大日本製糖(株)『日糖最近十年史』(1919.04)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
大正7年(1918) - 【渋沢栄一】渋沢栄一著『徳川慶喜公伝』(竜門社)刊行。〔78歳〕 渋沢関係略年譜
9月26日 朝鮮製糖株式会社と合併契約を締結せり
10月25日 総会にて朝鮮製糖株式会社合併可決
10月26日 当会社各株主に対し朝鮮製糖株式会社合併の件並に定款改正の件何れも原案通り可決の旨通知し朝鮮製糖株式会社株主に対し其所有の朝鮮製糖株式会社株券全部提供すべく若し大正八年一月二十六日迄に提供なき節は株主たる権利を失ふべき旨通告せり
10月26日 朝鮮製糖株式会社を当会社に合併に付各債権者に対し異議あらば大正七年十二月二十六日迄に申出づべき旨催告せり
11月11日 独逸と聯合国と休戦条約成る
12月17日 株主総会にて役員一部更迭す
大正8年(1919) - 【渋沢栄一】アメリカ合衆国政府より日米船鉄交換争議の仲裁人を委嘱される。財団法人協調会創立・副会長。〔79歳〕 渋沢関係略年譜
1月6日 朝鮮製糖株式会社と合併に因り資本金弐百五拾万円を増加し資本の総額弐千五拾万円となる
1月26日 藤山社長台湾へ出発三月二日帰京
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