長谷川香料(株)『長谷川香料八十年史』(1985.05)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
B.C.350年 - [B.C.350年ごろ] ギリシャで、アイシャドー、マニキュア、その他の美容術が発達し、砒素と石灰を混ぜた脱毛剤も現われ、毛深い女性の人気を集めた。また、靴の中にコルクを敷き、いくらかでも背を高く見せようとした。 香料関連
B.C.340年 - [B.C.340年ごろ] 中国で、イヤリングの習慣が広まり、少女のうちから耳に穴をあけるようになった。 香料関連
B.C.300年 - [B.C.300年ごろ] フェニキヤで、ティール貝からとる染料に改良が加えられ、クリーム色、黄色、紫、赤などさまざまな色の染色ができるようになった。そのため女性の服装が一段と華やかなものになった。 香料関連
B.C.260年 - [B.C.260年ごろ] インドの上流階級の夫人たちは毎日入浴し、植物からとった練香を全身に塗り、唇には紅をさし、その紅が落ちないようにその上に蝋を塗って妍を競いあった。また、専門の理髪師が現れ、男性たちは、その理髪師にひげを剃ってもらい、髪を整えて貰うだけでなく、好みの色に染めて貰った。 香料関連
B.C.80年 - [B.C.80年ごろ] ギリシャ人の間で、ひげを剃る習慣が広まり、理髪店が出現した。 香料関連
B.C.60年 - [B.C.60年ごろ] 中国で、眉に墨を引く化粧法が広まった。眉が細くて長い、いわゆる中国美人の原型がこの時にできあがった。 香料関連
B.C.30年 - [B.C.30年ごろ] ローマの劇場では、客席の間に水路を設け、香料の入った水を流し、夏場の客へのサービスを行った。水に流し込んだ香料がどのようなものであったのか記録はない。 香料関連
B.C.10年 - [B.C.10年ごろ] ローマの婦人の間に、髪に焼きごてをあて、カールし、いろいろにセットすることが広まった。この整髪法は、全世界に広まっていった。 香料関連
60年 - [60年ごろ] 今でもローマ風呂と呼ばれるほど、ローマの大浴場は有名だが、この時期、浴場内での風紀が乱れ入浴は週一回という入浴制限令がだされた。 香料関連
120年 - [120年ごろ] 羊脂にブナ、ヨーク、ニレの灰を混ぜて固めた固形石鹸がガリア人の手によって作られた。固形石鹸の初めてのもの。もともとは髪を赤く染めるために発明されたものだが、洗浄力があることから、石鹸として使われるようになった。 香料関連
180年 - [180年ごろ] ローマで人間の尿から洗剤を作ることが発明された。この洗剤は洗浄力が抜群で、そのため。洗濯業者の間で、共同便所の汲取権の争いが起ったほどである。政府は、抜け目なく、汲取権を与える代りに課税した。 香料関連
210年 - [210年ごろ] 中国で「神農本草経」ができる。薬物の書として最古のもの。 香料関連
215年 - ローマのカラカラ大浴場が完成した。六〇〇〇人収容のこの大浴場には娯楽室も完備していた。建設費は現在の金額に直すと三〇億円ぐらいではないかといわれるほど豪華なものであった。営業時間は朝六時から夜は八時までであった。 香料関連
220年 - [220年ごろ] 棒の先に布を巻いた歯ブラシで歯を磨く習慣がローマ人の間に広まった。歯磨粉は砂が用いられたが、薄荷、オリーブの樹脂等で香り付けがされていた。 香料関連
230年 - [230年ごろ] 中国で、それまでは茶は薬用として用いられていたが、この年代から、日常的に飲む習慣が生まれてきた。茶の葉を丸く固めた、いわゆる団茶だが、これを削って熱湯に入れ、香りと味を楽しんだ。 香料関連
270年 - [270年ごろ] ゲルマン人が、狩猟や労働のために革手袋を使いはじめる。この革手袋がやがて日常的に使われるようになると、革特有の匂いが邪魔になり、その匂いを消すために香料が使われだし、香料の発達をうながすことになる。 香料関連
290年 - [290年ごろ] ローマの公衆浴場が八百軒以上に達し、浴場同志の競争が激しくなり、体に塗るオリーブ油をサービスする浴場も現れた。 香料関連
300年 - [300年ごろ] イギリスのオックスフォードのボドリー図書館には、バラ香油の香りをつけた四世紀頃の書物が保存されている。「本を読む時に気分を落着かせるための配慮のため、特に香りをつけた」という説と、「本を持ち歩いている時、偶然にもバラ香油がしみ込んでしまったのだ」という説があるが、いずれにしろ、一七〇〇年以上前の香りがいまだに匂っていることだけは確かである。 香料関連
370年 - [370年ごろ] ローマでは、化粧法が極端に発達し、それに見合うファッションも華美になり、婦人たちが、その美を競い合った。そして、ついに男装の麗人まで現われ、ローマ人を驚ろかせた。 香料関連
420年 - [420年ごろ] ゲルマン民族の大移動により、ローマにもゲルマン人が大勢入ってきた。そのゲルマン人たちは長髪で、髪に香料の入っていない油を塗っていたため悪臭がひどかった。ローマの大人たちは、そのようなゲルマン人をバターを塗りたくった悪臭野郎とあざ笑ったが、若者たちは、長髪の方がカッコいい、ということで、ローマの若者たちの間に長髪が流行した。 香料関連
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