フラー建築会社収支推移 p247
フラー建築会社受取手数料工事別推移 p248
就業時間表 p251
フラー建築会社賃金表 p251
工事進捗日程(大9~10) p252
当初の大口テナント(大12.8現在) p264
丸の内と丸ビルの人口(大15.10.31現在)[大渕鉄大郎稿「(26)丸ノ内ビルヂング」、昭和40年] p267
有楽町地区の区画整理[『東京特別都市計画土地区画整理地区現形並換地位置決定図』〈第1集〉、復興局] p297
社有地町名地番改称表 p312
私鉄網発達図[『大東京写真案内』博文館新社、平成2年復刻] p327
地所部陣容(大9.1) p333
地所部陣容(大12末) p333
地所部陣容(昭4末) p333
地所部(課)損益勘定の推移(大元~昭6) p336
主な土地譲渡益の推移(大9~昭3) p337
社有土地および建物調べ(昭4末現在) p339
地所部の本社納付金推移(大元~昭6) p339
丸の内における空室率の推移 p355
昭和初期の失業者数の推移[大原社会問題研究所『日本労働年鑑』、昭和6~10年版] p358
丸の内の事務所数の推移[赤星陸治『丸ノ内今と昔』冨山房、昭和16年] p359
事務所の業種別分類[前掲『丸ノ内今と昔』] p360
昭和初期の地所部設計監督の主要工事 p367
「満州国」概念図[『日本全史』講談社、平成3年] p368
「満州」における三菱系企業一覧 p370
「新京」市街図[加藤祐三『アジアの都市と建築』鹿島出版会、昭和61年] p371
康徳会館(増築後)のテナントー覧 p373
三菱合資会社組織図(昭和6年12月現在)[前掲『三菱の百年』] p380
丸ノ内ビルヂング入館者調べ(昭13,1.7) p407
三菱合資会社地所課職員(昭7.9.30現在) p409
地所課損益の推移(昭7~11) p409
丸の内における新規賃料の比較 p410
株式会社三菱社組織図(昭和12年12月現在)[前掲『三菱の百年』] p414
丸の内における当社関係木造事務所一覧 p425
丸ノ内町会発足時の会員 p428
丸の内における当社所管ビルの昇降機供出状況 p436
「京城」三菱ビル位置図 p449
営業収支の推移(第1期~第9期) p476
営業収入の内訳(第1期~第9期) p477
主要資産項目の推移(第1期~第9期) p478
主要負債項目の推移(第1期~第9期) p479
営業収支の推移(第10期~第17期) p480
営業収入の内訳(第10期~第17期) p480
主要資産項目の推移(第10期~第17期) p481
主要負債項目の推移(第10期~第17期) p482
株式会社三菱社組織図(昭和15年12月現在)[前掲『三菱の百年』 p484
株式会社三菱本社組織図(昭和18年2月現在)[前掲『三菱の百年』] p484
官庁街罹災図[『近代日本建築学発達史』丸善、昭和47年] p488
丸の内地区における主な接収建物一覧 p494
三菱本社分系会社の戦後変遷 p515
新旧勘定別貸借対照表(昭21.8.10現在) p521
特別損失概算(昭22.2.27現在) p522
当社歴代社長(当社設立から昭和44年まで) p532
三菱本社貸借対照表(昭21.9.30現在) p535
陽和・開東分割 p540
三菱本社が第二会社に出資した資産 p541
営業収支の推移(第18期~第21期) p563
明治16年の丸の内[参謀本部陸軍部測量局「東京中部」より(部分)] 前見返し
大正10年の丸の内[人文社蔵版「電車線路図 丸ノ内地図」]より 後見返し
昭和11年11月三菱合資会社地所課発行の「丸ノ内略図」 折込
丸の内ビジネスセンター NP
丸ノ内ビルヂング NP
大正初期の丸の内仲通り NP
承応2年(1653)の江戸城周辺図 NP
大名の登城風景 NP
広重画『江戸名所』数寄屋河岸から日比谷を見る NP
幕末の二重橋 NP
天皇東幸の図 NP
慶応元年(1865)の丸の内周辺図 NP
明治19年の消防絵馬 NP
明治13年の東京地図 NP
日比谷練兵場(今の日比谷公園)での観兵式 NP
維新後の皇居前広場の様子 NP
京橋の煉瓦街 NP
常盤橋にできた紙幣寮(印刷局) NP
維新後の丸の内お堀端の図 NP
明治32年の「三菱カ原」(郡司福秀画) NP
丸の内ほか土地の払下げ願い書(控)[三菱総合研究所] NP
128万円の領収証[三菱総合研究所] NP
明治37年、築地の海軍大学校で揚げた気球から撮影した東京市街 NP
第1号館 NP
第2号館[日本建築掌会] NP
第3号館 NP
東京商業会議所 NP
明治42年ごろの馬場先通り「一丁倫敦」[石里コレクション保存会] NP
第12号館の工事現場(明治40年10月) NP
明治44年、東京市役所屋上から見た丸の内周辺[東京都公文書館蔵『東京風景』、明治44年] NP
設計者の辰野金吾が自ら描いた東京駅完成予想図[東京ステーションギャラリー] NP
第11、9、7、5号の各館 NP
米国式貸事務所の元祖、三菱21号館 NP
工事中の丸ビル(大正11年夏ごろ) NP
丸ビル絵はがき NP
ビルの利用心得『ビルヂング読本』 NP
大正9年ごろの東京駅周辺 NP
大正13年の丸ビル内部(皇太子ご成婚奉祝) NP
丸ビル内部(大正15年ごろ) NP
三菱21号館前から西方向を見る NP
関東大農災で被害を受けた郵船ビル NP
関東大震災図(大正12年9月13日付『大阪日報』付録) NP
地震に伴う火災で炎上する帝劇 NP
復旧工事中の丸ビル(大正14年6月) NP
復旧なり5周年を迎えた丸ビル NP
昭和2年、地所部発行の『昇降機運転手心得』 NP
現在の有楽町ビル付近から丸の内方向を見る(昭和4年ごろ) NP
昭和初期の丸ノ内東通り NP
昭和2年ごろの東京駅前 NP
昭和天皇即位を祝う馬場先通りの仮装行列 NP
昭和6年ごろの丸ビル玄関前[『日本地理風俗大系大東京篇』新光社、昭和6年] NP
昭和2年ごろの東京駅周辺 NP
昭和初期の日比谷通り NP
昭和2年度版『丸之内附近鳥轍図』 NP
岩崎彌太郎 NP
岩崎彌之助 NP
岩崎久彌 NP
岩崎小彌太 NP
太田道灌像 p19
桔梗門 p19
長禄江戸図[東京都立中央図書館特別文庫室] p21
徳川家康像[徳川黎明会] p24
寛永江戸絵図(部分) p31
町奉行所 p35
ペリー来航[アートエフ] p36
江戸無血開城[聖徳記念絵画館] p37
『東京府通町ヨリ呉服橋之遠景』 p38
明治2年の丸の内周辺 p39
午砲「ドン」 p40
明治初年の江戸城周辺 p42
明治14年の丸の内周辺 p45
陸軍練兵場[石里コレクション保存会] p45
陸軍裁判所[石里コレクション保存会] p46
竹橋陣営[石黒コレクション保存会] p47
大蔵省[日本建築学会] p47
紙幣寮製造場[『幕末・明治・大正 回顧80年史』〈第11輯〉東洋文化協会、昭和14年] p47
大審院[日本建築学会] p47
平将門の首塚 p48
横浜居留地地図[神奈川県立文化資料館] p51
新橋停車場[日本建築学会] p52
銀座煉瓦街[日本建築学会] p54
井上馨[毎日新聞社] p54
鹿鳴館 p55
司法省庁舎[日本建築学会] p57
芳川顕正[毎日新聞社] p58
妻木頼黄[日本建築学会] p60
東京市区改正予図 p61
日比谷公園の開園式 p62
岩崎彌太郎と生家の土蔵 p65
西長堀付近 p66
九十九商会天水桶 p68
明治43年の英文営業案内 p68
上海航路の出帆広告[『東京日日新聞』明治8年2月8日付] p69
岩崎彌太郎を描いた切手 p70
三菱会社南茅場町本社[『岩崎久彌伝』、昭和36年] p71
明治10年ごろの三菱会社幹部[『岩崎彌大郎伝』〈下巻〉、昭和42年] p71
岩崎彌之助 p73
近藤廉平[日本郵船] p74
岩崎彌之助の屋敷[『岩崎彌之助伝』〈上巻〉、昭和46年] p74
江戸橋三菱の荷蔵[三菱総合研究所] p77
深川小松町の倉庫・銀行事務所 p77
ニコライ堂から丸の内方面を望む[『全東京展望写真帖』大塚巧芸社、昭和7年]と建築中のニコライ堂[三菱総合研究所] p84
渋沢栄一[毎日新聞社] p86
陸軍省[日本建築学会] p89
松方正義[毎日新聞社] p91
荘田平五郎の見たロンドン[小林司氏] p92
彌之助の書状[静嘉堂文庫] p93
荘田平五郎[三菱総合研究所] p94
分割払請願書[三菱総合研究所] p96
三崎町練兵場[『新撰東京名所図会』東陽堂、明治32年] p99
三崎町周辺図[参謀本部陸軍部測量局「東京北部」] p100
神田淡路町の三菱社[『全東京展望写真帖』大塚巧芸社、昭和7年] p101
第一国立銀行[石里コレクション保存会] p103
楠木正成の銅像 p104
明治35年ごろの三菱カ原 p106
大名屋敷跡の築山と遊ぶ子供たち p107
曽禰達蔵[三菱総合研究所] p109
J.コンドル p110
岩崎家深川別邸[前掲『岩崎久彌伝』] p110
丸ノ内建築所建物 p110
丸ノ内建築所会計定規[三菱総合研究所] p111
丸の内美術館計画図 p115
東京府庁舎[日本建築学会]とその内部[『日本地理大系 大東京篇』改造社、昭和5年] p116
コンドル銅像 p117
内田祥三[日本建築学会] p119
第1号館の落成祝い p120
第1号館の室内 p121
客溜り側から見た室内 p121
竣工当初の第1号館外観 p122
南側正面玄関前からの見上げ p122
マンサードルーフと棟飾り p123
階段の装飾 p123
コンドル自筆と思われる第1号館立面図 p123
第1号館平面図 p123
昭和35年ごろの室内風景 p124
昭和35年前後の雪の日、外観 p124
内部より見た南側正面玄関 p124
第2号館 p125
第3号館[日本郵船] p126
近代水道100年記念切手 p127
東京商業会議所と竣工式の模様 p128
明治31年ごろの丸の内[『新撰東京名所図会』東陽堂、明治31年] p129
「丸ノ内建築所日誌」と「諸支払証書」 p130
第4号館 p131
第5号館立面図 p132
第7号館平面図 p133
丸之内南方中部建物配置案 p134
第7号館 p134
人力車置場 p135
馬場先門交差点を行く路面電車 p136
日露戦争九連城陥落祝勝会 p137
日露戦争祝勝時の馬場先通り p138
三菱合資会社神戸支店 p139
神戸造船所[三菱重工業] p140
東京倉庫和田岬大桟橋[『Souvenir for the Opening Ceremony of Wada Pier,kobe』、明治41年] p140
第8号館と第9号館の工事風景 p142
竣工した第8号館と第9号館 p142
第12号館の敷地 p142
第12号館の基礎 p142
第13号館 p143
一丁倫敦[東京名所絵はがき] p143
馬場先通りの街路樹 p144
帝国劇場 p146
警視庁 p146
新潟事務所 p149
新潟事務所関係書類 p149
三崎町三丁目明細地図 p153
東京座[日本建築学会] p154
越前堀の三菱倉庫[『OUTLINE OF THE MITSUBISHI ENTERPRISES』三菱合資会社、昭和5年] p156
隅田村・寺島村所有地図 p159
地所家屋収支勘定損益表[三菱総合研究所] p160
園遊会での岩崎彌之助[三菱総合研究所] p161
大和郷の住宅[前掲『日本地理大系 大東京篇』] p162
岩崎久彌の委任状 p163
末広農場での久彌[前掲『岩崎久彌伝』] p164
小岩井農場本部建物[小岩井農牧] p166
岩崎久彌 p168
三菱合資会社大阪支店 p170
桐島像一 p171
第11号館 p171
地所部看板 p172
明治30年代の三菱幹部[『岩崎彌之助伝』〈下巻〉、昭和46年] p174
市内最初の街路樹[『東京府史蹟』東京府、大正8年] p176
工事中の市街地高架線 p179
完成した市街地高架線[「東京市街高架鉄道建築概要」鉄道院東京改良事務所、明治43年] p179
辰野金吾[日本建築学会] p181
明治40年ごろの東京駅周辺図 p182
東京駅の鉄骨組立て p184
完成間近の東京駅 p184
東京駅開業式風景(開業式の模様と三菱の救護所) p185
開業当初の東京駅を出る急行列車[里岩保美氏] p186
鉄道開業50周年[『鉄道と街・東京駅』大正出版、昭和59年] p187
旧三井本館[日本建築学会] p188
保岡勝也[新建築社] p189
第14号館 p190
第15号館の工事 p190
第17号館 p190
第18号館と第19号館 p190
第20号館 p191
第21号館の工事 p193
完成間近の第21号館 p193
第21号館のエレベーター p194
第21号館増築工事 p194
英字新聞に掲載された本社設計募集広告[『JAPAN TIMES』明治44年10月24日付] p197
コンペ1等当選案と平面図 p197
スチールサッシの注文書 p198
仮本社の工事 p199
完成した仮本社 p199
仮本社の増築工事と完成後 p199
第8号館の中央亭前 p200
第23号館 p201
第24号館 p201
第26号館 p201
仲10号館8号と9号 p201
仲15号館 p202
仲2号館の概要 p202
台湾銀行東京支店 p203
完成間近の鉄道協会 p204
東京銀行集会所 p204
建築中の工業倶楽部 p205
東京海上ビル p206
建設中の三菱銀行 p207
完成した三菱銀行と内部 p207
日清生命本社[日本建築学会] p208
横浜正金銀行丸ノ内支店 p208
朝鮮銀行東京支店 p208
大正12年の大名小路 p209
大正7年ごろの東京駅前 p210
大正5年の『丸之内案内』 p211
大正5年ごろの丸の内 p212
地画番号札 p214
丸ノ内案内所 p214
東京中央郵便局[『日本写真帖』警眼社、大正8年] p215
丸ノ内仲通り郵便局と内部 p215
開業当初のステーションホテル[『東京ステーションホテル物語』日本ホテル、平成2年] p217
東京ターミナルホテル設計図 p218
日曜学校大会の火災[『大阪朝日新聞』大正9年10月6日付] p218
東京会館[東京会館] p219
東京府商工奨励館[日本建築学会] p219
岩崎小彌太 p220
長崎造船所[『THE MITSU BISHI』三菱合資会社、大正10年] p221
三菱仮本社の重役食堂 p221
丸ノ内火曜会の記念写真 p224
仲12号館6号 p226
桐島像一胸像 p227
第1回地所課余技展 p230
プラザホテル[世界文化フォト] p233
郵船ビル完成予想図 p235
ポール スターレット[(Paul Starrett,Changing the Skyline, An Autobiography, McGrawhill Co.,New York,1938) p236
丸ビル建築申請書 p238
丸の内地質調査図 p240
桜井小太郎[新建築社] p242
丸ビルの外装 p244
フラー建築会社アニュアルレポート p245
政友会本部 p247
フラー建築会社の材料日報 p250
丸ビル工事日誌 p250
1階エレベーターホール p253
メールシュート p253
丸ビルの基礎工事 p254
丸ビルの吊り足場 p256
大正11年4月の地震[『東京日日新聞』大正11年4月27日付] p257
山下寿郎[新建築社] p258
鉄骨筋違い p260
日石ビル[『曽禰達蔵 中条精一郎建築事務所作品集』中条建築事務所、昭和14年] p261
テナント募集パンフレット p263
丸ビル開館を伝える新聞記事[『東京日日新聞』大正12年1月27日付] p263
高浜虚子[菱芸出版] p264
エレベーターホールの賑わい p266
『ビルヂング読本』 p268
「一丁紐育」 p269
東7号館の火災 p270
丸ビル建築工事(大正10年6月15日~11年9月1日) p271
丸ビル完成予想図 p272
丸ビル北側立面図 p272
丸ビル1階平面図 p272
丸ビル工程表[三菱経済研究所] p273
大正10年7月ごろの東京駅前 p273
竣工直後の丸ビル全景 p273
丸ビルの東側玄関前 p274
1階案内所 p274
入居テナントの案内板 p274
1階商店街の十字路 p275
事務所階のエレベーターホール p275
森永キャンデーストアーのクリスマス飾付け[森永製菓] p275
森永キャンデーストアー前[森永製菓] p275
中央気象台の地震雲[『復興帝都プロマイドアルバム』丸ビル商店連合会、昭和5年] p276
戒厳令の布告(配布されたビラ[三菱経済研究所]と東京駅乗車口前[杉岡暁氏]) p277
青木菊雄[三菱総合研究所] p278
三菱の『災害情報』[三菱経済研究所] p279
震災前の内外ビルと地震後の惨状 p280
東京会館の被害 p282
三菱臨時診療所 p282
乾パンを配る騎馬巡査 p283
昭和2年の防災訓練 p284
大連・満鉄病院 p284
丸ビルの被害 p286
大正12年9月東京火災動態略図 p287
煙を噴き上げる警視庁 p288
警視庁の焼け跡 p288
煙に包まれた鉄道院庁舎 p288
被害の少なかった丸の内の赤煉瓦建物[毎日新聞社] p288
避難する人々 p288
かなりの被害を受けた丸ビルと郵船ビル p289
大手町の大蔵省の焼け跡 p289
人々を輸送する海軍の艦船 p289
市電に鈴なりの乗客 p289
預金払戻しのため東京中央郵便局にできた行列[杉岡暁氏] p289
復旧工事が始まった丸ビル p290
三菱銀行玄関前に出現した“にわか床屋”[杉岡暁氏] p290
堀の水で洗濯 p290
新丸ビル敷地に急造された仮設店舗 p290
尋ね人の貼り紙で埋まった東京駅前交番[杉岡暁氏] p290
皇居前広場のテント村 p290
三菱仮本社に設けられた諸官庁 p291
仲16号地のバラック p292
市営公衆食堂 p292
後藤新平[毎日新聞社] p293
地所部の公告[『読売新聞』大正12年9月13日付] p293
大林組の見積り p294
復旧工事中の丸ビル p295
大丸バラックと内部 p295
復旧工事中の東7号館 p296
仲28号館 p296
復旧なった帝国劇場 p296
外堀に架かる橋[朝日新聞社] p298
震災前の日比谷大神宮[前掲『日本写真帖』] p299
仲通りと東京駅前の舗装工事 p300
行幸道路の築造と完成後 p301
丸ビル内の化粧品店[太田松太郎氏] p301
大正天皇重体を伝える号外[『東京日日新聞』第三号外、大正15年12月24日付] p302
大正天皇奉悼 p303
台湾銀行の貼札[毎日新聞社] p304
仲7号館別館 p304
時事新報[『建築の東京』都市美協会、昭和10年] p305
建設中の日劇 p305
東京中央電信局[前掲『日本地理大系大東京篇』] p306
工事中の東京中央郵便局 p306
東7号館倉庫 p307
丸之内会館 p307
八重洲ビル完成予想図 p308
完成直後の八重洲ビル全景 p309
八重洲ビルの工事風景遠望 p309
工事中の八重洲ビル p309
八重洲ビルの玄関 p310
勢揃いしたエレベーターボーイ p310
塔屋部分の観音像レリーフ p310
地階の理髪室 p310
テナント募集用の案内リーフレット p310
八重洲ビルの工事現場と関係者 p311
「丸ノ内案内」 p312
町名改称祝賀会プログラム p313
銭瓶ポンプ場[前掲『日本地理大系 大東京篇』] p313
昭和4年9月、有楽町駅ごしの丸の内方面 p314
鉄骨が建ち上がり始めた東京中央郵便局 p314
建設中の第一銀行本店 p314
丸之内会館の営業案内 p314
昭和初期の仲通り p315
昭和6年夏ごろの丸ビル前 p315
丸ビル前の交通騎馬警官[前掲『日本地理風俗大系 大東京篇』] p315
昭和7年の呉服橋通り p315
帝都復興祭当日の馬場先通り p316
帝都復興祭当日の馬場先門の飾付け p316
帝都復興展覧会のポスター[東京市政調査会市政専門図書館] p316
当社に残る復興を祝う小旗 p316
通勤サラリーマンと市バス p318
東京駅前のタクシー p319
客待ちの人力車[共同通信社] p320
丸の内最初の自動車 p320
大手商会 p321
丸の内のガソリンスタンド[三菱石油] p321
丸ノ内ガラーヂ p322
丸ノ内ガラーヂの開業広告[『東京朝日新聞』昭和4年6月25日付] p323
丸ノ内ガラーヂの西側 p324
和田倉門交差点のロータリー p325
ラッシュアワー風景[前掲『日本地理風俗大系 大東京篇』] p326
地下鉄開通50年切手 p326
『東京行進曲』歌詞カード[前沢健哉氏] p328
丸之内倶楽部の忘年会[丸之内倶楽部] p329
成城学園の住宅地[前掲『日本地理大系 大東京篇』] p330
地所部発行の絵葉書 p332
昭和初期の事務室内 p334
大和郷開放の新聞記事[『東京日日新聞』大正9年2月5日付] p335
大正後期の丸の内 p338
震災前の清澄庭園 p340
東洋文庫[東洋文庫] p342
静嘉堂文庫[静嘉堂文庫] p343
東京上空を行くツェッペリン伯号[毎日新聞社] p344
日中戦争へ出征する兵士を送る日の丸の小旗に彩られた丸ビル 口絵
昭和10年4月、現在の新大手町ビル敷地で行なわれた自動車展示会 口絵
昭和8年ごろの丸の内空撮 口絵
昭和11年2月、雪の朝 口絵
昭和13年、各ビルに日章旗を飾りつけた丸ノ内東通り 口絵
昭和14年、丸ビル内の森永キャンデーストアー[森永製菓] 口絵
「満州」康徳会館前 口絵
康徳会館の開館式 口絵
「満州」白山住宅(昭和11年ごろ) 口絵
和田倉門付近の高射砲陣地(昭和17年ごろ)[森田写真事務所] 口絵
開戦の朝、東京中央郵便局前で号外に見入る人々[毎日新聞社] 口絵
開戦を伝える『東京日日新聞』号外[毎日新聞社] 口絵
昭和18年8月、東京駅での待避訓練[森田写真事務所] 口絵
昭和18年5月、有楽町駅に配属された女性職員[共同通信社] 口絵
昭和18年3月、日劇に掲げられた決戦標語[朝日新聞社] 口絵
空襲で破壊された東京駅 口絵
日比谷上空で繰り広げられた空中戦[共同通信社] 口絵
廃嘘と化した東京駅八重洲側より丸の内方面を望む[『GHQ東京占領地図』雄松堂出版、昭和62年] 口絵
復旧工事中の東京駅前で客待ちする人力車[毎日新聞社] 口絵
昭和22年7月、アメリカ独立記念日を祝って行なわれた軍事パレード[毎日新聞社] 口絵
昭和22年5月、接収された内外ビルでの英連邦本部開所式[毎日新聞社] 口絵
接収された三菱本館での物資受渡し風景 口絵
占領軍兵士が闊歩する仲通り 口絵
昭和26年ごろの東京駅前 口絵
赤星陸冶 口絵
山室宗文[『三菱信託銀行六十年史』、昭和63年] 口絵
平井澄 口絵
藤村朗 口絵
樋口実 口絵
添田滋 口絵
駅長室へ運ばれる浜口首相[共同通信社] p354
東京海上ビル周辺 p356
大阪ビル p357
東京毎夕新聞社と公示書 p357
官吏減俸を報じる新聞[『東京朝日新聞』昭和4年10月16日付] p358
『丸之内音頭』歌詞カード[松田務氏] p359
八重洲ビルの被害 p361
岩崎小彌太鳥居坂邸表門[高島屋] p361
設計室風景 p362
丸ビル地方物産陳列所 p363
昭和7年ごろの東京駅前 p364
巣鴨・寺沢邸 p365
日本ビクター鶴見工場 p366
三菱石油川崎製油所 p366
三菱銀行四谷支店 p366
「満州国」建国10周年記念切手 p369
「満州」国都の建設 p370
竣工した康徳会館 p372
「満州」での赤星陸冶 p373
増築なった康徳会館と内部 p374
白山住宅と内部 p375
康徳吉租の登記簿「節本」 p377
東京駅頭に溥儀を迎える昭和天皇と丸ビルの飾付け p378
昭和11、12年ごろの丸ビル p381
当社設立を伝える新聞記事[『読売新聞』『中外商業新報』昭和12年5月8日付] p386
地方物産陳列所の即売品 p387
新会社設立のテナント宛て挨拶状 p388
赤星陸冶 p390
昭和7年ごろの丸の内 p392
取り壊される第2号館 p393
完成間近の明治生命館 p393
取壊し中の第6号館と仲10号館別館 p393
三菱銀行新館 p394
三菱銀行北側にあった倶楽部建物 p395
新築なった三菱倶楽部と内部 p396
三菱本社別館 p397
外装改装中の丸ビル p398
『菱華』第138号[三菱総合研究所] p399
「東京館」の完成予想図 p401
東京館の基礎工事 p401
鉄道省 p403
丸の内の通勤風景[師岡宏次氏] p405
地下道の工事 p405
地下道の通り初め p406
完成した丸ビル地階ホール p406
完成直後の日劇 p408
常盤生命館 p408
昭和6年末の瀬戸物市 p410
昭和12年7月の丸ビル中元売出し p411
三菱重工神戸造船所総合事務所 p412
岩崎小彌太夫妻[『岩崎小彌太伝』、昭和32年] p414
聴禽荘 p416
関東防空演習 p418
二・二六事件当日の日比谷交差点 p419
出征軍人を送る丸ビルとその玄関 p420
統制法令の解説書 p422
第一生命館の基礎工事 p423
丸ビル集会室(内部と謡曲の催し) p423
鉄鋼会館とその内部 p424
井水連絡管の埋設と放水試験 p427
ベルリンオリンピックへの選手団出発[師岡宏次氏] p429
岩崎彌之助邸跡に建設予定だった競技場[新建築社] p429
赤星会長の鍬入れ p430
紀元2600年を祝う丸ビルと行幸通り p430
丸ビル体操会[『菱華』〈第156号〉三菱倶楽部、昭和15年] p431
大東亜戦争第一周年記念切手 p432
アソシエイテッド・オイル社副社長招待午餐会記念 p432
仲10号館8号 p433
水交社へ向かう山本大将の遺骨[毎日新聞社] p434
金属回収[朝日新聞社] p435
丸之内会館の日本間 p437
丸ビル精養軒の前庭 p438
東京館建設地の池と鯉の放流[『毎日新聞』昭和18年12月30日付] p439
昭和20年1月27日の空襲(被災した商店と避難する親子)[森田写真事務所] p440
被災した東京海上ビル[森田写真事務所] p442
焼け落ちた東京駅 p443
印刷局の焼け跡[森田写真事務所] p444
軟式野球大会[菱芸出版] p446
丸ビル列車[菱芸出版] p446
上空より開東閣を望む p447
開東閣日本門[前掲『東京府史蹟』] p448
「京城」三菱ビルの玄関前[三菱商事] p449
福岡大空襲[西日本新聞社] p451
「奉天」貸事務所完成予想図 p452
北京建物 p454
福岡県知事からの工事中止申入書 p457
富島製油所関係書類 p458
「朝鮮」で購入した資材で建造された凌喋船 p458
名古屋航空機製作所第二組立工場 p460
水島航空機製作所の工場群 p461
京都機器製作所[三菱重工業] p462
長崎兵器製作所の惨状[『三菱の百年』三菱創業百年記念事業委員会、昭和45年] p463
三菱電機名古屋製作所 p464
「満州光学工業」[ニコン] p465
山室宗文[前掲『三菱信託銀行六十年史』] p468
昭和19年ごろの皇居周辺 p469
三菱倶楽部のボート大会 p471
『丸ノ内今と昔』の発売風景 p472
戦時下の丸ビル p472
赤煉瓦の雪景色 p473
昭和19年の丸の内出勤風景[毎日新聞社] p475
世界経済館 p476
大阪市設北加賀屋住宅 p478
昭和10年ごろの八重洲ビル前 p481
岩崎小彌太社長の記念植樹 p483
東京ビル協創立総会[『東京ビルヂング協会20年史』、昭和34年] p486
大手町官庁街の火災[毎日新聞社] p488
宮城前でぬかずく人々[共同通信社] p491
第一生命館を出るマッカーサー[共同通信社] p492
接収された八重洲ビル p492
占領下の日比谷交差点[前掲『GHQ東京占領地図』] p496
増圧ポンプ所と内部 p496
接収された三菱本館 p497
家賃増額申請書 p498
改修工事前後の仲6号館 p500
三菱新館 p501
興農会館 p501
地下道ホテル[共同通信社] p502
石炭増産大看板取付けの全体予想図面と出来高を記入しているところ[共同通信社] p503
田中完三[三菱商事] p505
岩崎小彌太熱海別邸 p507
「財閥解体」新聞記事[『毎日新聞』昭和20年11月7日付] p508
当社の株券 p510
三綱領[三菱商事] p512
岩崎久彌邸 p514
星条旗の翻る第一生命館[清水建設] p516
新円切替え[共同通信社] p519
新憲法公布祝賀会[読売新聞社] p520
集中排除会社指定通知 p523
カウフマンを囲んで p528
昭和26年ごろの丸ビル p530
平井澄 p533
藤村朗 p533
樋口実 p533
公職追放を伝える新聞記事[『日本経済新聞』昭和22年11月21日付] p533
持株会社整理委員会の通知書 p535
開東閣の焼跡 p536
昭和26年ごろの東京駅前 p537
三和銀行東京支店[清水建設] p539
北原浩平 p541
小川勝 p541
陽和不動産開業の挨拶状 p541
昭和28年の『会社四季報』[東洋経済新報社] p543
丸ノ内商事本社 p545
炭鉱夫を描く8円切手 p546
帯広営林局 p547
札幌・三信ビル p547
長堀ビル p549
〈みずしま号〉[前掲『三菱の百年』] p550
東京海上ビル別館 p553
日活スポーツセンター[新建築社] p554
食糧メーデー[毎日新聞社] p555
現在の苅田港周辺[毎日新聞社] p557
組合の家計調査 p559
三菱鉱業大宮研究所 p562
昭和28年の運動会 p562
昭和23年の賃料領収証 p564
千代田銀行(三菱銀行)千駄ヶ谷寮 p564
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