日清製粉(株)『日清製粉株式会社七十年史』(1970.08)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治37年(1904) - 【渋沢栄一】風邪をこじらせ長期に静養。韓国興業株式会社設立、監督。〔64歳〕 渋沢関係略年譜
2月23日 日韓議定書調印 業界および内外の主要な動き
3月 第六回定時株主総会開催、純益五百二十一円(配当年五分) 当社の歴史
9月 第七回定時株主総会開催、純益三百二十二円(無配当)石島為三郎支配人に就任 当社の歴史
10月1日 非常特別税法実施(関税百斤当り小麦十五銭九厘、小麦粉七十銭三厘) 業界および内外の主要な動き
明治38年(1905) - 【渋沢栄一】韓国皇帝より勲一等太極章。移転した養育院感化部井之頭学校と改称、開校式。徳川慶喜・伊藤博文らを飛鳥山邸(曖依村荘)に招待、茶室・無心庵にて午餐会。〔65歳〕 渋沢関係略年譜
3月 第八回定時株主総会開催、純益三千八百八十六円(配当年一割) 当社の歴史
7月1日 非常特別税法改正(関税百斤当り小麦五十三銭六厘、小麦粉一円十九銭六厘) 業界および内外の主要な動き
9月5日 日露講和条約締結 業界および内外の主要な動き
9月 第九回定時株主総会開催、純益三千十五円(配当年七分) 当社の歴史
明治39年(1906) - 【渋沢栄一】大日本麦酒株式会社設立、取締役。南満州鉄道株式会社設立委員。京阪電気鉄道会社創立・創立委員長(後に相談役)。大日本製糖株式会社設立、相談役。名古屋電力株式会社創立・相談役。東海倉庫株式会社創立・相談役。明治製糖創立・相談役。〔66歳〕 渋沢関係略年譜
1月7日 第一次西園寺公望内閣成立 業界および内外の主要な動き
3月31日 鉄道国有法公布 業界および内外の主要な動き
3月 第十回完時株主総会開催、純益千十三円(無配当) 当社の歴史
9月18日 第十一回定時株主総会開催、純益四千百七十一円(配当年八分) 当社の歴史
10月1日 関税定率法改正(百斤当り小麦五十七銭、小麦粉一円四十五銭に、ふすまは従価五%新たに賦課) 業界および内外の主要な動き
10月19日 臨時株主総会開催、増資決議(新資本金六十万円) 当社の歴史
11月5日 新工場を館林町東武駅西側に設置決定 当社の歴史
12月19日 臨時株主総会開催、役員全員辞任、取締役に根津嘉一郎、浅田正文、正田貞一郎、長柄徳次郎、石島為三郎、監査役に茂木啓三郎、荻野万太郎、臼井伊三郎就任、取締役社長に根津嘉一郎、専務取締役に正田貞一郎就任 当社の歴史
12月27日 資本金六十万円(増加資本金五十四万円) 当社の歴史
明治40年(1907) - 【渋沢栄一】帝国劇場会社創立・取締役会長。品川白煉瓦株式会社相談役。日清汽船株式会社創立、取締役。日本皮革株式会社創立、相談役。合資会社沖商会有限責任社員・監査役。帝国製麻株式会社創立、相談役。東明火災海上保険株式会社創立、取締役。〔67歳〕 渋沢関係略年譜
2月24日 新工場建設着手 当社の歴史
3月19日 日清製粉株式会社の創立総会開催、資本金百万円、取締役に加藤八郎右衛門、田口礼五郎、木村庫之助、松井三吉、松下久治郎、吉田平之助、加藤猪之助、監査役に渡辺喜八、伊東与右衛門、石井直就任、加藤八郎右衛門取締役社長に就任 当社の歴史
3月19日 第十二回定時株主総会開催、純益一万二千百十円(配当年八分) 当社の歴史
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