日本国有鉄道『日本国有鉄道百年史. 年表』(1997.12)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
文政8年(1825) 9月21日 イギリス、ストックトン・ダーリントン・ウイットンパーク炭鉱間および支線27マイル43チェーン〔44.3 km〕に蒸気鉄道開業(世界最初) 主要事項
弘化2年(1845) - 【渋沢栄一】この頃、父に三字教、蒙求、小学等を教わる。栄治郎と改名。〔5歳〕 渋沢関係略年譜
- 土佐の漁師中浜万次郎漂流後、アメリカで蒸気車に乗る 主要事項
嘉永6年(1853) 7月18日 ロシア使節プーチャチン長崎に来航のおり蒸気車模型を持参 主要事項
嘉永7年(1854) - 【渋沢栄一】家業の畑作、養蚕、藍問屋業に精励。〔14歳〕 渋沢関係略年譜
1月16日 アメリカ使節ペリー浦賀沖に来航(2度目)のおり蒸気車模型持参、(大統領から将軍への贈与品、横浜応接所裏において1月23日から数回幕府の応接掛などの前で運転) 主要事項
5月23日 江川太郎左衛門江戸城内でアメリカ大統領から寄贈の蒸気車模型を運転(その後幕府の海軍所に保管中焼失) 主要事項
11月 薩摩藩、川本幸民口述の『遠西奇器述』を刊行 主要事項
安政2年(1855) 8月 佐賀藩で蒸気車模型(わが国最初)を製作 主要事項
安政5年(1858) - 【渋沢栄一】従妹ちよ(尾高惇忠の妹)と結婚。〔18歳〕 渋沢関係略年譜
- 長崎飽ノ浦でオランダ人が蒸気車を運転 主要事項
万延元年(1860) 3月6日 外国奉行新見豊前守正興を正使とする遣米使節の一行中副使村垣淡路守範正従臣仙台藩士玉虫左太夫誼茂ら蒸気車でパナマ地峡を横断 主要事項
- 横井小楠、福井藩主に提出の「国是三論」の中で鉄道の有用性を説く 主要事項
文久元年(1861) - 【渋沢栄一】春、江戸に出て、海保漁村塾・千葉栄次郎道場に学ぶ。〔21歳〕 渋沢関係略年譜
4月1日 萩城内馬場において中島治平が蒸気車(模型)を運転 主要事項
文久2年(1862) 2月21日 勘定奉行兼外国奉行竹内下野守保徳を正使とする遣欧使節の一行、スエズで蒸気車に乗る 主要事項
4月18日 留学生沢太郎左衛門貞説らオランダの「ホルランゼ、スボールウエフ」〔ロッテルダム〕・「レーデン」間で蒸気車に乗る 主要事項
元治2年(1865) - 【渋沢栄一】一橋家歩兵取立御用掛を命ぜられ領内を巡歴。〔25歳〕 渋沢関係略年譜
- 薩摩藩五代才助らベルギー滞在中ブリュッセルの鉄道車両製造会社で車両製作を見学、またベルギー人モンブランと共同出資会社をつくり大阪・京都間の鉄道建設を計画(計画実現せず) 主要事項
慶応元年(1865) - 【渋沢栄一】一橋家歩兵取立御用掛を命ぜられ領内を巡歴。〔25歳〕 渋沢関係略年譜
- イギリスのグラバー商会、長崎大浦海岸で蒸気車の運転を行なう(1865年7.22付“The Railway Times”報道) 主要事項
慶応2年(1866) - 【渋沢栄一】徳川慶喜、征夷大将軍となり、栄一は幕臣となる。〔26歳〕 渋沢関係略年譜
4月4日 フランス人銀行家フリューリー・エラール幕府勘定奉行小栗上野介忠順・外国奉行星野備中守千之に江戸・横浜間鉄道建設を書面で勧誘(幕府は7月14日この勧誘を拒否) 主要事項
- 福沢諭吉『西洋事情』を著わし、蒸気車を紹介 主要事項
慶応3年(1867) - 【渋沢栄一】徳川昭武に従ってフランスへ出立(パリ万博使節団)。〔27歳〕 渋沢関係略年譜
1月28日 C.L.ウェストウッド、幕府外国奉行に江戸・横浜間鉄道建設方を請願 主要事項
1月 フランス滞在中の外国奉行栗本安芸守鯤、幕府の大目付兼外国奉行川勝近江守広道らに江戸・京都・大阪間に鉄道建設の必要を進言 主要事項
12月23日 幕府、アメリカ公使、書記官〔A.L.C.ポートマン〕の請願による江戸・横浜間鉄道建設の免許書および規則書を老中外国事務総裁・小笠原壱岐守長行の名で交付(明治1年11月ポートマンからの契約確認申入れに対し同年12月28日契約履行の不能を通知) 主要事項
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