興和紡績(株) ; 興和(株)『興和百年史』(1994.11)

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設備 本社ビル壁画「炬火は受けつがれて」ルイ・フランセン(Louis J. F. Fransen) 写真 巻頭
製品;繊維 興和紡績 独創の紡績技術と幅広いテキスタイル展開で繊維事業のトータルな構築を目指す。非繊維事業もたわわに果実を結ぶ。 写真、拡大する非繊維事業(医薬部外品の生産)、感性を紡ぐ。色彩を織る。 巻頭
経営;繊維 興和 繊維事業部 蓄積されたノウハウと鋭敏な時代感覚が、ヴィヴィッドなファッション空間を演出する 写真、オリジナルなデザインを求めて 内外のファッションショーは、ホットな情報発信の場となる。 巻頭
経営 興和 非繊維事業部 高度かつグローバルなニーズに応える多彩な商社機能。ボーダーレスな世界に人とモノと情報が行き交う。 写真、化学工場に入るタンク・コンテナー フィリピン・ミンダナオ島マヨ湾に面する広大なヤシ畑。ヤシ殻を焼く煙がたなびく。この原料が精製加工されて、ヤシ殻活性炭となる。 巻頭
経営;技術 興和 医薬事業部、興和新薬 日々進歩する現代医療。脚光を浴びるセルフメディケーション。今日も優れた医薬品の創製に挑戦する。 写真、製剤研究、NMR(核磁気共鳴装置)を使った医薬品の構造解析 巻頭
経営;技術 興和 電機光学事業部、興和オプチメド 多様な技術要素を駆使しつつ、オプトメカトロニクスの複合領域にユニークな製品群を開発する。 写真、最新の電子技術が活きる放送機器、レーザーによる超微粒子計測実験 巻頭
経営;海外事業 海外活動 地球村のあちらこちらに人々の生活がある。産業が息づく。ビジネスの鼓動が聞こえてくる。 写真、AAO(全米眼科学会)展示会の当社ブース、商談にも熱が入る(インターストップ会場にて) 巻頭
経営;海外事業 国際都市上海のメインストリート「南京路」。明治以来の対中貿易の伝統を有する興和は、その信頼を背に、今日も中国全土を舞台に活動している。 写真 巻頭
経営者;設備 [創業者・]服部兼三郎(胸像) 写真 p1
事業所 [服部兼三郎が独立営業を始めた場所の近く、]明治初期の上長者町 [明治初期(1870年代前半)] 写真 p3
貿易;繊維 日本の綿糸の輸出入の推移 明治25年(1892年)~明治34年(1901年) 表、年、綿糸輸入、綿糸輸出 p4
貿易;繊維 日本の綿糸の輸出入の推移 明治37年(1904年)~大正2年(1913年) 表、年、綿糸輸入、綿糸輸出 p7
貿易;繊維 日本の綿糸・綿織物の輸出の推移 明治43年(1910年)~大正8年(1919年) 表、年、綿糸輸出、綿織物輸出 p7
催し [第10回関西府県聯合]共進会会場 [明治43年(1910年)] 写真 p11
産業;施設 愛知県商品陳列館 [明治43年(1910年)3月竣工] 写真 p13
経済団体 大日本紡績聯合会(綿業会館) [昭和7年(1932年)1月開館] 写真 p18
経営;資料 上記の[当社初の織布工場となった名古屋の桜田工場を豊田平吉、宇天田利吉、村瀬巌に経営させてほしい旨、服部兼三郎に願い出た]願出書 [大正3年(1914年)?] 写真 p24
経営;資料 上記の[三輪常次郎ら4名が、新工場・桜田工場はあくまで服部商店直営でなすべきことなど 主人・服部兼三郎に提出した]誓約書 [大正3年(1914年)3月15日付け] 写真 p25
従業員 [愛知県春日井部郡に設けられた]小松工場事務所にて[三輪常次郎?] [大正5年(1916年)] 写真 p29
技術;従業員 [ドイツ・ランツ社のカール・]ワイス技師を囲んで [大正8年(1919年)頃] 写真 p32
事業所 福井工場 [大正9年(1920年)] 全景写真 p33
事業所 大正7年、8年頃の宮町本店 大正7年(1918年)~8年(1919年) 写真 p36
従業員;海外事業 [上海駐在員・]石田退三、[中国駐在員・]脇田賢治 [大正時代初期] 写真 p40
制服 詰め襟の制服 [大正12年(1923年)頃] 写真 p48
福利厚生 福井工場慰安旅行(大正13年 石川県吉崎にて) 大正13年(1924年) 写真 p51
経営者 [興和の前身・服部兼三郎商店を創業した服部兼三郎の死を報じる]名古屋新聞(大正9年6月5日) 大正9年(1920年)6月5日 新聞記事の写真 p60
経営者 [綿布問屋・服部兼三郎商店の社長、]服部兼三郎死去告知広告(名古屋新聞) 大正9年(1920年)6月5日 新聞の告知広告の写真 p62
経営者;資料 服部兼三郎が遺した12通におよぶ遺書の日付と宛先 大正9年(1920年) 一覧 p63
経営;資料 上記の[大正9年9月期決算を受けて対銀行向けに服部兼三郎が提出した]報告書 [大正9年(1920年)9月28日] 写真 p65
経営政策;資料 [服部商店の専務・三輪常次郎が服部兼三郎の死後社員に自分の意を開陳し、協力を呼びかけた30数ページの小冊子・]「店員諸君に告ぐ」 大正9年(1920年) 写真 p68
関係会社;従業員 南海染工職員(前列左から4人目 石田退三) [大正10年(1921年)2月設立] 写真 p84
事業所;福利厚生 和歌山出張所店先にて(運動会の記念写真) [大正15年(1926年)頃?] 写真 p86
事業所 [関東大震災で]倒壊した横浜工場 [大正12年(1923年)9月1日] 写真 p88
名誉;経営者 [昭和天皇より]拝謁後の記念撮影(後列一番左が三輪常次郎) [昭和2年(1927年)11月15日] 写真 p94
貿易 日本の貿易額推移 昭和6年(1931年)~昭和11年(1936年) 表、年次、輸出、輸入 p96
財務・業績 当社利益推移 昭和2年(1927年)3月期~昭和6年(1931年)9月期 表、年・期、金額 p100
催し;繊維 昭和12年 大阪での日蘭会商(右列手前より3人目が三輪常次郎) 昭和12年(1937年) 写真 p104
貿易;繊維 日本の綿布の輸出推移 昭和6年(1931年)~昭和15年(1940年) 表、年、数量、金額 p105
広告宣伝;催し 満州見本市における当社展示 昭和7年(1932年) 写真 p105
事業所 昭和9年頃の本展(通り北側のいわゆる「北店」) 昭和9年(1934年)頃 写真 p107
営業 大阪川口町の取引先と(昭和5年 京都にて) 昭和5年(1930年) 写真 p109
事業所 和歌山出張所 [昭和7年に失火で全焼、10年後に再建された]新社屋 [昭和10年(1935年)再建] 写真 p111
事業所 東京出張所 新社屋(撮影は昭和39年頃) [昭和10年(1935年)末、日本橋区本町に移転] 写真 p112
関係会社 昭和10年頃の名古屋紡織工業組合矢田川工場[の職員] 昭和10年(1935年)頃 写真 p114
事業所 垣鼻工場(楕円内は大口工場) [昭和9年(1934年)建設] 写真 p115
経営;資料 綿縮販売業舎指定証(綿工聯三輪理事長名で当社宛発行されたもの) [昭和6年(1931年)6月26日] 写真 p120
博覧会 名古屋汎太平洋平和博覧会 [昭和12年(1937年)3月15日~5月31日開催] 写真 p123
事業所;福利厚生 [中国・]青島出張所 社宅 [昭和13年(1938年)頃] 写真 p133
財務・業績 [資本金の推移] 大正9年(1920年)4月~昭和16年(1941年)2月 折れ線グラフ、年月、公称資本金(服部商店、カネカ服部商店)、払込資本金 p141
株式 興亜紡績時代の株券 [昭和15年(1940年)] 写真 p143
事業所;従業員 昭和16年元旦 福井工場(「自衛団本部」の文字が見える) 昭和16年(1941年)1月1日 従業員一同の写真 p145
製品;貿易 輸出綿布たな上げ実績比率 昭和15年(1940年)8月 表、会社名、比率 p151
人事;資料 昭和18年12月の辞令原簿(「依願退職・退職手当金」の文字が並ぶ) 昭和18年(1943年)12月 写真 p165
事業所;従業員 和歌山工場従業員 昭和19年(1944年) 写真 p167
出版 服部商店紀要(インドネシア語のページ) [昭和17年(1942年)発行] 写真 p171
海外事業;従業員 華北駐在員(昭和19年 青島出張所にて) 昭和19年(1944年) 写真 p176
事業所 [バンプ]出張所 昭和19年(1944年)8月 写真 p178
資源 チリのコバルト鉱脈 [昭和16年(1941年) 写真 p183
災害 [空襲で]壊滅した名古屋中心部(矢場町付近) [昭和20年(1945年)3月] 写真 p184
経営者;役員 服部兼三郎 服部兼三郎は和服を好んだと伝えられるが、これは珍しい洋服姿 写真 〔187〕
物流;繊維 明治末期の布袋荷扱所 布袋は名古屋北郊の村の名。綿糸府の配送センターである。 明治末期(1910年代前期) 写真 〔187〕
事業所 竣工直後の桜田工場 大正3年に完成した当社初の織布工場である。 大正3年(1914年) 写真 〔187〕
事業所;福利厚生 運動会の記念写真 和歌山出張所店先にて。大正時代中頃の撮影と思われる。 大正時代中頃(1920年頃) 写真 〔188〕
従業員;事業所 工場の若手職員 大正6年、桜田工場にて。この年導入されたばかりの、当時ではまだ珍しい洋服の制服に身を包んでいる。 大正6年(1917年) 写真 〔188〕
施設;物流 名古屋港 大正9年頃の撮影。 大正9年(1920年)頃 写真 〔188〕
事業所;従業員 小牧工場の仲間達 同工場は大正5年設立。桜田工場に次ぐ2番目の織布工場である。 大正5年(1916年)頃 写真 〔188〕
大正時代の名古屋都心 大正時代(1910年代) 写真 〔189〕
役員 三輪常次郎 大正時代中頃、宮町の本店店先での撮影と思われる。 大正時代中頃(1920年頃) 写真 〔189〕
経営者;催し 故服部兼三郎の追悼法要 大正10年、日進寺(現・日泰寺)に於ける1周忌法要。三輪常次郎はじめ、川崎音三、石田退三ら幹部の顔が見える。 大正10年(1921年) 写真 〔189〕
販売 初荷風景 荷馬車が勢揃いしている。和歌山出張所。大正10年代の光景。 大正10年代(1920年代前半) 写真 〔190〕
事業所 井戸掘削工事の竣工記念写真 昭和8年、福井工場にて。 昭和8年(1933年) 全景写真 〔190〕
事業所 熱田工場全景 熱田工場は戦前の本社工場であった。画面手前の左側が紡績工場、その右側が織布工場、画面奥の瓦屋根が寄宿舎。 写真 〔190〕
福利厚生;設備 熱田工場のテニスコートにて 昭和9年のスナップ。上の工場全景写真左側にこのテニスコートが見える。 昭和9年(1934年) 写真 〔190〕
事業所 青島綿糸布取引所ビル この建物の1階に当社青島出張所(昭和13年開設)が置かれていた。 昭和10年代(1930年代後半) 写真 〔191〕
福利厚生 青島出張所社宅 1階が社宅、2階が独身寮となっていた。 [昭和10年代(1930年代後半)] 写真 〔191〕
福利厚生 工場の慰安会 桜田工場中組女子慰安会。昭和13年5月、東山公園にて 昭和13年(1938年)5月 写真 〔191〕
福利厚生 運動会にて 昭和15年5月、福井工場。既に戦雲垂れこめ、壇上の婦人の襷には「大日本国防婦人会」の文字が見える 昭和15年(1940年)5月 写真 〔192〕
事業所 チリのコバルト鉱山にて サンチャゴの安田駐在員は、綿布を取り扱う傍ら、戦力物資のコバルト鉱石を日本に積み出した。昭和16年4月撮影 昭和16年(1941年)4月 写真 〔192〕
事業所;従業員 本店での新年記念写真 昭和18年元旦撮影。この後、社員の徴用・出征が相次ぎ、同年暮れには本店在籍者はわずか13名となった。 昭和18年(1943年)1月1日 写真 〔192〕
事業所;災害 垣鼻工場の空襲跡 軍需工場に転用されていた垣鼻工場は空襲で焼失。終戦の直前、昭和20年8月10日に当社に変換された。 昭和20年(1945年)8月 写真 〔192〕
事業所 旧熱田工場跡地 昭和33年、工場跡地に「興和ゴルフセンター」が開場した当時の航空写真、戦前の工場規模がしのばれる。 昭和33年(1958年) 写真 〔193〕
事業所;設備 松阪工場の梳綿機 昭和25年から27年にかけて興和紡績は大規模な設備増設を行なった。その頃の写真である。 昭和27年(1952年)頃 写真 〔193〕
事業所;設備 南海工場の捺染機 昭和27年、戦後初めて設置した捺染機。これにより、同工場では綿ネルの一貫加工体制が確立した。 昭和27年(1952年) 写真 〔193〕
関係会社 興和光器製作所 興服産業は、光学部門に進出した。写真は鉄筋コンクリート造の工場建物が完成した直後、昭和27年の撮影 昭和27年(1952年) 写真 〔194〕
関係会社;事業所 興和化学名古屋工場 もう一つの新規事業が医薬品製造である。興和紡績矢田川工場の一角に設けられた旧名古屋工場の内部(レスタミン合成工程)。昭和24年頃の写真である。 昭和24年(1949年)頃 写真 〔194〕
関係会社;事業所 移転後の興和化学名古屋工場 旧名古屋工場が手狭となったため、近隣(名古屋市北区金田町)に新工場を建設。昭和26年秋に移転した。 昭和26年(1951年)秋 写真 〔194〕
関係会社;技術 興和化学東京研究所 昭和28年10月、東京都杉並区高井戸に完成した。現東京研究所(東村山市)が感性するまで、興和の研究開発の最前線を担った。 昭和28年(1953年)10月 写真 〔195〕
事業所;営業 仙台出張所 戦後新設された繊維の地方営業拠点の一つ。昭和28年8月撮影 昭和28年(1953年)8月 写真 〔195〕
事業所 旧興和紡績本社ビル 昭和29年6月19日、隣の「名古屋テレビ塔」と同じ日に竣工した。また周囲にビルもまばらである。 昭和29年(1954年)6月 写真 〔195〕
事業所;製造工程 古知野工場の粗紡工程 昭和39年頃の光景。興和紡績の紡績4工場の一つとして、紡機70,000錘、織機240台がフル回転していた。 昭和39年(1964年)頃 写真 〔196〕
事業所;製造工程 小牧工場での包装作業 昭和30年代には縫製工場も全盛時代を迎え、当工場ではカッターシャツ、ホンコンシャツを中心に業績を伸ばした。 昭和30年代(1950年代後半) 写真 〔196〕
事業所;広告宣伝 大阪支店のショールーム 興和大阪支店は、昭和33年、淡路町の現所在地に新築移転した。同時にこの頃からアパレル志向を強めていった。 昭和33年(1958年)頃 写真 〔196〕
名誉 皇太子殿下 御台臨 興和光器製作所は、昭和30年3月30日、皇太子殿下(今上陛下)御台臨の栄誉に浴した。 昭和30年(1955年)3月30日 写真 〔197〕
名誉 天皇・皇后両陛下、行幸啓 昭和32年4月、昭和天皇・皇后両陛下は愛知県をご巡幸された。そのご日程の一つとして、11日には興和光器製作所をご視察になった。 昭和32年(1957年)4月11日 写真 〔197〕
博覧会 海外見本市での当社ブース 1957年、フィラデルフィアで開催された国際写真博での当社ブース。二眼レフ「カロフレックs」が注目を浴びた。 昭和32年(1957年) 写真 〔198〕
関係会社;技術 興和電機研究所 昭和32年、興服産業は電子機器製造に進出。翌年、その本拠地として調布に「興和電機製作所」を設けた。 昭和33年(1958年) 写真 〔198〕
関係会社;企業 ヘキスト社研究者との打ち合わせ 昭和31年、興服産業は西独のヘキスト社と合弁で「日本ヘキスト(株)」を設立した。写真は33年頃のスナップ。 昭和33年(1958年)頃 写真 〔198〕
役員 タイ名誉領事就任パーティー 三輪隆康社長は、昭和35年5月、名古屋タイ国名誉領事に就任した。写真は、同年8月、クリタカラ駐日タイ大使と。 昭和35年(1960年)8月 写真 〔198〕
役員 工場建設現場を視察する三輪社長 医薬品部門の発展に伴い、生産力増強が急務となり、富士市に新工場建設が始まった。昭和39年2月、三輪[隆康]社長が現場を視察、同年5月には第1期工事が完成した。 昭和39年(1964年)2月 写真 〔199〕
事業所;技術 完成直後の東京研究所 下高井戸の研究所が手狭となったため、東村山市に新研究所が建設された。写真は、昭和39年4月、研究棟本館東半分が完成した当時の風景。 昭和39年(1964年)4月 写真 〔199〕
事業所 旧東京支店 東京支店は、昭和43年12月に新ビルが完成するまで、数ヵ月にオフィスが分散していた。興和新薬のあった日本橋本町のビル内部[と]繊維部門の置かれていた日本橋富沢町のビル 昭和43年(1968年)頃 写真 〔199〕
海外事業 第1回興和訪中団 興和は、昭和17年7月、わが国企業の中で最も早い時期に日中友好商社に指定された。この年12月、三輪[隆泰]社長を団長とする訪中団が中国各地を訪問、相互の友好と理解を深めた。 昭和47年(1972年)12月 写真 〔200〕
海外事業;事業所 完成直前の活性炭工場 昭和40年代に入ると、興和の海外事業はさらに活発な展開を見せた。写真はシンガポールの活性炭工場。47年5月、竣工直前の撮影である。 昭和47年(1972年)5月 写真 〔200〕
関係会社;設備 美公股份有限公司の商談室 同社は1971年の設立。この写真の1976年当時は、アメリカ向けを中心に履物の輸出を伸ばしていた。 [昭和51年(1976年)] 写真 〔200〕
販売;関係会社 丸太の積み出し風景 興和は昭和30年代から南洋材の輸入を手掛けてきた。写真は1984年4月、インドネシア、北カリマンタン州での撮影。なお翌年から、同国からの丸太輸出は全面禁止された。 [昭和59年(1984年)4月 写真 〔200〕
関係会社;海外事業 コーワ・ヨーロッパGmbH デュッセルドルフに本拠を置く現地法人「コーワ・ヨーロッパGmbH」は、ブリュッセル、ミラノ、パリの各店を統括しつつ、欧州全体を商圏に収めている。 写真 〔201〕
事業所 興和紡績新本社ビルの建設 昭和61年8月、第1期工事完成前の写真。使用中の旧ビルと、建設中の新ビルが並んでいる。 昭和61年(1986年)8月 写真 〔201〕
関係会社;印刷 三興印刷の工場内部 昭和50年代に入り、興和紡績は非繊維事業の新設と拡大を協力に推進した。印刷事業もその一つ。昭和54年4月にスタートした。写真は61年3月撮影。 昭和61年(1986年)3月撮影 写真 〔201〕
事業所;設備 清生工場の射出成形機群 平成3年2月竣工のエンジニアリングプラスティックス成形工場。大正時代に始まったかつての織布工場は、全く新しい姿に変貌を遂げた。 平成3年(1991年)2月竣工 写真 〔202〕
役員;表彰 三輪[隆泰]社長 チリより勲章を受章 興和はかねてより、チリに対して投資を推し進め、同国経済の発展に貢献してきた。これに対し、平成元年4月7日、三輪社長にベルナルド・オ・ヒギンズ勲章、勲位グラン・オフィシャルが贈られた。 平成元年(1989年)4月7日 写真 〔202〕
催し 学術講演会 医薬に関する最新の学術情報を広く世に提供することも、当社の重要な任務である。平成5年11月、ハイパジール発売5周年を記念しての学術講演会にて。 平成5年(1993年)11月 写真 〔202〕
人事 [会社経理応急措置法に定められた]特別管理人氏名 昭和21年(1946年)9月18日現在 一覧、興和紡績、興服産業の特別管理人氏名 氏名と肩書き p215
事業所 松阪工場 昭和20年代(1945~1954年) 写真 p234
事業所 戦後まもない知立工場 [昭和22年(1947年)4月] 写真 p235
設備 [第一次造設計画策定による]増錐の内訳 [昭和25年(1950年)] 松阪・古知野・知立の3工場の増錐内訳 p238
設備 [第一次造設計画策定による]設備の内訳 [昭和25年(1950年)] 松阪・古知野・知立の3工場の設備内訳 p239
設備 [昭和26年度・第二次造設計画による]増錐内訳 昭和26年度(1951年度) 古知野・知立・倉吉の3工場の増錐内訳 p239
設備 [昭和26年度・第二次造設計画を終えた時点の紡機]設備内訳 [昭和27年(1952年)3月] 松阪・古知野・知立・倉吉の4工場の設備内訳 p239
事業所 倉吉工場 昭和30年(1955年)頃 写真 p240
事業所 浜松出張所、蒲郡出張所(神明町) [昭和22年(1947年)頃] 写真 p252
事業所 久留米出張所 [昭和21年(1946年)7月15日開所] 写真 p253
事業所 岡山出張所(西中山下) [昭和22年(1947年)8月開店] 写真 p254
関係会社 開業当時の興和光器製作所 [昭和21年(1946年)頃] 写真 p269
製品 [米国の光学品商社・ブッシュネル社からの要請で開発した]スポッティングスコープ [昭和27年(1952年)8月製品化] 写真 p272
製品 [当社のカメラ第一号]「カロフレックス・オートマット1」 [昭和29年(1954年)2月発売] 写真 p274
関係会社 2期工事完成後の興和光器性差控除 [昭和29年(1954年)3月完成] 写真 p276
関係会社 興和化学名古屋工場の外観 [昭和21年(1946年)頃] 写真 p279
設備 工場内部(単発式打錠機) [昭和20年代] 写真 p282
事業所 新築移転した名古屋工場(金田町) [昭和26年(1951年)10月完成] 写真 p284
広告宣伝;ロゴマーク [コルゲンのイメージキャラクター・]カエルの初登場 [昭和24年(1949年)の春頃] 写真 p288
事業所 新本社ビル(1階事務室) [昭和29年(1954年)6月完成] 写真 p294
関係会社 [興和新薬株式会社創立総会における決議] [昭和29年(1954年)7月23日] [決議内容](商号、本店、支店、目的、取締役、監査役、設立年月日、資本の額) p295
役員 三輪隆康社長[興和紡績、興服産業、興和新薬の3社の社長を兼任] 昭和36年(1961年)7月撮影 写真 p300
役員;催し 三輪常次郎[会長](昭和30年11月 熱田神宮遷座祭に於ける総代の正装) 昭和30年(1955年)11月 写真 [昭和38年(1963年)10月14日死去] p301
事業所 大阪支店ビル[(大阪市東区淡路町2丁目)] [昭和33年(1958年)2月18日新築・移転] 写真 p307
事業所 東京支店ビル[(東京都中央区日本橋本町3丁目)] [昭和43年(1968年)12月20日完成] 写真 p308
広告宣伝 コットン・ウィーク協賛の当社宣伝カー [昭和31年(1956年) 写真 p315
事業所;製造工程 古知野工場 梳毛精紡工程 [昭和34年(1959年)頃] 写真 p317
生産 [臨時工業設備臨時措置法に基づく]当社綿紡績の格納率の推移 昭和36年(1961年)3月~昭和39年(1964年)9月 表、年月、格納率 p318
事業所;設備 古知野工場 仮撚機 [昭和42年(1967年)後半導入] 写真 p323
事業所;設備 矢田川工場 樹脂加工設備 [昭和42年(1967年)導入] 写真 p325
関係会社;生産 興和冷蔵の製氷作業 [昭和25年(1950年)2月] 写真 p327
施設;事業所 興和ゴルフセンター[(興和紡績直営)] [昭和33年(1958年)10月15日完成・正式開場] 写真 p328
事業所 浜松出張所 新社屋[(浜松市常盤町)] [昭和40年(1965年)11月竣工・移転] 写真 p339
事業所 岡山出張所 新社屋[(岡山市春日町)] [昭和45年(1970年)4月完成・移転] 写真 p340
売上 当社商事部門における繊維-非繊維比率 昭和36年(1961年)~昭和46年(1971年) 表、年、繊維、非繊維 p358
販売 スキー靴ほか [昭和40年代(1960年代後半~1970年代前半)] 写真 p359
海外事業;催し [米国現地法人]設立15周年記念パーティー(日本クラブにて) 昭和45年(1970年) 写真 p361
関係会社 伊万里合板 [昭和39年(1964年)2月1日設立] 写真 p363
関係会社;海外事業 [モザイクタイルのメーカー・]マレーシアン・モザイクス(株) 工場内部 [昭和47年(1972年)12月設立] 写真 p364
関係会社 [壁タイル製造・販売]チェリータイル(株) [昭和44年(1969年)全額当社持株] 写真 p364
関係会社;海外事業 [活性炭の製造販売会社・[PJAC[(PHILIPPINE JAPAN ACTIVE CARBON CORP.)]工場内部 [昭和47年(1972年)5月11日設立] 写真 p365
関係会社 [給排水用塩化ビニル継手のメーカー・]岐興樹脂(株) [昭和47年(1972年)11月当社取得] 写真 p366
福利厚生 富士工場 体育館 [昭和40年(1965年)2月] 写真 p377
広告宣伝 [コルゲンのコマーシャルで活躍して大いに世間の注目を浴びたマスコットの]店頭カエル [昭和38年(1963年)10月登場] 写真 p380
広告宣伝 宣伝カー [昭和30年代初期登場] 写真 p383
企業;関係会社 [日本ヘキスト株式会社の]ヘキストビル(赤坂) [昭和31年(1956年)5月16日設立] 写真 p385
製品 [レンズシャッター式35ミリカメラとしては、世界初の超大口口径レンズを装着した]カロ140 [昭和34年(1959年)7月発売] 写真 p389
製品 [8ミリシネカメラ・]カロ8ゴールド [昭和33年12月開発] 写真 p390
製品 [当時国産唯一のブース型1分間写真機]カロフォトマット [昭和34年(1959年)1月開発] 写真 p390
関係会社;海外事業 [ニューヨークの]コーワ・オプチカル[(自社光学製品を米国にて販売する現地法人)]のオフィスにて [昭和30年(1955年)7月設立] 写真 p392
名誉 [興和光器製作所の]工場にご到着になった[昭和天皇皇后]両陛下 [昭和32年(1957年)4月11日] 写真 p393
製品 [超小型テープレコーダー・]マイクロコーダー [昭和34年(1959年)完成] 写真 p396
製品 [大口径F2レンズを装着。レンズシャッター式大口径機の口火を切った]コーワシックス [昭和35年(1960年)1月販売] 写真 p400
製品 眼底カメラ[(瞳孔を通して眼底を撮影する]眼底カメラ「コーワRC] [昭和37年(1962年)末発売] 写真 p401
製品 [東京オリンピックの中継放送に活躍した車載用の]フライングスポットスキャナー [昭和39年(1964年)開発] 写真 p403
技術 [当社独自技術の総合的な融合・展開を期して建設された]興和総合科学研究所 実験風景 [昭和62年(1987年)6月29日竣工] 写真 p417
役員 三輪[隆康]社長の公的活動 昭和34年(1959年)8月~昭和61年(1986年) 一覧、公的役職名(本文にあり)と在任期間 p422
役員;表彰 [三輪隆康社長] [藍綬]褒賞伝達式にて(昭和60年 通商産業省) 昭和60年(1985年)[5月29日] 写真 p424
施設 建設中のネクステージ知立[(ヤオハンジャパンからの打診に応じて知立工場敷地内に建設したショッピングセンター)] [平成6年(1994年)秋開店] 写真 p437
製造工程 [ヘルスケアー部の]清浄綿の蒸気減菌工程 [昭和58年(1983年)頃] 写真 p445
事業所;製造工程 名南研究所 金型製造工程 [昭和62年(1987年)頃] 写真 p446
関係会社;事業所 [興和紡績全額出資のもとに設立した「名南三菱自動車販売(株)」の]カープラザ名南 [昭和52年(1977年)10月]設立 写真 p447
関係会社;設備 [興和紡績全額出資で設立した知立電子工業(株)の]チップ実装機 [昭和56年(1981年)10月] 写真 p448
関係会社;催し [メルセデス・ベンツ車の正規販売会社として、興和紡績全額出資で設立した]シュテルン名古屋南 オープニングセレモニー [平成7年(1995年)7月10日] 写真 p450
広告宣伝 名古屋繊維第二部 展示 昭和49年(1974年) 写真 p456
広告宣伝;商品 大阪繊維第一部 ショールーム [昭和59年(1984年)頃] 写真 p458
製品;広告宣伝 大阪繊維製品第一部 展示 [昭和63年(1988年)頃] 写真 p459
製品;広告宣伝 大阪繊維製品第二部 展示 [昭和63年(1988年)頃] 写真 p460
事業所 蒲郡出張所(繊維卸センター内) [昭和50年(1975年)頃] 写真 p463
催し [ドイツのフランクフルトで開催される世界最大の服地見本市・]インターストッフ会場 [昭和62年(1987年)頃] 写真 p467
海外事業;役員 天津の縫製工場を視察する三輪[隆康]社長 [平成4年(1992年)8月] 写真 p471
製品 自動包装機械 [昭和49年(1974年)頃?] 写真 p477
商品 [欧州向け輸出を開始したアポロスポーツ(株)の]水柱用品 [昭和60年(1985年)頃] 写真 p479
商品;貿易 [コーワ・カリフォルニアを通じて日本に輸入したアメリカのスタッコ社の]カルチャード・ストーン[(装飾用軽量人造石材)] [昭和57年(1982年)] 写真 p482
商品 [サンセイ(株)と提携して力点を置いた]清掃用ゴンドラ [昭和59年(1984年)頃] 写真 p483
商品;貿易 輸入合板の荷下ろし [平成2年(1990年)頃] 写真 p484
海外事業 アタカマ砂漠におけるカリーチェ(チリ硝石等を含有)の採取 [平成元年(1989年)頃?] 写真 p489
関係会社;催し [フィリピン・ジャパン・アクティブ・カーボン生産設備拡張の?]火入れ式で挨拶する三輪[隆康]社長 1990年(平成2年)6月 写真 p493
事業所;設備 [約3,500個のパレットを収容できる富士工場のラック式]自動倉庫 内部 [平成2年(1990年)11月竣工] 写真 p504
技術;催し イドメシンゲル技術供与の調印式 [昭和55年(1980年)7月?] 写真 p506
製品;商品 [当社と旭化成工業が共同開発した血栓溶解剤・]ハバーゼコーワ [平成3年(1991年)3月発売] 写真 p508
製品;商品 [のど用消炎剤で新しいタイプの]フィニッシュコーワ [平成2年(1990年)11月発売] 写真 p509
事業所;営業 金沢営業所 [昭和62年(1987年)2月] 写真 昭和57年(1982年)金沢連絡所新設、昭和62年3月営業所となる。 p511
事業所;営業 堺営業所 [昭和58年(1983年)4月新設] 写真 p511
広告宣伝;ロゴマーク 新しい店頭カエル [昭和53年(1978年)8月モデルチェンジ] 写真 p513
製品 [据え置き型の広角]眼底カメラ「RC-W」 [昭和51年(1976年)発売] 写真 p515
製品 [日本ビクター向けに、次いで松下電子工業やソニー向けにも開発し、昭和56年の生産ピーク時にはわが国の全生産量の8割強を占めた]ビデオズームレンズ [昭和53年(1978年)開発] 写真 p516
製品 [各地の放送局に納入した]文字図形ディスプレー装置「CG-800」 [昭和54年(1979年)開発] 写真 p517
製品 [レーザー応用技術の研究開発に取り組み開発した]白内障初期診断装置「CLEAD-1000」 [昭和59年(1984年)開発] 写真 p518
企業;提携・合併 [米国コヒレント社との合弁会社]コヒレントコーワ(株)での[医療機器]組立作業 [昭和59年(1984年)頃] 写真 p519
製品 眼底カメラ「PRP1」 [昭和61年(1986年)開発] 写真 p524
製品 [超微粒子計測装置・]ナノライザー「PC30」 [昭和61年(1986年)開発・発売] 写真 p526
事業所 本社・支店・工場 本社 写真 〔529〕
事業所 本社・支店・工場 東京支店、大阪支店 写真 〔530〕
関係会社;事業所 興和紡績 写真、松阪工場、矢田川工場、南海工場、小牧工場、名南研究所、清生工場、印刷部、興和ゴルフセンター 〔531〕
関係会社;事業所 興和 写真、浜松支店、蒲郡支店、岡山支店、相模原事業所、富士工場、名古屋工場、蒲郡工場、調布工場、興和総合科学研究所、東京研究所、富士研究所、調布研究所 〔532〕
関係会社;事業所 興和新薬 写真、札幌支店、仙台支店、関東支店、広島支店、福岡支店 〔533〕
事業所;海外事業 主要海外事業所 写真、ニューヨーク、デュッセルドルフ、シンガポール、ロスアンゼルス、ミラノ、ジャカルタ、サンノゼ、パリ、マニラ、サンチャゴ、シドニー、ダパオ 〔534〕
関係会社 主要関係会社 写真、香港、興和冷蔵(株)(船橋工場)、知立電子工業(株)、北京、名南三菱自動車販売(株)(カープラザ小牧)、岐興(株)、上海、(株)シュテルン名古屋南、東興ビル(株)、台北、三興紙器(株)、興和地所(株)(久屋ビル) 〔535〕
製品 興和紡績 製品(繊維・非繊維) 写真、各種紡績糸、印刷、テキスタイル、医薬部外品、4D-BOX(物質部取扱品)、精密金型、興和ボルフセンター 〔536〕
関係会社;貿易 興和 商社活動(繊維・非繊維) 写真、繊維製品、木材加工品、ショールーム、化学品、ケミカルシューズ 〔538〕
関係会社;製品 興和 医薬品 写真、主な医薬品、興和総合科学研究所 〔540〕
関係会社;製品 興和 電機光学製品 写真、医用機器(レーザーフレアーメーター FM-500、ポータブルスリットランプ SL-14、手持眼底カメラ GENESIS)、情報機器(小型自動番組送出装置 APM550、オーディオファイリング装置 AF1508)、産業機器(細胞内カルシウムイオン濃度測定システム FS-100、粒子計測型凝集能測定装置 AG-10、レーザーイメージャー LI-2000)、光学機器(高速バーコードリーダー LB140、X線I.I. イメージカメラKX100)、スポッティングスコープ関係(観光用双眼鏡 BL-8、BL-12、スポッティングスコープ TS-614) 〔542〕
関係会社 関係会社 活動 写真、三興紙器(株)、技興(株)、興和冷蔵(株) 〔544〕
役員 旧役員(歴代会長・社長) 写真、服部商店 初代専務 服部兼三郎 p545
役員 旧役員 写真、興和紡績初代会長 興和初代会長 三輪常次郎、興和紡績第2代社長 興和初代社長 川崎音三 p546
役員 現役員 平成6年(1994年)6月29日現在 写真、興和紡績取締役社長(代表取締役) 興和取締役社長(代表取締役) 興和新薬取締役社長(代表取締役) 興和オプチメド代表取締役 三輪隆康 p548
役員 現役員 興和紡績 平成6年(1994年)6月29日現在 写真、取締役副社長(代表取締役) 岩田初一、取締役副社長(代表取締役) 三輪芳弘 p549
役員 現役員 興和紡績 平成6年(1994年)6月29日現在 写真、専務取締役 酒井清之、常務取締役 大橋忠志、取締役 服部釤一郎、取締役 水野裕、取締役 村田勝美、取締役 斎藤史朗、取締役 黒田正義、取締役 八代牧男、取締役 能瀬正巳、常勤監査役 瀬尾泰生、監査役 鎌田計輔、監査役 村瀬日出男、監査役 松本斌 p550
関係会社;役員 現役員 興和 平成6年(1994年)6月29日現在 写真、取締役副社長(代表取締役) 木下恒、取締役副社長(代表取締役) 三輪芳弘、専務取締役(代表取締役) 湯浅賢二、専務取締役(代表取締役) 辻村敏、常務取締役 宮石卓二、常務取締役 河合博之、常務取締役 伊藤凉二、常務取締役 松岡貞夫 p552
関係会社;役員 現役員 興和 平成6年(1994年)6月29日現在 写真、常務取締役 滝口栄一、常務取締役 大河内隆夫、取締役 三輪緑四郎、取締役 安藤斉、取締役 大谷元治、取締役 磯幸三、取締役 柳川邦彦、取締役 市村仁、取締役 野呂秀雄、取締役 岩本幸雄、取締役 加藤彰爾、取締役 藤田祐司、取締役 伊藤弘、取締役 冨田正昭、常勤監査役 松山恵一、監査役 河辺正明、監査役 服部釤、監査役 中根亀雄 p554
関係会社;役員 現役員 興和新薬 平成6年(1994年)6月29日現在 写真、取締役副社長(代表取締役) 三輪芳弘、専務取締役(代表取締役) 吉田礼蔵、常務取締役 佐藤輝夫、常務取締役 市原久照、取締役 三輪緑四郎、取締役 三輪文男、取締役 木下恒 p556
関係会社;役員 現役員 興和新薬 平成6年(1994年)6月29日現在 写真、取締役 服部博之、取締役 各務謙一郎、取締役 葛西英雄、取締役 佐藤亮一、取締役 川俣俊彦、取締役 安藤隆興、取締役 村上正明、常勤監査役 沖本逸郎、監査役 佐藤光彦 p558
関係会社;役員 現役員 興和オプチメド 平成6年(1994年)6月29日現在 写真、代表取締役 三輪芳弘、常務取締役(代表取締役) 松岡貞夫、取締役 河合博之、取締役 伊藤英一、取締役 谷英郎、取締役 山本寅雄、取締役 野津亮介、取締役 酒井武夫、監査役 木下恒、監査役 宮石卓二、監査役 伊藤武彦 p559
役員 役員任期一覧 興和紡績 大正元年(1912年)~平成5年(1993年) 図、元号年、氏名、役職名、在任期間(就任年月、退任年月) p562
関係会社;役員 役員任期一覧 興和 大正5年(1916年)~平成5年(1993年) 図、元号年、氏名、役職名、在任期間(就任年月、退任年月) p568
関係会社;役員 役員任期一覧 興和新薬 昭和元年(1926年)~平成5年(1993年) 図、元号年、氏名、役職名、在任期間(就任年月、退任年月) p574
関係会社;役員 役員任期一覧 興和オプチメイト 昭和40年(1965年)~平成5年(1993年) 図、元号年、氏名、役職名、在任期間(就任年月、退任年月) p577
組織 組織図 興和紡績 平成6年(1994年)8月1日現在 組織図 p578
組織 組織図 興和 平成6年(1994年)8月1日現在 組織図 p580
組織 組織図 興和新薬 平成6年(1994年)8月1日現在 組織図 p582
組織 組織図 興和オプチメド 平成6年(1994年)8月1日現在 組織図 p583
事業所 国内事業所ネットワーク [平成6年(1994年)11月現在] 日本地図上に興和紡績、興和、興和新薬、興和オプチメドの事業所所在地を、色分けした○で示す。 p584
事業所 国内事業所ネットワーク 興和オプチメド [平成6年(1994年)11月現在] 本店、本部、支店、営業所の名称、郵便番号、住所、電話番号を一覧で示す。 p584
事業所 国内事業所ネットワーク 興和新薬 [平成6年(1994年)11月現在] 本店、本部、支店、営業所の名称、郵便番号、住所、電話番号を一覧で示す。 p585
事業所 国内事業所ネットワーク 興和紡績 [平成6年(1994年)11月現在] 本社、営業所、工場、研究所等の名称、郵便番号、住所、電話番号を一覧で示す。 p585
事業所 国内事業所ネットワーク 興和 [平成6年(1994年)11月現在] 本店、支店、工場、研究所、配送センター等の名称、郵便番号、住所、電話番号を一覧で示す。 p585
海外事業;事業所 海外事業所ネットワーク [平成6年(1994年)11月現在] 世界地図上に事業所の所在地を番号で印し、余白に番号順に事業所の所在地(都市名)を記す。 p586
海外事業;事業所 海外事業所ネットワーク [平成6年(1994年)11月現在] 海外現地法人ごとに(KOWA COMPANY(AUST.)PTY.LTD、KOWA ASIA LTD、KOCHI S.A.、KOWA EUROPE GmbH(BRUSSELS LIAISON OFFICE、MILANO LIAISON OFFICE、PARIS LIAISON OFFICE))住所、電話番号を一覧で記す。 p587
海外事業;事業所 海外事業所ネットワーク [平成6年(1994年)11月現在] OVERSEAS OFFICES とAFFILIATED COMPANIES ABROAD に大別して、それぞれ名称、住所、電話番号を一覧で記す p587
関係会社 主な国内関係会社 [平成6年(1994年)11月現在] 一覧、社名、所在地(郵便番号、住所、電話番号)、事業内容、設立年月/資本金 p588
組織 組織の変遷 興和グループ 明治27年(1894年)12月~平成5年(1993年) 変遷図、社名、創業・設立・商号変更・新設・分離・廃止の年月 p590
組織 組織の変遷 興和紡績 大正元年(1912年)~平成5年(1993年) 変遷図、事業所・部門・社名、開始・廃止・閉鎖・売却・買収・合併・貸与・返還・譲渡・操業・休止・組織変更等の年月 p592
組織 組織の変遷 興和 繊維部門 明治27年(1894年)12月~平成5年(1993年) 変遷図、社・部・支店・出張所名等の開始・新設・変更・移管等の年月 p596
組織 組織の変遷 興和 非繊維部門 昭和22年(1947年)10月~平成5年(1993年) 変遷図、部名の新設・変更・移管等の年月 p600
組織 組織の変遷 興和 医薬部門 昭和21年(1946年)3月~平成5年(1993年) 変遷図、部門総称の変遷(創業・新設年月)、工場・研究所の新設・改称・移転年月 p602
組織 組織の変遷 興和 電機光学部門 昭和21年(1946年)6月~平成5年(1993年) 変遷図、部門総称の変遷(新設・変更年月)、製作所・工場・研究所の新設・改称年月 p602
組織 組織の変遷 興和 開発本部 昭和62年(1987年)6月~平成5年(1993年) 変遷図、名称、新設年月 p602
組織;関係会社 組織の変遷 興和新薬 昭和29年(1954年)7月~平成5年(1993年) 変遷図、事業所・部門名、新設・移転・名称変更等の年月 p604
組織;関係会社 組織の変遷 興和オプチメド 昭和60年(1985年)5月~平成5年(1993年) 変遷図、新設・名称変更年月 p606
組織;海外事業 組織の変遷 海外 昭和10年(1935年)~平成5年(1993年) 変遷図、社名・駐在員事務所・支店名、新設・設立・改称・解散・廃止・売却・資本撤収年月、都市名 p608
組織;関係会社 組織の変遷 主要関係会社 昭和22年(1947年)9月~平成5年(1993年) 変遷図、社名・改称・改組・解散・業務停止・子会社化の年月 p612
売上 売上高の推移 昭和25年(1950年)~平成5年(1993年) 折れ線グラフ、年、金額、社名(興和、興和紡績、興和新薬、興和オプチメド) p614
財務・業績 資本金の推移 大正元年(1912年)~平成5年(1993年) 棒グラフ、年、金額、社名(興和紡績、興和、興和新薬、興和オプチメド) 別途、会社ごとに年月と資本金額の一覧あり p614
売上 売上高構成比率の推移 興和紡績 昭和25年度(1950年度)~平成5年度(1993年度) 棒グラフ、年度、構成比{繊維(糸、織物、染色、縫製ほか)、非繊維(印刷、医薬部外品、物資、不動産・ゴルフ)} p616
売上 売上高構成比率の推移 興和 昭和25年度(1950年度)~平成5年度(1993年度) 棒グラフ、年度、構成比{商事部門(繊維品、非繊維品)、メーカー部門(医薬品、電機光学品)} p616
売上 売上高構成比率の推移 興和新薬 昭和33年度(1958年度)~平成5年度(1993年度) 棒グラフ、年度、構成比{医療用医薬品(レスタミン・ネオレスタミン類、アデホス類、レスタミン軟膏類、キャベジンU類、MDS類、強力レスタミンコーチゾン軟膏類、レスタミン類、コメリアン類、イドメシン外用剤、イドメシンバップ、ユーパスタ、ハイパジール、その他)}、{一般用医薬品(コルゲン類、レスタミン類、キューピー類、ミカロン類、キャベジン類、ウナ類、アノン類、フィニッシュ類、ケラチナミン類、その他)} p617
売上 売上高構成比率の推移 興和オピチメド 昭和60年度(1985年度)~平成5年度(1993年度) 棒グラフ、年度、構成比(眼底カメラ、フリットランプ、レーザー機器、視覚・視力機器、視野計、その他) p617
沿革 年表 明治2年(1869年)~平成5年(1993年) 年表、欄割(年号、当社、[本文]参照ページ、一般・業界、[本文]参照ページ) p619
参考文献 参考文献 一覧、一般(書名、編・著者、発行所、発行年)、団体史・郷土史・社史(書名、編・著者、発行所、発行年)、白書・年鑑・年表・新聞等(書名、編者、発行所、発行年)、写真提供(機関名) 巻末
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