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目次項目 | ページ |
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序 | NP | |
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例言 | NP | |
第一章 日本工業倶楽部とその時代的背景-特に明治百年の前半が持つ意味 | p1 | |
(一) 明治百年の中の日本工業倶楽部 | p2 | |
(二) 明治年間の富国強兵策と日本産業の成長 | p7 | |
(三) 第一次世界大戦と重化学工業の発展 | p11 | |
第二章 日本工業倶楽部創立の事情と設立経過-産業界の自覚と工業家の大同団結 | p17 | |
(一) 創立当時の経済団体と工業界の実情 | p18 | |
(二) 銀行家の勢力と政治的発言力 | p20 | |
(三) 工業家の自覚と日本工業倶楽部創立の端緒 | p22 | |
(四) 日本工業倶楽部設立の経過概要 | p24 | |
日本工業倶楽部の誕生 | p24 | |
(五) 日本工業倶楽部の活動に対する元勲先輩の期待 | p29 | |
設立披露宴における元勲の演説 | p29 | |
元勲先輩の日本工業倶楽部への期待 | p29 | |
(六) 日本工業倶楽部会館の建設 | p35 | |
第三章 創立当初における調査・建議活動-重要経済問題への積極的発言 | p41 | |
(一) 製鉄事業の保護、自給に関する建議 | p42 | |
貧弱な製鉄業 | p42 | |
製鉄業振興に関する日本工業倶楽部の意見書 | p42 | |
鉄鋼自給に関する日本工業倶楽部の建議 | p42 | |
東洋製鉄会社の設立 | p42 | |
(二) 戦時利得税の新設および所得税法改正問題 | p51 | |
戦時利得税の新設問題 | p51 | |
細密な日本工業倶楽部の計数算定 | p51 | |
所得税法改正に関する日本工業倶楽部の意見書 | p51 | |
(三) 軍需工業動員法に関する建議 | p57 | |
(四) 産業の保護と関税改正問題 | p59 | |
関税率改正に関する日本工業倶楽部の意見書 | p59 | |
関税政策に関する稟申書 | p59 | |
(五) 労働問題への深い関心 | p64 | |
第四章 戦後反動不況の襲来と財界の動向-政府の救済措置と財界の再建弥縫索 | p65 | |
(一) 反動不況の実情 | p66 | |
反動不況前の投機ブーム | p66 | |
大正九年反動大不況の襲来 | p66 | |
政府の救済措置と財界の再建策 | p66 | |
(二) 世界的不況と中途半端な財界整理 | p70 | |
(三) 財界の緊縮政策建議と金輸出解禁論 | p72 | |
第五章 英米訪問実業団の派遣と万国工業会議-わが財界の世界経済への進出 | p75 | |
(一) 英米訪問実業団結成の意義と成立の経緯 | p76 | |
日本工業倶楽部、団の結成を斡旋 | p76 | |
団の構成メンバー | p76 | |
前古未曾有の実業団派遣 | p76 | |
(二) 米英その他各国歴訪の概要と実績 | p83 | |
米国各地の歓迎と交歓 | p83 | |
日英財界人の交歓と相互理解の促進 | p83 | |
フランスその他各地を歴訪 | p83 | |
実業団の帰朝 | p83 | |
(三) 英米訪問実業団派遣の成果 | p92 | |
英米訪問実業団意見書 | p92 | |
(四) 万国工業会議と日本工業倶楽部 | p95 | |
第六章 日本経済聯盟会の設立-総合的経済団体の誕生と国際提携 | p101 | |
(一) 日本経済聯盟会発足の経緯 | p102 | |
総合経済団体設立の要請 | p102 | |
国際商業会議所への関心 | p102 | |
日本経済聯盟会の創立 | p102 | |
(二) 日本工業倶楽部との表裏一体運営 | p107 | |
(三) 国際商業会議所への加入 | p109 | |
(四) 日本経済聯盟会の発展と日本工業倶楽部 | p111 | |
調査建議活動は漸次経済聯盟へ移管 | p111 | |
各団体、伝統精神を護持 | p111 | |
第七章 第一次世界大戦前後の労働事情と日本工業倶楽部-日本工業倶楽部の労資観 | p115 | |
(一) 労働運動の進展と日本工業倶楽部の調査活動 | p116 | |
労働問題の発生とその激化 | p116 | |
労働組合の結成と階級闘争の進展 | p116 | |
日本工業倶楽部の労働問題対策 | p116 | |
(二) 協調会設立の経緯と日本工業倶楽部 | p125 | |
労働協調機関設置の提唱 | p125 | |
日本工業倶楽部の信愛協会設立案 | p125 | |
床次内相の熱意 | p125 | |
協調会の設立と基本精神 | p125 | |
渋沢栄一翁の労資観 | p125 | |
日本工業倶楽部の労資観 | p125 | |
相容れない鈴木文治氏の主張 | p125 | |
(三) 講和会議と第一回国際労働会議 | p135 | |
平和条約と国際労働法規 | p135 | |
米国の批准拒否 | p135 | |
第一回国際労働会議へのわが国の参加 | p135 | |
国際労働会議議題と日本工業倶楽部の意見書 | p135 | |
わが国使用者代表の主張 | p135 | |
(四) 産業委員会の法制化問題 | p144 | |
労資協調と産業委員会制度 | p144 | |
産業委員会の性格 | p144 | |
協調会の労働委員会法案建議 | p144 | |
法案の内容 | p144 | |
産業委員会法案を繞る紛議 | p144 | |
日本工業倶楽部の反対意見 | p144 | |
(五) 健康保険法制定問題 | p154 | |
健康保険法案に対する日本工業倶楽部の修正意見 | p154 | |
膳桂之助氏の日本工業倶楽部入り | p154 | |
第八章 労働組合法制定問題と日本工業倶楽部-階級対立思想にあくまで反対 | p161 | |
(一) 労働組合法制定の動き | p162 | |
労働組合法案相次いで流産 | p162 | |
社会局の新設と組合法案の再登場 | p162 | |
社会局原案に対する日本工業倶楽部の修正意見 | p162 | |
労働組合法案審議未了で相次いで不成立 | p162 | |
(二) 労働組合法制定反対運動 | p169 | |
労働組合の左傾化と労資対立の激化 | p169 | |
野田醤油と東洋モスリン争議 | p169 | |
財界無視の政府の組合法案 | p169 | |
(三) 団理事長の信念と日本工業倶楽部の意見書 | p175 | |
団理事長の陣頭指揮 | p175 | |
「労働組合法案ニ関スル意見書」の内容 | p175 | |
(四) 全国産業団体の団結 | p179 | |
主要産業団体、法案反対を決議 | p179 | |
全国産業団体再び共同意見を議決 | p179 | |
財界首脳、安達内相の招待を拒否 | p179 | |
貫徹された財界の主張 | p179 | |
第二次世界大戦後の変化から顧みて | p179 | |
第九章 全国産業団体聯合会の設立-公正妥当な労資関係確立への努力 | p189 | |
(一) 全国産業団体聯合会(全産聯)結成の経緯 | p190 | |
(二) 全産聯の組織と活動 | p191 | |
全産聯の組織 | p191 | |
全産聯の国内活動 | p191 | |
(三) 全産聯の活動充実と日本工業倶楽部 | p194 | |
調査研究活動の全産聯への移管 | p194 | |
退職積立金法案の法制化 | p194 | |
全産聯と労働者の福利厚生 | p194 | |
(四) 全産聯と国際労働会議 | p198 | |
国際労働会議への使用者代表選出団体 | p198 | |
国際労働会議への協力 | p198 | |
(五) 産業報国運動と全産聯の解散 | p201 | |
産報運動への協力 | p201 | |
大日本産業報国会の発足 | p201 | |
全産聯の解散 | p201 | |
全産聯の記念塔 | p201 | |
日本団体生命保険株式会社 | p201 | |
第十章 金本位制の動揺と日本工業倶楽部-世界経済の大変動と日本経済再建の努力 | p209 | |
(一) 第一次大戦後における金本位制動揺の概観 | p210 | |
(二) 関東大震災と復興事業への協力 | p213 | |
罹災地の救済と商工業の復興策 | p213 | |
火災保険金支払問題 | p213 | |
震災復興に関する日本工業倶楽部の陳情、建議 | p213 | |
モラトリアムと震災手形特別融通措置 | p213 | |
倶楽部会館の修繕 | p213 | |
(三) 大震災後における財界の不振、沈滞 | p224 | |
財政、貿易の赤字と為替相場の動揺 | p224 | |
沈滞した日本工業倶楽部の活動 | p224 | |
(四) 和田専務理事の卒去 | p227 | |
(五) 政府の経済再建諸施策への協力 | p231 | |
景気振興策と審議会の設置 | p231 | |
国産振興委員会 | p231 | |
商工審議会の設置と民間人の協力 | p231 | |
産業合理化運動と日本工業倶楽部 | p231 | |
重要産業統制法 | p231 | |
不正競争防止についての日本工業倶楽部の答申 | p231 | |
経済審議会の金解禁に関する答申 | p231 | |
(六) 昭和二年金融恐慌の動因と経過 | p242 | |
震災手形処理法案と片岡蔵相の失言 | p242 | |
金融恐慌全国に波及 | p242 | |
金融恐慌の平静化と財界の整理改善 | p242 | |
(七) 金輸出解禁と財界の動向 | p249 | |
経済の根本的建て直し策としての金解禁への要望 | p249 | |
金解禁に関する日本工業倶楽部の活動 | p249 | |
経済研究会と日本工業倶楽部 | p249 | |
金解禁と井上蔵相 | p249 | |
(八) 金解禁後の社会、経済情勢と金輸出再禁止 | p259 | |
金解禁後の不況深刻化と社会不安 | p259 | |
金輸出の再禁止 | p259 | |
(九) 管理通貨体制半ばにして戦時統制経済へ | p264 | |
高橋蔵相の公債政策と国債漸減主義 | p264 | |
軍部独裁への移行と財政の膨張 | p264 | |
第十一章 ソーシャル・ダンピング問題とブロック経済体制の進展-国際親善、貿易促進に対する日本工業倶楽部の協力 | p269 | |
(一) 日本商品の世界進出と日貨排斥運動 | p270 | |
わが国輸出の躍進と英国その他の日貨排撃 | p270 | |
わが綿業の発展と英国の苦慮 | p270 | |
日英間のソーシャル・ダンピング論争 | p270 | |
ソーシャル・ダンピング問題と日本工業倶楽部 | p270 | |
(二) 世界経済のブロック化と国際会議 | p277 | |
オタワ会議と世界ブロック経済の形成 | p277 | |
日印シムラ協議会と日英綿業会商 | p277 | |
国際経済会議と日本工業倶楽部 | p277 | |
(三) 国際親善、貿易振興への日本工業倶楽部の協力 | p283 | |
日米通商評議会など設置 | p283 | |
招待外交と日本工業倶楽部 | p283 | |
第十二章 非常時局の進展と日本工業倶楽部-苦悩の中に最善を尽した経済団体 | p287 | |
(一) 満州事変の勃発とリットン調査団 | p289 | |
満州事変勃発と日本工業倶楽部の声明 | p289 | |
リットン調査団の来日と財界の接衝 | p289 | |
リットン報告書に対する財界の意見書 | p289 | |
国際聯盟脱退 | p289 | |
(二) 団理事長の遭難 | p297 | |
財界の巨頭、井上、団両氏相次いで斃る | p297 | |
団理事長の功績 | p297 | |
(三) 木村氏、大橋氏の理事長就任 | p301 | |
木村久寿弥太氏の就任 | p301 | |
大橋新太郎氏の就任 | p301 | |
(四) 日華事変の勃発と戦時経済統制の発展 | p305 | |
日華事変から全面戦争へ突入 | p305 | |
経済統制三法から国家総動員法へ | p305 | |
電力国家管理と財界の反対運動 | p305 | |
軍・官僚の産業統制に対する財界の意見書 | p305 | |
経済統制に対する財界の基本的態度 | p305 | |
(五) 磯村氏、井坂氏の理事長就任 | p317 | |
磯村豊太郎氏の就任 | p317 | |
井坂孝氏の就任 | p317 | |
第十三章 太平洋戦争と日本工業倶楽部-時局への諦観と戦争協力 | p321 | |
(一) 経済新体制と財界 | p322 | |
近衛新体制を迷走させた大政翼賛会 | p322 | |
政府の経済新体制構想に対する財界の共同建議 | p322 | |
(二) 統制会その他経済団体の新設 | p332 | |
経済新体制確立要綱と重産協の活動 | p332 | |
重要産業団体令と統制会の設立 | p332 | |
重産協の経済聯盟会からの離脱 | p332 | |
(三) 太平洋戦争突入と日本工業倶楽部 | p347 | |
太平洋戦争へ突入 | p347 | |
(四) 日本工業倶楽部「経済同人会」の活動 | p353 | |
経済同人会の性格とその活動 | p353 | |
経済同人会の意見書 | p353 | |
(五) 力尽きての終戦 | p366 | |
戦局の逆転 | p366 | |
決戦経済体制の実態 | p366 | |
経済新体制の崩壊 | p366 | |
米軍の焼土作戦と終戦 | p366 | |
第十四章 連合軍の対日占領政策と日本工業倶楽部-財界再建と日本工業倶楽部 | p383 | |
(一) 無条件降伏と占領軍の進駐 | p384 | |
ポツダム宣言の内容 | p384 | |
占領軍の対日管理基本方針 | p384 | |
日本占領政策の世界史的意味 | p384 | |
敗戦による損失と被害 | p384 | |
(二) 日本工業倶楽部厳存す | p398 | |
日本財界再建の拠点として直ちに活動開始 | p398 | |
占領軍の東京進駐と建物接収の開始 | p398 | |
日本工業倶楽部会館接収の危機 | p398 | |
会館接収を免かれる | p398 | |
(三) 経済力集中排除と財界 | p413 | |
政治、経済の民主化措置 | p413 | |
財閥解体 | p413 | |
日本工業倶楽部の定款改正 | p413 | |
経済力集中の排除 | p413 | |
独占禁止法の制定 | p413 | |
(四) 公職追放と日本工業倶楽部 | p428 | |
公職追放の経過概要 | p428 | |
公職資格審査機関 | p428 | |
日本工業倶楽部と公職適否審査事務 | p428 | |
公職追放者の数とその解除 | p428 | |
日本工業倶楽部の公職該当 | p428 | |
理事および監事の更迭 | p428 | |
評議員制の一時廃止と復活 | p428 | |
公職追放による指導者の更迭とその意味 | p428 | |
(五) 労働組合の公認と農地改革 | p444 | |
労働組合法制定とその後の労働事情 | p444 | |
農地改革と自作農制度 | p444 | |
産業界の混乱苦悩と経済再建への出発 | p444 | |
第十五章 経済諸団体の動揺と日本工業倶楽部-占領行政即応態勢の整備 | p455 | |
(一) 日本工業倶楽部と経済団体連合委員会 | p456 | |
経済団体連合委員会の発足 | p456 | |
井坂理事長、経済団体連合委員会委員長に就任 | p456 | |
日本工業倶楽部と経済団体連合委員会 | p456 | |
(二) 中央経済団体の編成、再発足 | p460 | |
日本経済聯盟会の解散 | p460 | |
経済団体連合会の設立 | p460 | |
経団連・日産協の共同事務局態勢 | p460 | |
財界追放と経済団体連合会 | p460 | |
経済同友会 | p460 | |
関西経済連合会 | p460 | |
(三) 日本経営者団体連盟の設立 | p473 | |
総合経済団体と労働問題 | p473 | |
全産聯の解散と終戦直後の経営陣 | p473 | |
先ず地域別組織から着手 | p473 | |
日本経営者団体連盟の発足 | p473 | |
(四) 国際商業会議所(ICC)へ再加入 | p480 | |
第十六章 戦後の財界事情と日本工業倶楽部-日本工業倶楽部が担った新しい役割 | p483 | |
(一) 財界の復興活動と国際親善の推進 | p484 | |
日本管理機構と財界の渉外活動 | p484 | |
日米親善促進の場となった日本工業倶楽部(国際親善委員会) | p484 | |
メモリアル・デーとグラント将軍碑献花式 | p484 | |
黒船祭りの復活 | p484 | |
国連軍傷病兵の慰問活動 | p484 | |
開国百年記念祭 | p484 | |
(二) 宮島理事長と日本工業倶楽部 | p497 | |
井坂理事長の退任 | p497 | |
宮島理事長の就任 | p497 | |
日本工業倶楽部先輩への責任感 | p497 | |
日本工業倶楽部専務理事会の努力 | p497 | |
三日会と財界 | p497 | |
(三) 日本工業倶楽部の財界における新たな位置と役割 | p510 | |
宮島理事長に代表された伝統精神 | p510 | |
宮島理事長の財界自粛と再建の要請 | p510 | |
戦後財界再建の本流 | p510 | |
第十七章 講和条約・経済復興と日本工業倶楽部-その変遷の概観と経済団体再編成 | p517 | |
(一) 占領政策の転換と新日本建設への歩み | p518 | |
米ソ冷戦と日本経済再建への要請 | p518 | |
経済九原則の指令とドッジ・ライン | p518 | |
日本租税研究協会と日本関税協会の設立 | p518 | |
経済九原則と宮島理事長 | p518 | |
経済再建の本格化 | p518 | |
朝鮮動乱の勃発 | p518 | |
(二) 独立の回復と経済自立化の促進 | p526 | |
対日講和条約準備の進行と財界の要望 | p526 | |
国際社会への復帰 | p526 | |
(三) 講和条約発効記念集会の開催 | p530 | |
(四) 講和条約発効後の経済諸団体の再編成 | p534 | |
経済団体連合会再編成の動き | p534 | |
藤山日商会頭、経団連再編成の申入れ | p534 | |
経団連の改組と日本商工会議所および日本中小企業団体連盟の分離 | p534 | |
日本産業協議会および金融団体協議会の解散 | p534 | |
国際商業会議所国内委員会事務局の独立 | p534 | |
その他の経済団体 | p534 | |
第十八章 財界の共同事業と日本工業倶楽部-戦後における主なもの | p547 | |
(1) 社会公益事業の推進 | p547 | |
(2) 東京都警察懇話会 | p547 | |
(3) 皇宮警察桐栄会 | p547 | |
(4) 明治神宮復興奉賛会 | p547 | |
(5) 各地風水害罹災者救援事業 | p547 | |
(6) 防衛懇話会 | p547 | |
(7) 新生活運動の会 | p547 | |
第十九章 経済の高度成長と日本工業倶楽部-経済諸団体の発展と経団連会館の新設 | p581 | |
(一) 高度成長の実情とその原因 | p582 | |
(二) 高度成長と経済諸団体の発展 | p587 | |
政府民間の協調と民間活動分野の拡大 | p587 | |
日本工業倶楽部会館の狭隘化 | p587 | |
経団連会館の新設と日本工業倶楽部 | p587 | |
(三) 中島評議員会会長の逝去 | p595 | |
(四) 石坂理事長の就任 | p598 | |
宮島理事長の逝去 | p598 | |
石坂理事長の就任 | p598 | |
第二十章 日本工業倶楽部五十年の歩みの要約と今後の使命-時代の激動に一貫して堅持された創立精神 | p607 | |
(一) 創立五十周年を迎う | p608 | |
五十年の経済発展と激動の要約 | p608 | |
日本工業倶楽部五十年史の編纂と財界回想録および会報記念号の刊行 | p608 | |
創立五十周年祝賀式典の挙行 | p608 | |
(二) 五十年間の歩みの精髄と目標 | p630 | |
創立以来五十年間貫かれてきた伝統精神 | p630 | |
日本工業倶楽部の伝統精神の系譜 | p630 | |
日本工業倶楽部の活動分野と団体機能の分化 | p630 | |
(三) 伝統精神の礎とその具体的表現 | p636 | |
定款第一条の精神 | p636 | |
労働問題に示された日本的理念 | p636 | |
管理通貨体制下の企業の自主性と金融家、産業家の対等感 | p636 | |
企業の体質改善に対する努力の必要 | p636 | |
戦後における官僚の変質と企業自主性の必要 | p636 | |
(四) 日本工業倶楽部の使命とその将来 | p649 | |
三期に分れる五十年の歩み | p649 | |
使命は分れば二つになる | p649 | |
将来に対する財界指導者の見解 | p649 | |
付録 | 〔2-〕3 | |
(一) 日本工業倶楽部定款 | 〔2-〕3 | |
(二) 歴代役員、名誉会員、顧問、常置委員の氏名及びその任期一覧表 | 〔2-〕21 | |
(三) 会員数及び会員の事業別数 | 〔2-〕108 | |
(四) 出資金、入会金、会員会費及び一般会計決算額の変遷並に寄附金 | 〔2-〕111 | |
(五) 日本工業倶楽部会館平面図 | 〔2-〕119 | |
(六) 来館者数及び会館利用回数 | 〔2-〕121 | |
(七) 行事及び会員有志の諸集会 | 〔2-〕123 | |
(八) 会報その他の刊行物及び図書室 | 〔2-〕129 | |
(九) 座談会「日本工業倶楽部の今昔を語る」日本工業倶楽部会報の復刊に当って | 〔2-〕158 | |
(十) 座談会「日本工業倶楽部の今昔を語る」日本工業倶楽部五十年史の編纂に当って | 〔2-〕170 | |
主要参考図書 | 〔2-〕192 | |
年表(主要関係事項を含む) | 〔3-〕1 | |
人名索引 | 〔3-〕25 |
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