全国朝日放送(株)『テレビ朝日社史 : ファミリー視聴の25年』(1984.02)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
昭和32年(1957) - 【渋沢敬三】第16回ICC総会に日本代表団団長として出席のため渡欧。外務省顧問に就任、「移動大使」として中南米諸国を歴訪。 渋沢関係略年譜
7月5日 東京教育テレビとして無線局免許の申請書を提出 沿革
7月6日 東京谷中の天王寺五重の塔、放火により焼失 国際・社会
7月8日 東京教育テレビに予備免許交付 沿革
7月8日 郵政省、東京教育テレビ・富士テレビ・大関西テレビに予備免許を交付 放送界
7月25日 諌早市水害、死者行方不明992人(28日まで) 国際・社会
7月31日 発起人代表者が、会社設立について会合 沿革
8月26日 ソ連、ICBMの実験に成功 国際・社会
8月27日 東海村の原研原子炉に“原子の火”ともる 国際・社会
9月6日 創立事務所を開設(東京都中央区銀座西八丁目10番地 高速道路ビル) 沿革
9月20日 民放連理事会、番組審議会の設置を決定 放送界
9月30日 資本金6億円の払い込み完了 沿革
10月1日 日本、国連総会で安全保障理事会非常任理事国に当選 国際・社会
10月1日 5,000円札発行 国際・社会
10月4日 ソ連、人工衛星「スプートニク1号」打ち上げに成功 国際・社会
10月4日 ネールインド首相来日 国際・社会
10月10日 発起人総会開催(東京会館)//定款を承認、商号を日本教育テレビとする//赤尾好夫、相賀徹夫、大川博、大山恵佐、岡村二一、小田嶋定吉、北島織衛、喜多幡為三、小池厚之助、小松良基、五島昇、塩次秀雄、高野善一郎、多田光次郎、遠山元一、中嶋光矢、二所宮文雄、野間省一、久富達夫、堀久作、松岡謙二一郎、安井謙、山田三郎太 の各氏を取締役に選任//大蔵貢、大矢信彦、永野重雄、丹羽一を監査役に選任//取締役会において 代表取締役会長 大川博//代表取締役社長 赤尾好夫//代表取締役 小田嶋定吉//取締役副社長 高野善一郎//専務取締役 岡村二一//常務取締役 二所宮文雄、喜多幡為三を選任 沿革
10月15日 郵政省、テレビジョン放送用周波数割当計画基本方針および割当計画表の一部修正(京阪神地区の12チャンネル使用) 放送界
10月22日 郵政省、民放テレビ34社36局の予備免許をいっせいに交付 放送界
10月27日 初の入社試験を実施 沿革
11月1日 会社設立登記完了(東京法務局日本橋出張所)//役員室・総務局・業務局・編成局・技術局・番組審議会事務局を新設 沿革
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