(社)共同通信社『共同通信社年表』(1996.06)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
天保6年(1835) - アバス通信社(フランス)開業(創業者シャルル・アバス。1940年フランスの降伏により消滅、1944年の解放でAFPとして発足、旧アバス系職員、施設を引き継ぐ)[☆は共同通信事項。()付き数字は共同通信社が毎年選定する十大ニュースの順位を示す、各年で順位の番号が二つあるのは、重大ニュースが「海外」と「国内」に分かれていることによる。] マスコミ事項
嘉永元年(1848) - 【渋沢栄一】このころ実名を美雄とする。後に伯父渋沢誠室の命名で栄一と改める。〔13歳〕 渋沢関係略年譜
- ハーバー・ニューズ・アソシエーション結成(AP通信社の源流。ニューヨークの六つの新聞社によるニュース収集組織。これが発展して57年、ニューヨークAP創立。1859年にシカゴで設立されたウェスタンAPが後にニューヨークAPを吸収し、1900年に本社をニューヨークに移して現在のAPとなる) マスコミ事項
嘉永2年(1849) - ウォルフ通信社(ドイツ)開業(創業者ベルンハルト・ウォルフ。第1次大戦に敗れて国内通信社となり、1933年ナチ政権下の国営通信DNBに吸収合併される。第2次大戦後DNBは西側のDPA〈民営〉と東側のADN〈国営〉に分断され、ADNは1992年、DDP〈ドイツ電報通信社〉に買収されて消滅) マスコミ事項
嘉永4年(1851) 10月 ロイター通信社(英国)開業(創業者ユリウス・ロイター。現在も同じ社名を維持) マスコミ事項
嘉永6年(1853) 7月8日 ペリー、浦賀に来航(54年3月31日、日米和親条約調印) 一般事項
8月22日 ロシア艦隊4隻、長崎に来航 一般事項
10月4日 トルコ、ロシアに宣戦布告(露土戦争) 一般事項
嘉永7年(1854) - 【渋沢栄一】家業の畑作、養蚕、藍問屋業に精励。〔14歳〕 渋沢関係略年譜
3月28日 英国とフランス、ロシアに宣戦布告(クリミア戦争。56年3月30日終結) 一般事項
安政5年(1858) - 【渋沢栄一】従妹ちよ(尾高惇忠の妹)と結婚。〔18歳〕 渋沢関係略年譜
7月29日 日米修好通商条約調印 一般事項
8月2日 英、インド統治法公布 一般事項
安政6年(1859) 7月15日 アバス、ウォルフ、ロイターの欧州3通信社が協力協定締結。ニュース交換と3社の独占地域を明記。1870年協定の前駆。 マスコミ事項
安政7年(1860) 2月4日 咸臨丸、米国へ出航(5月6日帰港) 一般事項
3月24日 桜田門外の変 一般事項
文久元年(1861) - 【渋沢栄一】春、江戸に出て、海保漁村塾・千葉栄次郎道場に学ぶ。〔21歳〕 渋沢関係略年譜
4月12日 南北戦争始まる(65年4月9日終結、北軍勝利) 一般事項
6月22日 「ナガサキ・シッピング・リスト・アンド・アドバタイザー」長崎で創刊(英国人アルバート・W・ハンサード、週2回刊、日本最初の英字新聞) マスコミ事項
11月3日 「ジャパン・ヘラルド」横浜で創刊(長崎から移った上記[英国人]ハンサードが発行した英字週刊紙、横浜3大英字紙の一つとなる) マスコミ事項
文久2年(1862) 1月 「官板バタヒヤ新聞」創刊(幕府蕃書調所発行、オランダ政庁が幕府に献上したバタビヤ〈現ジャカルタ〉のオランダ総督府機関紙の翻訳、編集。最初の日本語新聞) マスコミ事項
9月14日 生麦事件起きる 一般事項
文久3年(1863) - 【渋沢栄一】高崎城乗っ取り、横浜焼き討ちを企てるが、計画を中止し京都に出奔。〔23歳〕 渋沢関係略年譜
1月1日 リンカーン米大統領、奴隷解放宣言 一般事項
8月15日 英艦隊、鹿児島湾で薩摩藩と戦う(薩英戦争) 一般事項
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