明治生命保険(相)『明治生命七十年史』(1955.07)

"海老原介太郎"が書かれている年表項目はハイライトされています。

表示切替
月日 事項 年表種別
明治35年(1902) 10月18日 職員海老原介太郎保険学研究のため英国へ出発
明治39年(1906) 12月28日 英国留学中の職員海老原介太郎フェロー・オブ・ゼ・インスチチュート・オブ・アクチュアリースの称号を得て帰朝
明治40年(1907) 5月3日 当社提議により明治・帝国・日本三社の経験に基く「日本三会社生命表」の作成に着手(主任海老原介太郎)
大正8年(1919) 12月11日 臨時株主総会、定款変更、取締役四人増員、武市利美・桐島像一・海老原介太郎・小山完吾取締役に就任、取締役荘田平五郎取締役会長を辞し取締役武市利美会長に就任
昭和7年(1932) 2月19日 第五十一次株主総会、取締役に山下恒雄、監査役に物集女清明就任、取締役海老原介太郎辞任し顧問となる
昭和25年(1950) 12月15日 顧問海老原介太郎死去
PAGE TOP