"古野伊之助"が書かれている年表項目はハイライトされています。
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年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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明治43年(1910) | 3月 | AP総支配人ストーン来日、古野伊之助らAP東京支局のスタッフにナショナル・ニューズ・エージェンシーの理念を説く。 | マスコミ事項 |
大正9年(1920) | 6月 | 国際、北京に支局開設、初代支局長古野伊之助 | マスコミ事項 |
大正12年(1923) | 8月 | 国際北京支局長古野伊之助、通信自主権確立の意見書を外務省に提出 | マスコミ事項 |
大正13年(1924) | 6月 | 国際、中国の各新聞に対するニュース供給でロイターの承認を得る。国際、ロンドンに支局開設、主任古野伊之助 | マスコミ事項 |
昭和6年(1931) | 9月9日 | 聯合外信局長古野伊之助、南京で外交部長王正廷と会見し、報道停止問題円満に解決 | マスコミ事項 |
昭和10年(1935) | 12月17日 | 同盟第1回社員総会、専務理事に岩永裕吉、常務理事に古野伊之助、畠山敏行を選任 | マスコミ事項 |
昭和13年(1938) | 8月5日 | 同盟、常務理事古野伊之助の兼務だった北支総局長の職を解き、後任に松方義三郎を任命 | マスコミ事項 |
昭和14年(1939) | 9月9日 | 同盟緊急理事会、2代目社長に古野伊之助を選任 | マスコミ事項 |
昭和15年(1940) | 10月1日 | 同盟、機構改革を行い、社内新体制を確立、社長古野伊之助が報道報国、正確迅速、大同団結の3原則を説示 | マスコミ事項 |
昭和20年(1945) | 2月24日 | 同盟社長古野伊之助、貴族院議員に勅選 | マスコミ事項 |
9月24日 | 同盟社長古野伊之助、GHQ新聞課長フーバーに同盟の自主的解散方針を通告。 | マスコミ事項 | |
12月2日 | 元同盟社長古野伊之助、読売社長正力松太郎、元毎日社賓徳富蘇峰ら戦犯容疑者に指名(12日巣鴨に収容) | マスコミ事項 | |
昭和21年(1946) | 8月31日 | 元同盟社長古野伊之助、戦犯容疑晴れ巣鴨を出所 | マスコミ事項 |
昭和41年(1966) | 4月24日 | ☆元同盟通信社長古野伊之助死去 | マスコミ事項 |
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