王子製紙(株)『王子製紙山林事業史』(1976.06)

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役員 王子製紙株式会社歴代社長 ~昭和42年3月27日 写真、渋沢栄一//藤原銀次郎 専務取締役社長 大正9年6月30日、取締役社長 昭和4年3月28日~昭和13年12月24日//高島菊次郎 取締役社長 昭和13年12月24日~昭和17年12月5日//足立正 取締役社長 昭和17年12月5日~昭和21年12月21日//中島慶次 昭和21年12月21日~昭和42年3月27日 巻頭
経営 内地・前期 明治45年~大正12年 写真、大川平三郎 気田工場建設にいたるまでに、木材パルプ製造工場に適応した立地条件ならびに木材資源調査に活躍し、以後、外遊して製糸技術の導入と紙・パルプ産業発展の基礎を築いた(王子製紙を退いた後、富士製紙・樺太工業両社長をなる)。//わが国木材パルプ工場発祥の地、気田・中部両工場へ原木供給に活躍した山林係員。明治四十五年四月八日写す、印部助三郎、高島諒太、松田亀太郎、原清、伊藤与次郎、求井野仁蔵、上条織之助、関惣太郎、長谷川金左衛門、上田福太郎、[以下略]//大正12年、樺太材が清水(静岡県)袖師海岸土場へ荷卸しされた状況。//林業機械化の先駆をなした「ロッグホール」による陸揚土場巻立作業。 巻頭
経営;従業員 北海道 明治44年~昭和14年 写真、北海道苫小牧分社の山林事業開始以来、工場原木需給対策の基礎固めと指導的な役割を果たすとともに、その他、山林作業技術の発展に寄与した歴代の幹部職員。武藤益蔵、水島鉉四郎、小林準一郎、伊東祐啓、波多野忠治、小宮良吉、星直太郎、佐々木儀助 流送事業にあって多年の経験を生かし、特殊技量の持主として、流送全般の補助的役割を果した。大町権太郎 山林調査に関しては神さま的存在で、審査事項には明確適切であり、多年の経験で国内外の調査に陰の功労があった。水島鉉四郎の昇給辞令(明治四十四年一月廿二日)//大正9年10月、苫小牧分社帯広山林出張所長・梅沢源吉の樺太分社転出を機に、所員一同にて送別兼出張所閉鎖式を行なう。曽根原某、佐々木某、笹野忠右ヱ門、平野閏、松下善太郎、川崎嘉久、渡辺保次、宮島二郎、石井亮二、梅沢源吉、[以下略]//昭和7年7月23日、苫小牧分社山林部長・小林準一郎・伊東祐啓、新旧交替の歓送迎会を職員、現業員一体で王子娯楽場で行なう。柴内幹也、山本茂郎、辻清一郎、中村堯夫、朝日久米治、中道徳蔵、星直太朗、吉木武一、山本寅次郎、今清任、[以下略]//昭和8年5月、富士製紙野付牛(現在の北見市)山林派出所の解散式における所員一同(王子製紙、富士製紙の合併によって)。樋口重貞、中島威四郎、依田政雄、向井惟晨、林吉夫、曽良中清作、赤石徳三(代)、斉藤英一郎、平田為一(代)、平尾創、[以下略]//昭和14年、北海道山林部長・伊東祐啓・大塚良敦、新旧交替の歓送迎会における職員一同(苫小牧工場正門玄関前)。//昭和14年、北海道山林部江別出張所長・林吉夫・栄口正輝、新旧交替時における所員一同。 巻頭
経営 伐出事業 大正2年度~大正12年 写真、大正二年度、苫小牧分社山林係において、石狩川奥地ならびに沙流川支流糠平川上流に派遣した森林探検隊の出発記念(服装は当時の社給服)、市原孝助、根本弘之、川上某、大町権太郎、類地惣吉、川上与三郎(団長)、坂口寛、平瀬多三郎、波多野忠次、三上春吉、[以下略]//北海道において行なわれた伐出事業(造材、藪出し、大小道付け、中出し及び搬出等)の代表的な作業順((1)~(14))。(1)事業開始以前に伐採箇所の下調査のため、監督員が道なき奥地へ向う渡船風景。(2)山林事業の安全祈願のために、「山の神」として大山神社奉納に取りかかる(大祭12月12日)。(3)杣夫、馬夫、雑役夫の作業種毎に区分して、その収容人員、仕事量に応じて山小屋を設ける。(4)杣夫小屋で、仕事前に道具の手入れにはげむ。(5)伐倒直前のエゾマツ・トドマツ純林。(6)調査木の根株に鋸入れ。(7)伐倒した立木は枝払いの後、定尺をもって玉切り、八方皮剥ぎ作業に入る。(8)―(イ)玉切り丸太は、〓[木+玉]出し運材できる箇所まで藪出し(突落し)集材作業を行なう(傾斜地の場合)。(8)―(ロ)平坦地における藪出し(木寄せ)集材作業。(9)藪出し集材された丸太は〓[木+玉]曳運材され、目的地の集積される。(10)平坦で、ある程度運搬距離のある伐木造材地は降雪前に大道付作業を行ない、降雪を待ってバチ運材またはバチバチ運材の準備に入る。(11)小沢にある程度傾斜勾配のある箇所は、〓[木+玉]曳運材のかわりに丸太を併列して修羅出し作業を行なう。(12)大道付された、やや平坦地をバチ曳運材をもって山土場まで運ぶ。(13)大道付または既設道路上をトラクターに「バチバチ積み丸太」を連繋して運材する。(14)伐出・流送請負人から会社側に原料丸太を受渡しする場合、検収石数をもって作業費が精算されるが、検収員の責任ある検尺方法の確立のため、各自が登録された記号刻印を丸太に打記する。//大正12年、藤原銀次郎社長ほか随員一行は、十勝国美里別事業地管内を視察し、現場員の労をねぎらう。小宮良吉、工藤幸吉(淕別営林区署長)、川上与三郎、岡部長次、藤原銀次郎社長、伊藤正慶、横山隆秀、山本茂郎、高橋栄蔵、松下善太郎、[以下略] 巻頭
施設 網羽 図、河川の大小、深浅ならびに緩急、流送石数の多少にかかわらず、木材の流送を行なうには筏流、堤流、散流の何れの場合でも、必ず陸揚箇所ならびに流送途中においては一時木材を抑留する装置の設置が必要である。それが陸揚箇所にあるものを「陸揚網羽」といい、流送途中にあるものを「留網羽」及び「流し網羽」という。//架設位置の選定(1)~(3)網羽は河川の流量の多少、中洲の有無、河底の土質、流送距離の長短、下流の地勢、陸揚土場の地積の有無、大小、流送材の陸揚能力及び陸揚後の輸送条件、河身変動のおそれの有無、網羽架設後の安全度など、すべての条件を総合して調査研究の上位置を決定する。//構造図 資材の構成は、親綱、嫁綱、表・裏網羽、親杭、嫁杭、網羽の表裏、網羽の頭、尻、袋等の組合せで構成される。//構造の部分取付け方(1)網羽角取方及び穴のあけ方(2)網羽子の親綱への取付け方(3)底嫁綱取付け、曲り木使用法(4)高嫁取付け方(5)網羽固め(桟併取付け、矢枕取付け、矢材の差し方、重り材の載せ方)(6)(5)の側面(7)桟併、矢材の平面及び側面//杭株の種類 一杭株の杭本数により、八本打、六本打、五本打、四本打、三本打、一本打、埋杭、九本打などがあり、その代表的なものは(1)~(3)で、北海道での使用杭はナラ丸太材。(1)―(イ)(ロ)五本杭打 平面及び側面(2)―(イ)(ロ)六本杭打 平面及び側面(3)九本杭打 平面及び側面 巻頭
物流 流送事業 昭和5年度 写真、築堤位置の選定条件は、速やかに適当な装置を最小の費用で造成しうる地点であり、特に堤に接する上流の両岸及び側壁は必要な堰き水を安全に保有しうる高さを有し、また堤の前面には十分な水量を滞留しうる余地を有することである。すなわち堤の前面は、緩勾配で鉢形に拡大、また川幅の広いことが必要である。また堤は、例えばその後部が突出した岩石にはさまれた狭隘な箇所に設けるのがよく、その両岸の装置が堅固に維持さるべきもので、しかも築堤費のかからぬ箇所を選ぶことが必要条件である。(1)主な資材は根釣木、空俵、石枠または鼓重り、力木をもって構成、組立てられる。(2)築堤袋内に椪積み巻立てられた原料丸太。(3)椪積み材を堤内に土入作業中。(4)堤上土場にて湛水しながら丸太浮上の状況。(湛水した場合の土入作業)。(5)(6)堤内に、一時流水を堰き止め、必要な水位に達するまで湛水し、水門を開くことによって堤袋内の丸太は奔流に押し流され、水勢にのってある距離まで狩出される。湛水の所要時間によっては一日に幾回となく放水が行なわれ、丸太は狭隘な渓流から水量の多い本流へ狩出されて、ここから散流しながら網羽へ狩込む。(7)本網羽に狩込まれた原料丸太の集積状況。(8)増水時に、干上り材は流送夫と馬夫によって本流へ集材狩込まれる。(9)本網羽内における集材狩下げ作業。(11)流送・陸揚げ終了後、網羽子の解体作業と同時に親・嫁網を洗滌し、ワイヤロープに注油して格納する。(10)本網羽着材は流し網羽により誘導され、水切り場へ狩込まれてロッグホールで陸揚げ巻立てられる。//苫小牧工場山林北土場に設置されたケーブルクレーン。//苫小牧工場山林北土場に椪積みされた原料丸太と送水路及びケーブルクレーン。//樺太材の室蘭本輪西埠頭における荷卸し・陸揚げ状況(昭和5年度)。 巻頭
事業所 樺太 大正8年 写真、樺太分社創設以来、山林事業において指導的役割を果した幹部職員。梅沢源吉、五十嵐勇、根矢亀次郎//樺太の冬期は、厳寒に加え多雪で、現場監督及び山林調査に欠くことの出来ないのは、歩行用具としてのストー(幅広いスキーにアザラシ皮を裏打ちしたもの)の携帯である。//樺太分社梅沢源吉山林部長は、東海岸来知志川流域の冬山事業視察のため、小林猛臣事業主任の案内で現場に向う。//はてしなく続く連山は、うっそうたる樹海の如く、人跡未踏の原始林(エゾマツ・トドマツ純林)の様相を呈する。//大正八年、樺太中里東方国有林地区に大発生したカラフトマツカレハと、これに引続き追手川流域に発生したヤツバキクイムシによる被害状況。//樺太の山火事は、ひとたび発生すると、風速も加わって、またたく間に数キロへだてた林区に飛火をくりかえし、消火活動にもかかわらず幾日となく火勢の劣えを見せず猛威を振るう。 巻頭
物流 流送・船積 昭和12年 写真、(1)冬山事業では、丸太は造材現場から川沿い山土場へ馬橇運材され、椪積み巻立てられる。(2)川沿い山土場椪積み材は、堰堤内で湛水しながら土入作業に入る。(3)堰堤に十分な湛水が行なわれると放水を開始、同時に土入した原料丸太は、その水量と水勢によって小沢支流を散流しながら本流へと流下する。(4)本流を散流により流下し、本網羽に着材すると、直ちに流送夫による水切り、陸揚げ、巻立てなどの作業に入るか、または編成の上、船積みのため曳航するものに選別する。(5)編筏して河口まで曳航された原料丸太は、沖に待機している積取船へと沖出し準備にとりかかる。(6)重積筏に組立てて積取本船まで曳航する。(7)、(8)曳航された編筏原料丸太は、積取船の舷側で掛筏としクレーンによって積込まれ、内地へ移出される。(9)樺太外知来における内地向け移出材を、一応皆別湖に繋留して船積みを待つが、その代表的な湖上集積土場の光景。//日本人絹パルプ山林管内敷香事業区に隣接する日・ソ国境・境界線に位置して(右より小泉小次郎、磯地金助、石原好一、以下不詳)。//樺太分社における豊原~落合間鉄道開通祝賀記念式典に列席した藤原銀次郎社長、高島菊次郎副社長、ほか随員と樺太分社大幹部職員(前列右より)、梅沢源吉、2人不詳、高島菊次郎、藤原銀次郎、1人不詳、光沢義男、山内幾馬、(後列右より2人目)木下又三郎。//昭和12年、日本人絹パルプ敷香工場を視察した樺太分社梅沢源吉山林部長と幹部職員。今井兼次、磯地金助、石川弘文、疋田得三郎、北川盛三、近江繁雄、村上彦四郎、中川正逸、大島小謹吾、宇部清、[以下略] 巻頭
事業所;従業員 朝鮮 昭和10年~昭和13年 写真、朝鮮分社山林部において指導的役割をもって活躍した幹部職員。村井貞三、大塚良敦、海藤雅夫、根本弘之、宮島二郎//鴨緑江筏流における北下洞の繋筏所風景。//朝鮮分社新義州工場山林貯材土場より、わが国最古最大のパルプ工場を望む。//昭和一〇年、朝鮮分社山林部の新入社員歓迎会における村井貞三部長と職員一同。塩見晴雄、土屋今朝治、田辺広三、李勝椿、白井四方、山村誠治、村井貞三、雨宮幸定、藤岡兵衛、堀徳、[以下略]//昭和13年春、王子製紙本社山林第二課長・小林準一郎は、村井貞三朝鮮山林部長を随行して朝鮮山林視察の折、京成ホテル庭園にて(左から、白井四方、村井貞三、小林準一郎)。//朝鮮山林事業における特異な冬山作業の牛曳運材。//朝鮮分社山林部管内、厚昌事業区大峨峙山林のチョウセンカラマツ純林。//朝鮮分社山林部専属請負人・岩本正一(新義州~安東間・鴨緑江橋の下に立つ)。 巻頭
経営 内地・後期 昭和10年~昭和17年 写真、昭和10年、新樹種開発に取組んだ王子製紙は、アカマツパルプ化試験に成功すると、直ちに東北6県、山陰地方にわたり、アカマツの分布・蓄積調査のため石井亮二、豊平金助を派遣した。また、吉見敏夫は昭和12年、山陽パルプ(株)創設以来、工場原木供給に合理的な集荷と地方開発の基礎固めを果した。吉見敏夫、豊平金助、石井亮二//昭和17年夏、山陽パルプ、吉見敏夫山林部長の王子製紙本社山林部転出に際し、幹部職員による送別の集まり。//夏期伐採木の木馬による搬出。//山陽パルプ工業麻里布工場と土場における間伐細材の貯材。//新原料材ブナのパルプ化試験に成功の結果、東北地方の大量な蓄積を対象に、東北振興パルプ(株)を設立したが、これは銀山平におけるブナ林相。 巻頭
関係会社 北鮮製紙 昭和14年3月 写真、北鮮製紙化学工場吉州工場へ王子製紙・足立正副社長ほか一行を迎えた工場幹部職員。前から2列目左より内山健三郎、鯰田平蔵、藤原喜蔵、足立正、青山与一、堀内源吉、山本忠一、小堺篤、白井四方(最右端の立姿)。最後列左より3人目、土屋今朝治。//昭和一四年三月、北鮮製紙山林係・白井四方と宮島二郎の新旧交替歓送迎会の山林係員一同。前列左より松崎芳治郎、宮島二郎、白井四方、岩本スミ子、大壇勇雄、井上正義、後列左より小林隆、金成洙、西島浩三、扈南極、[以下略]//北鮮製紙創立に先だち〓[曾+瓦]山事業区森林調査。調査には匪賊の襲撃にそなえて、警備隊員を随行され、テントを使用して野宿した(上図後列左より不詳、山村誠治、李勝椿、土屋今朝治、前列左より福田千代吉、白井四方)。//〓[曾+瓦]山事業区付近は匪賊の襲撃が再三あり、これに備えた農事洞駐在所望楼。//南大川事業区において流筏作業中、水害を蒙った状況と被害木の漂着状況。 巻頭
関係会社 沿海州 昭和2年~昭和3年7月 写真、昭和3年7月、日露木材(株)設立1周年記念行事として幹部職員とともに取引先、とくに「ダリレス」のソ連人婦人と随員を招き、江の島「岩本楼」において園遊会を開催。杉本、久保、関、鈴木、北山、鮫島、石川、金井、池川、徳弘、[以下略]//昭和2年、日露木材(株)設立、間もなくソ連経済視察団を迎えて、王子製紙・藤原銀次郎社長、日露木材・青木一葉社長ともども製紙技術の視察を兼ね十条工場へ案内。西浦(十条)、杉本角夫(日露)、北川克(日露)、サラジンスキー(木材部次席)、ソ連人、ソ連人(代表部法律顧問)、ソ連人4人、青木一葉(日露初代社長)、(前)マーリンコフ(ダリレス総裁)、(後)関信止(日露)、ソ連人、ソ連人 アニケエール、[以下略] 巻頭
事業所 満洲 明治40年~昭和17年6月 写真、明治40年当時より、すでに、無尽蔵といわれた東満洲の森林資源を対象とする製紙工場計画が立てられていて、一応、富寧公司の設立となるが、その対象資源としての鏡白湖とその周辺の樹林((1)、(2)、(3))ならびに臭松、魚鱗松、紅松の群生状況((4)、(5))、共栄起業所有の林場権、四合川柴山地区拉林河上流における林相。//昭和17年6月、共栄起業(株)の林場権調査のため、星直太郎ほか数名が派遣された折、出発前、吉林神社にて安全祈願する共栄起業幹部と調査隊。(右より)中村尭夫、阿部清、大町権太郎、不詳、星直太郎、根本弘之、尾形真郷、田代名兵衛、坂戸毅、海藤雅夫、[以下略]//昭和11年2月29日、新京において満洲林業(株)創立記念(幹部職員)。//パルプ事業計画樹立を目的とした森林資源調査、すなわち図化、面積および蓄積確定のため、昭和9年8月~10年2月に、帝国森林会、満州実業部林野司及び満鉄が合同して満州航空(株)に依頼した航空写真隊一行。//満州林業の宮田長次郎(前列右)、石和柏蔵(後列中央)ほか。//富寧公司の林場権証明書。興林公司の林場権証明書。//満州の広漠たる原野にたつ日満パルプ敦化工場全景。//昭和13年6月13日、日満パルプ化敦化工場竣工式を行ない、直ちに試運転開始のため、王子製紙副社長・高島菊次郎を迎えて日満パルプ本社役員及び工場幹部。//昭和13年12月~14年2月の3カ月間、北満の地にパルプ工場建設の適否条件調査のため、派遣された興安嶺調査団。白井四方、矢部隆常、佐藤某、大越某、青山与一、秋山富義、岩間正臣//日満パルプ敦化工場山林課、三股流地区伐出作業馬橇運材。//同上、夾心子馬号における流送土場集材作業。 巻頭
事業所 南方 昭和14年5月~昭和18年3月 写真、昭和14年5月、日支事変によって広東占領地区入城後、王子製紙は陸・海・外務3省の連絡会議で、広東省営抄紙廠の復旧経営を依託された。当時の広東抄紙廠全景((1))と王子製紙出向幹部ならびにその従業員((2))。//昭和16年8月、南方地域森林調査の途中、台湾山林調査に向う。左より山本保男、案内人、佐藤致和、高橋晋吾。//昭和18年3月、海南島森林調査団として派遣され、現地海口郊外における(左より)大町権太郎、門田寛一、磯地金助。//海南島調査団宿舎前にて(左より)磯地金助、門田寛一、小宮山国雄、大町権太郎。 巻頭
経営;従業員 造林事業 写真、苫小牧分社山林係の営林事業及び社有林購入森林調査にたずさわり、今日ある社有林形成の実をあげた幹部職員。大町権太郎、工藤松三郎、富本豊、三上春吉、武者敏雄、伊深幾太郎//北海道雨竜社有林の針葉樹林。//小平山林、富里団地の苗畑。//猿払山林、浅茅野第一苗畑。//羽幌山林、林間苗畑の床替状況。//アカエゾマツの伐採。//伐倒され、枝払い後の玉切り丸太。//苫小牧山林のカラマツ造林地。//歌登山林の未伐採林分。//猿払山林の成田の沢流域林相。//留辺藻山林のナラの択伐後の展示林。//湧別山林の植栽地と林道。//日高国佐瑠太牧場。 巻頭
経営 王子造林 写真、青森県野辺地山林のアカマツ天然林。//北海道弟子屈山林のカラマツ植栽地。//北海道手稲、小樽山林の全ぼう。//青森県大平山林における高橋秋雄の慰霊碑の前にて(左より山本保男、小林準一郎、高島菊次郎、原耕太)。 巻頭
役員 白井四方―王子製紙山林事業史編集委員長代行― 写真 NP
沿革 王子製紙山林事業基本年表 1840年~1949年(昭和24年) 年表、年次、一般および製紙事業関係、王子製紙山林事業関連 p502
生産 全会社日本・満州国別パルプ用材使用量 大正2年~昭和20年 表、年次、樺太(樺太材)、北海道(樺太材、北海道材、内地材、計)、内地(樺太材、北海道材、内地材、シベリヤ材、カナダ材、南洋材、計)、朝鮮(朝鮮材、樺太材、計)、台湾(内地材、台湾材、計)、合計、満州国(樺太材、朝鮮材、満洲国材、鴨緑江材、計) p546
生産 全会社日本・外材別パルプ用材使用量 大正2年~昭和20年 表、年次、樺太材(樺太、北海道、内地、朝鮮、計、(満州国))、北海道材(北海道、内地、計)、内地材(北海道、内地、台湾、計)、シベリヤ材(内地)、カナダ材(内地)、南洋材(内地)、台湾材(台湾)、朝鮮材(朝鮮、(満州国))、満州国材(満州国)、鴨緑江材(満州国)、合計 p548
生産 全会社内地・北海道別樹種別パルプ用材使用量 昭和18年~昭和23年 表、会社(王子製紙、他会社、全国合計)、地域(内地、北海道、合計)、樹種(赤黒松、杉檜、樅栂、その他針、椈その他広、屑材、エゾマツ・トドマツ、広葉樹、樺太材、計)年次、数量、% p550
生産 全会社内地・外地別パルプ品種別生産量 昭和5年~昭和23年 表、品種{内地(人絹パルプ、化学パルプ、機械パルプ、計)、樺太(人絹パルプ、化学パルプ、機械パルプ、計)、朝鮮(人絹パルプ、化学パルプ、機械パルプ、計)、台湾(人絹パルプ、化学パルプ、機械パルプ、計)、外地(樺太・朝鮮・台湾)(人絹パルプ、化学パルプ、機械パルプ、計)、総計(人絹パルプ、化学パルプ、機械パルプ、計) p552
生産 全会社工場別産地別パルプ用材使用量 大正2年~昭和14年 表、会社・工場(木曽興業、中央製紙、九州製紙、樺太工業、東京板紙、四日市製紙、日本化学紙料、熊野製紙、富士製紙、朝鮮製紙、北海工業、王子製紙、東海紙料、北越製紙、北越パルプ、杉田工業所、新宮商行、三浦物産、富士紙料、浪速製紙、日本人絹パルプ、日曹人絹パルプ、日本製紙、高崎板紙、太陽パルプ、大昭和製紙、三島工業、新生繊維工業、東洋繊維工業、旭製紙、志摩製紙、高千穂製紙、日本パルプ工業、山陽パルプ工業、台湾興業、北鮮製紙化学、鴨緑江製紙、満州パルプ工業、日満パルプ工業、東満州人絹パルプ、東洋パルプ)、木材産地(内地、北海道、樺太、シベリヤ、計) p554
生産 全会社工場別パルプ生産量 大正2年~昭和14年 表、会社・工場(木曽興業、中央製紙、九州製紙、樺太工業、東京板紙、四日市製紙、日本化学紙料、熊野製紙、富士製紙、朝鮮製紙、北海工業、王子製紙、東海紙料、北越製紙、北越パルプ、新宮商行、三浦物産、富士紙料、浪速製紙、日本人絹パルプ、日曹人絹パルプ、日本製紙、杉田工業所、高崎板紙、太陽パルプ、大昭和製紙、三島工業、新生繊維工業、東洋繊維工業、旭製紙、志摩製紙、高千穂製紙、日本パルプ工業、山陽パルプ工業、台湾興業、北鮮製紙化学、鴨緑江製紙、満州パルプ工業、日満パルプ工業、東満州人絹パルプ、東洋パルプ)、パルプ種類(グラウンド、サルファイト、クラフト、ソーダ) p564
価格 王子製紙工場別樺太材・北海道材払出価格 昭和8年下期~昭和19年下期 表、工場(苫小牧、江別、釧路、十条、江戸川、千住、富士第一、富士第二、富士第三、芝川、中津、伏木、名古屋、神崎、八代、坂本、大泊、豊原、真岡、野田、泊居、落合、知取、恵須取、朝鮮) p572
販売 王子製紙工場別内地松・杉桧材払出価格 昭和11年~23年12月 表、工場名{内地松(十条、江戸川、千住、富士第一、富士第二、富士第三、芝川、中津、伏木、名古屋、神崎、八代、坂本、小倉)、杉桧材(十条、江戸川、千住、富士第一、富士第二、富士第三、芝川、中津、伏木、名古屋、神崎、八代、坂本)} p574
従業員 王子製紙山林関係職員配置表 明治44年~昭和17年 表、年次、東京本社・内地(本社、気田、中部、伏木、富士、中津、八代、東京、計)、北海道(苫小牧、江別、釧路、計)、樺太(大泊、豊原、野田、落合、知取、真岡、泊居、恵須取、敷香、樺太木材、計)、朝鮮(朝鮮、北鮮製紙、計)、合計、傍系会社(東北振興、山陽パルプ、日本パルプ、日満パルプ、王子造林、鴨緑江製紙) p576
資産 北海道における王子製紙(旧富士製紙を含む)の社有林取得経過 明治39年6月~昭和16年4月 表、山林名、区分、買入年月、所在市町村、面積、地目、買入価格、前所有者 p578
資産 内地における王子製紙の社有林取得経過 昭和8年度~昭和24年度 表、山林名、所在地(県、郡市、町村)、買入年度、実測面積、買入価格、前所有者 p583
資産;海外事業 朝鮮における王子造林株式会社の社有林取得経過 昭和12年度~昭和18年度 表、山林名、所在地(道、郡、面)、買入年度、実測面積、前所有者、買入価格、備考 p585
資産 北海道における王子造林株式会社の社有林取得経過 昭和12年10月~昭和16年12月 表、山林名、買入年月、所在市町村、面積、買入価格、前所有者 p587
資産 内地における王子造林株式会社の社有林取得経過 昭和12年度~昭和18年度 表、山林名(新山林名、旧山林名)、所在地(府県、郡・市、町・村)、買入年度、実測面積、買入価格、前所有者 p588
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