※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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昭和17年(1942) | - | 【渋沢敬三】日本銀行(以下、日銀)副総裁就任、これに伴い第一銀行など辞任。 | 渋沢関係略年譜 |
5月1日 | 久里浜線臨時建設部を設置 | 事項 | |
5月1日 | 京浜電気鉄道・東京横浜電鉄・小田急電鉄3社合併、社名を東京急行電鉄とする(局制を敷き、品川・渋谷・新宿の3営業局を設置) | 事項 | |
5月1日 | 五島慶太が東京急行電鉄の取締役社長に、品川営業局長に田中百畝が就任 | 事項 | |
5月9日 | 金属回収令により寺院の仏具釣り鐘など強制供出を開始 | (欄外) | |
9月1日 | 湘南逗子駅葉山口乗降場の営業を廃止 | 事項 | |
10月11日 | 鉄道省が鉄道・バスなどの時刻表に24時間制を実施 | (欄外) | |
10月 | 3社合併により車両形式称号および番号変更 | 事項 | |
12月1日 | 久里浜線の横須賀堀内~久里浜(仮駅)間が開通 | 事項 | |
12月 | 東京急行電鉄が梅森蒲田自動車を合併 | 事項 | |
昭和18年(1943) | - | 【渋沢敬三】大東亜会議に来日のスバス・チャンドラ・ボース、約4週間綱町邸に逗留。 | 渋沢関係略年譜 |
1月 | 永年勤続者および優良社員を表彰 | 事項 | |
3月25日 | 黒沢明監督第1回作品「姿三四郎」(東宝)が封切り | (欄外) | |
4月1日 | 自動車横浜営業所を杉田営業所と改称、自動車路線15系統を休廃止 | 事項 | |
5月31日 | 品川線の一部区間で行ってきた東京市電との連絡運輸を廃止 | 事項 | |
6月1日 | 品川~横浜間および京浜蒲田~穴守間、京浜川崎~川崎大師間の軌道を地方鉄道に変更 | 事項 | |
6月25日 | 学徒戦時動員体制確立要綱を決定 | (欄外) | |
7月1日 | 品川営業局所属の鉄道線全線区を湘南線およびその支線とする | 事項 | |
7月1日 | 東京都制を施行 | (欄外) | |
7月5日 | 車両が国家管理となる | 事項 | |
7月5日 | 湘南自動車工業を設立 | 事項 | |
9月21日 | 湘南線久里浜仮駅~久里浜駅間が開通 | 事項 |