清水建設(株)『清水建設二百年. 経営編』(2003.11)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治24年(1891) - 【渋沢栄一】日本製帽会社相談役。東京交換所創立・委員長。東京商業会議所会頭。〔51歳〕 渋沢関係略年譜
3月 近衛歩兵第一旅団第一・第二連隊営舎竣工 当社のあゆみ
3月 東京駿河台にニコライ聖堂開堂 社会・建設業界の動き
3月 度量衡法公布(メートル法採用、明治26年1月施行) 社会・建設業界の動き
5月 来日中のロシア皇太子、大津で襲われる 社会・建設業界の動き
7月 小野釘吉、帝国大学工科大学造家学科を卒業(24歳)、故三代満之助の長女タケ(17歳)と結婚、分家して駿河台清水を創設 当社のあゆみ
9月 清水武治死去 当社のあゆみ
9月 御茶の水橋竣工 当社のあゆみ
9月 日本鉄道上野―青森間全通 社会・建設業界の動き
10月 清水釘吉ら、濃尾地震被災地を視察 当社のあゆみ
10月 濃尾地震(M8.0) 社会・建設業界の動き
12月 名古屋出張所開設(翌25年、出張店に昇格) 当社のあゆみ
- 『清水方建築家屋撮影』刊行(以後明治30年代まで不定期に刊行) 当社のあゆみ
- 岡本〓[壮+金]太郎(後の四代技師長)入店 当社のあゆみ
- 〓[┐+キ]工商会を母体に匠友会(大工組合)・清水方諸方組合(大工以外の職方)創設 当社のあゆみ
- 製図場の体制確立 当社のあゆみ
明治25年(1892) - 【渋沢栄一】株式会社東京貯蓄銀行創立・取締役(後に取締役会長)。元日本製帽を買収し東京帽子株式会社設立・取締役会長。〔52歳〕 渋沢関係略年譜
4月 神田新石町店焼失 当社のあゆみ
4月 神田に大火、焼失4100戸 社会・建設業界の動き
5月 京都市、琵琶湖疏水を利用して蹴上発電所を建設(日本最初の水力発電所) 社会・建設業界の動き
6月 鉄道敷設法公布(幹線官営の原則) 社会・建設業界の動き
7月 清水家家法制定(同族会議、清水店の最高意思決定機関となる) 当社のあゆみ
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