横浜正金銀行『横浜正金銀行全史. 第6巻』(1984.03)

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月日 事項 年表種別
大正11年(1922) 4月 首藤正寿上海・西山勉香港両支配人が頭取席へ英米為替のニューヨーク支店集中を連名で上申 正金の歩み
昭和2年(1927) 9月17日 頭取席為替課が西山勉課長の下に実務開始、従来の本店に代わり対外為替金融の全局的指図に当たる 正金の歩み
昭和13年(1938) 3月10日 一宮・武内・最上の3取締役および西巻監査役が辞任、代わって野原大輔・西山勉・有馬長太郎が取締役、山崎秀太郎が監査役に新任、取締役の頭取席および各店事務管掌を次のとおり決定:―水津副頭取 為替課 柏木取締役 外国課・計算課・秘書課 矢野〃[取締役]検査課・調査課 渡辺〃[取締役]内国課・借款課 野原〃[取締役]東京支店支配人兼丸の内出張所主任 西山〃[取締役]大阪支店支配人 有馬〃[取締役]横浜本店支配人 正金の歩み
昭和18年(1943) 5月13日 西山勉元取締役に対し10万円贈呈:昭14・4・23退職当時酬ゆるはずのところ、海外駐剳財務官退任に際し過去に遡り慰労のため 正金の歩み
昭和20年(1945) 9月30日 西山勉終戦連絡中央事務局次長がGHQから聴取した情報に従えば、閉鎖機関に指定の基準は、内外地においてもっぱら日本の戦争経済推進に関与したか否かにより、また、平和日本のためにその存在を要するか否かを参考にする由 正金の歩み
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