日本国有鉄道『日本国有鉄道百年史. 年表』(1997.12)

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月日 事項 年表種別
明治2年(1869) 9月 大隈重信イギリス人ホレーシオ・ネルソン・レーとの間に鉄道建設資金借入交渉を進める 主要事項
11月5日 大納言岩倉具視、外務卿沢宣嘉、民部兼大蔵大臣大隈重信、大蔵少補伊藤博文ら政府首脳部は、イギリス公使ハリー・スミス・パークスと右大臣三条実美邸に会し、借款契約および鉄道建設に関する意見を交換、パークスは資金調達についてイギリス人ホレシオ・ネルソン・レーを紹介 主要事項
11月12日 資金借入交渉全権の伊達宗城・大隈重信・伊藤博文はレーとの間に11月12日・20日・26日の3回に分けて資金借入れ・技術者雇用に関する正式契約を締結(11月12日の契約書類で仮定された鉄道線路は(1)江戸・大阪・兵庫間と横浜に至る枝線(2)琵琶湖から敦賀港に至る線であり、また鉄道建設資金借款金額はイギリス通貨100万ポンド) 主要事項
12月9日 伊藤博文、大隈重信に対してレーの借款契約改訂の必要を進言 主要事項
明治3年(1870) 5月23日 伊藤博文、大隈重信に書簡を送り借款に関するレーの行為を不法であると非難 主要事項
- 建築師長エドモンド・モレル、参議大隈重信にあて明治3年の鉄道工事に関して報告(“Japanese Imperial Goverment Railways Yearly Report for 1870”雇外国人による最初の鉄道事業の報告) 主要事項
明治4年(1871) 8月6日 参議木戸孝允・同大隈重信・工部大輔佐藤象二郎・工部少丞吉井源ら横浜・金川(神奈川)間試乗 主要事項
明治5年(1872) 10月25日 鉄道建設に功労のあった大隈重信・伊藤博文・井上勝・竹田春風・伊東勅典ならびに雇外国人カーギル、シェパード、デューイング、ゴールウェー、クリスティ、ハート、アナンド、パーセル、ホイラーらに賞与を下賜 主要事項
明治9年(1876) 8月5日 大蔵卿大隈重信・工部卿伊藤博文と華族組合九条道孝ほか25人との間に鉄道払下条約の契約成立 主要事項
明治11年(1878) - 5月14日大久保利通が暗殺され、政府の中心は伊藤博文、大隈重信らに移った。陸軍は山県有朋を中心に基礎確立に力を入れ、8月竹橋騒動を押え、12月5日には参謀本部を設置した。立志社は愛国社の再興を企て9月11日大阪で再興第1回大会を開催した。西南戦争遂行のための不換紙幣乱発はインフレを招き、米価を中心に諸物価が高騰した。7月22日には郡区町村編成法・府県会規則・地方税規則の3新法を制定した。 一般事項
明治14年(1881) - 3月参議大隈重信は独断で即時国会開設の意見書を提出、政府部内は分裂した。4月7日農商務省設置。7月21日北海道開拓使官有諸施設払下げ問題が起こり、民権派は激しく政府を攻撃した。これに対して政府は10月12日、10年後国会を開設するという詔書を出すとともに大隈参議を罷免した。民権派は10月29日自由党を結成した。 一般事項
明治31年(1898) - 1月12日第3次伊藤内閣成立。6月10日衆議院は地租増徴案を否決、30日憲政党を中心とする最初の政党内閣として大隈重信内閣が成立した。10月29日憲政党分裂、11月3日憲政本党結成。11月8日第2次山県内閣成立。12月20日衆議院地租増徴案を可決。7月16日民法全編施行。この年3月ドイツは膠州湾、ロシアは旅順・大連、4月フランスは広州湾を清国から租借した。日本は4月福建省不割譲条約を清国と結んでこれに対抗した。 一般事項
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