※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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大正11年(1922) | - | 【渋沢栄一】小畑久五郎翻訳、栄一序文『アンドルー・カーネギー自伝』冨山房より刊行。日仏協会会頭。アルメニア難民救済委員会委員長。〔82歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行ロンドン支店転任。 | 渋沢関係略年譜 |
3月9日 | 取締役末吉勘四郎逝去 | 当社事項 | |
4月18日 | 喜多社長中国を巡察(五月二二日帰阪) | 当社事項 | |
5月 | ロンドン出張所開設 | 当社事項 | |
6月 | 喜多社長綿花定期取引を大阪三品取引所に上場を堤唱 (昭和二年一月上場実現) | 当社事項 | |
7月 | イタリア、ミラノ出張所(デイッタメンカ)開設 | 当社事項 | |
9月 | 広東出張所開設 | 当社事項 | |
11月 | 金融恐慌(休業銀行二九行に及ぶ) | 一般事項 | |
大正12年(1923) | - | 【渋沢栄一】日本無線電信株式会社創立委員。大震災善後会創立・副会長、帝都復興審議会委員。〔83歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
2月 | アレキサンドリア出張所開設 | 当社事項 | |
6月6日 | 監査役馬場義興退任 | 当社事項 | |
6月20日 | 山川万吉、村上貞造取締役に就任 | 当社事項 | |
8月 | 鄭州出張所開設 | 当社事項 | |
9月1日 | 関東大震災で横浜支店社員三名雇員九名の犠牲者を出す | 当社事項 | |
9月1日 | 関東大震災//震災後生糸二港問題実現す | 一般事項 | |
9月 | 済南出張所開設(綿花荷造工場設置) | 当社事項 | |
12月 | 王正廷(当時の中露交渉委員)一行を歓迎す | 当社事項 | |
大正13年(1924) | - | 【渋沢栄一】財団法人日仏会館創立・理事長。東京女学館・館長。〔84歳〕【竜門社】財団法人竜門社となる。 | 渋沢関係略年譜 |
5月 | 大正九年以来財界大反動、大正一二年関東大震災により業界不振、喜多社長各店に経費節減と能率増進を要求 | 当社事項 | |
7月 | 張店出張所開設 河南省鄭州、山東省張店に綿花荷造工場設置 | 当社事項 | |
8月 | 人絹取引開始 | 当社事項 | |
10月 | 漢口に泰安紡績(株)創設(社長喜多又蔵) | 一般事項 | |
- | バタビア、チェリボン出張所開設 | 当社事項 |