(株)大林組『大林組八十年史』(1972.10)

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目次項目 ページ
第一編 創業と成長の時代 p1
第一章 創業のころ p1
第一節 大林芳五郎―おいたち p1
乾物問屋「大徳」の三男―初名は由五郎 p1
呉服商「麹屋」で人生修行第一歩 p1
家名の興隆―安易を捨て独り立ちへ p1
転針―土木建築請負業を志す p1
砂崎庄次郎氏のもとで皇居造営工事に従事 p1
懇請され四年ぶりに帰阪 p1
第二節 当時の大阪と建設業界 p11
高まる事業熱―工業都市への脱皮を指向 p11
有力業者は政府用達を兼業 p11
第三節 大林組の創立 p16
待機四年―創業に踏み切る p16
分に過ぎる大工事を次々に消化 p16
新進業者として頭角をあらわす p16
紡績ゲーム一挙に業績を拡大 p16
第二章 進取積極-危機を突破 p25
第一節 大阪築港工事 p25
「天下の台所」の繁栄奪回に港の大修築 p25
激しい競争―進んで大工事と取組む p25
金融恐慌―一時は工事の返上さえ決意 p25
第二節 第五回内国勧業博覧会 p31
会場施設のほとんどを一手に建設 p31
話題の施設参加―「大林高塔」 p31
第三章 日露戦争と大林組 p36
第一節 朝鮮への進出 p36
朝鮮半島縦断の軍用鉄道建設 p36
店名を「大林組」と定め京釜線工事に参加 p36
京義線のステーション五十九ヵ所を一斉に着工 p36
新義州に製材工場を設置 p36
第二節 かちえた絶大な信任 p45
軍を感激させた突貫工事―浜寺俘虜収容所 p45
増設師団の半数を独力で施工 p45
東京進出の拠点―常駐事務所を設置 p45
第三節 芳五郎をめぐる人々 p51
人間的魅力―理想的な人材集中 p51
岩下清周氏を師と仰ぐ p51
将来にそなえた北浜に新店舗、境川に製材工場 p51
開かれた目―事業界進出を決意 p51
箕面有馬電気軌道の苦境を救う p51
広島瓦斯、広島電気軌道―両者を創立 p51
原敬氏を感嘆させた阪堺電軌創立の経緯 p51
第四章 飛躍への一歩-東京中央停車場工事 p66
第一節 合資会社大林組の設立 p66
抜本的な機構の改革、諸規定の制定 p66
東京事務所を支店に昇格 p66
日本最大の建築―東京中央停車場 p66
第二節 伏見桃山御陵の造営 p73
昼夜兼行・万全を期し奉仕 p73
レジャーランドの草分け―新世界ルナパーク p73
第五章 きびしい試練 p77
第一節 生駒隧道工事 p77
予想以上の難工事―坑道東口で落盤事故 p77
自己の苦境を語らず施主を励ます p77
第二節 北浜銀行事件 p81
岩下氏、頭取を辞任―実業界を引退 p81
私財いっさいを提供―岩下氏の恩顧に酬う p81
第三節 芳五郎の死 p83
定款を改正―代表社員に伊藤哲郎、白杉亀造 p83
再ビ得ル能ハザルノ慈父ヲ永劫に失ヘリ― p83
第四節 後援者の尽力 p89
財界人が連名で異例の信用保証 p89
第二編 発展の時代 p95
第一章 株式会社への改組 p95
第一節 第一次世界大戦―空前の好況 p95
「大戦景気」―受注、急カーブで上昇 p95
第二節 株式会社大林組の設立 p97
合資会社大林組を合併―新発足 p97
諸規定を改正整備―工事用機械を充実 p97
第三節 ビル建築時代の開幕 p104
人材重用―新知識の吸収に海外留学、欧米視察 p104
戦後恐慌にたえ業界の代表的地位を確立 p104
不況は慢性化―建設業界にも余波 p104
第二章 関東大震災 p112
第一節 救援活動と復旧工事 p112
工事現場のほとんどが全滅 p112
社長を陣頭に―汽船をチャーターして急行 p112
特に選ばれて丸ビル復旧工事に従事 p112
第二節 復興景気―大正末期の活況 p117
耐震耐火の復興建築 p117
増資、本店新築、副社長制 p117
人絹工業の興隆―画期的な施設拡張 p117
第三章 昭和恐慌-深刻な社会不安 p125
第一節 多摩御陵工事と即位御大典工事 p125
御陵ならびに東浅川仮駅工事 p125
即位御大典大饗宴場、第一、第二朝集所工事 p125
第二節 世界恐慌の波及 p129
不振打開に積極策―地方機構を強化 p129
住宅産業の先駆―浜甲子園健康住宅地の開発 p129
新分野の開拓―外国航路間の室内装飾 p129
第三節 大阪城天守閣と地下鉄工事 p133
豊太閤時代の姿を復元 p133
近代化指向―威容をきそう高層ビル p133
都市交通の近代化―東京、大阪で続々地下鉄 p133
第四節 業界の死活を双肩に―義雄社長の活動 p140
「国営業務災害保険」キャンペーンを推進 p140
直営工事廃止と建設労働者失業防止運動 p140
第四章 深まる軍事色 p145
第一節 満州事変以後 p145
日満一体―企業はきそって満州進出 p145
首都の代表的建築を次々施工 p145
賢四郎副社長急逝―多方面にわたる大きな業績 p145
大林農場を法人化 p145
東洋舗装株式会社を設立 p145
第二節 好況―高まるインフレの足音 p154
続々と電力、重化学工業工事 p154
室戸台風―応急工事出動に水杯 p154
物故者慰霊祭 p154
社歌を制定 p154
第五章 工事消化量、業界第一位へ p162
第一節 日華事変の拡大と戦時体制の強化 p162
軍需産業・軍事施設―急ピッチで拡張 p162
時局に対応―倍額増資 p162
華北・華中に出張所新設 p162
通州事件―天津出張所の六氏殉職 p162
阪神大水害―救急本部を設け復旧作業 p162
第二節 創業五十年を迎える p171
業界は様相一変―総動員体制へ p171
株式会社満州大林組の設立 p171
召集と徴用―従業員は漸減 p171
創業五十年記念祭・記念事業 p171
第六章 太平洋戦争 p179
第一節 すべてを戦力に結集 p179
物資の不足深刻―激化するインフレ p179
軍建協力会の結成 p179
情勢急迫―一般産業の工場建設にストップ p179
満州国法人大林木材工業株式会社を設立 p179
第二節 義雄の死去と芳郎の社長就任 p187
幅広い公的活動で業界に貢献 p187
取締役会長制を設く―会長白杉嘉明三、社長大林芳郎 p187
第三節 終戦 p192
工事力の総動員―日本土木建築統制組合 p192
建築工の養成所を開設 p192
東海地方に激震―全壊三万戸・死者三〇〇〇 p192
内外木材では木製飛行機の部品製作 p192
一億玉砕を期す義勇兵役法公布―戦時建設団を結成 p192
原爆投下―その日の広島支店 p192
第三編 戦後の再建と新発展の時代 p203
第一章 敗戦の衝撃-虚脱と混迷 p203
第一節 混乱に対処して― p203
史上命令―「進駐軍工事」 p203
乗員過剰、難破の危機―希望退職者をつのる p203
第二節 戦時補償の打切りと再建整備 p207
「金よりも物へ」―爆発的な物価高騰 p207
戦時補償特別税―業界をあげて激しく抗議 p207
企業理念の革新をかかげ奮起を要望 p207
増資―株主資格を拡大 p207
第三節 危機に立つ経営 p215
経済九原則―インフレ下のデフレ p215
公共工事の支払い遅延で深刻な金融難 p215
労使関係の民主化―労働組合法施行 p215
大林組従業員組合の結成―労働協約を締結 p215
過大な人員―とぼしい工事量 p215
経営の合理化―人員整理による再出発 p215
第四節 進駐軍工事と復旧工事 p228
きびしい督励―ときには銃剣の下で… p228
金岡キャンプ p228
浜寺DH p228
千歳航空基地 p228
平和産業への切りかえ―復旧工事活発化 p228
第二章 前進-自立再建への道 p241
第一節 朝鮮戦争で局面一転 p241
安定恐慌―倒産企業続出 p241
特需―建設業界も一挙に沈滞から脱却 p241
繊維産業の新・増築工事が殺到 p241
倉敷レイヨン富山工場 p241
日清紡績富山工場 p241
東洋紡績浜松工場 p241
福井地方裁判所 p241
沖縄基地工事―機械化工法の貴重な体験 p241
第二節 好転―企業の投資意欲上昇 p251
業績伸張―五年ぶりに配当を復活 p251
永楽ビル p251
国際見本市会館 p251
渡瀬川砂防足尾堰堤 p251
第三節 創業六十年を迎える p258
業績向上―資本金一億五〇〇〇万円に増資 p258
第四節 大林社長と建設業界 p259
自社再建に苦闘しつつ業界復興の重責をになう p259
建設業法の制定 p259
標準請負契約約款の制定 p259
第三章 「もはや戦後ではない」 p267
第一節 施工技術の革新と重機械の導入 p267
技術面での再出発―研究部門を新設 p267
沖縄工事に触発された施工の機械化 p267
業界の注目を集めた滑動型枠工法 p267
第二節 産業の重点は重化学工業へ p274
機能美へ―ビル建築の近代化 p274
東京駅八重洲本屋・鉄道会館 p274
三和銀行本店 p274
毎日大阪会館・北館 p274
広島平和記念館 p274
専売公社仙台地方局たばこ工場 p274
愛知県文化会館美術館 p274
神戸米国総領事館 p274
第三節 刻下の急務―電力復興 p285
水力発電、貯水方式に転換―多目的ダムを指向 p285
電源開発糠平ダム p285
東北電力八久和ダム p285
建設省・美和ダム p285
続々と大容量の新鋭火力発電所 p285
関西電力姫路第一発電所 p285
東京電力千葉火力発電所 p285
東北電力八戸火力発電所 p285
第四章 高度経済成長期 p295
第一節 神武景気―設備投資ブーム p295
増資に次ぐ増資―資本金二四億円 p295
経営の合理化―科学的経営へ p295
浪速土地株式会社を設立 p295
「ナベ底景気」を乗り切る p295
IFAWPCA建設業者賞・金賞を受賞 p295
原子力時代にそなえて―欧米の施設を視察・調査 p295
第二節 株式の公開 p302
率先、古い殻を破り―大阪証券市場に上場 p302
第三節 黄金の六〇年代 p304
設備投資ラッシュ―建設に集中 p304
新大阪ビル p304
三菱商事ビル p304
大阪新歌舞伎座 p304
四天王寺五重塔 p304
日本生命保険相互会社 p304
野村証券ビル新館 p304
住友金属工業和歌山製鉄所製鋼工場その他 p304
日比谷電電ビル p304
東海銀行本店 p304
興銀ビル p304
電力ビル p304
太陽生命保険相互会社本社 p304
朝日麦酒東京大森工場 p304
日本生命日比谷ビル・日生劇場 p304
新住友ビルディング p304
大阪神ビル p304
ターミナル中心の地域開発 p304
横浜駅西口周辺 p304
東京池袋駅周辺 p304
経済成長を反映―活発となった公共投資 p304
風屋ダム p304
関西電力読書第二発電所 p304
天ヶ瀬ダム・天ヶ瀬発電所 p304
音戸大橋 p304
阪奈道路 p304
名神高速道路 p304
東京都小台処理場 p304
愛知用水 p304
八郎潟干拓 p304
国鉄北陸本線今庄隧道 p304
近鉄新生駒隧道 p304
行きづまる路面交通―地下鉄、地下街の建設 p304
東京都営地下鉄業平橋工区 p304
東京地下鉄五号線飯田町第二工区 p304
大阪地下鉄四ツ橋線西梅田停留場 p304
難波地下街、梅田地下街 p304
戸塚ゴルフ場 p304
第四節 吹上御所・東宮御所 p353
相次いで宮廷関係工事を奉仕 p353
お濠端復旧工事 p353
東宮御所 p353
吹上御所 p353
第五節 東京大林ビルを新築 p357
本店に機械部を設置―飛躍的な工事機械の充実 p357
経済活動の中央集中化―高まる東京支店の役割 p357
企画室と弘報課を新設 p357
第六節 創業七十年を迎える p362
大幅増資―資本金四〇億円へ p362
創業七十年記念行事 p362
墓前祭 p362
神前祭 p362
記念式典 p362
旧役員招待会 p362
林友会招待会 p362
得意先招待会 p362
第七節 理念と指標―大林社長の業界活動 p367
全国建設業協会会長に就任 p367
入札合理化対策―施工能力審査要綱の改正 p367
山積する難問解決を期待され会長に再選 p367
過当競争の防止と工事の適正配分 p367
第四編 最近十年の大林組 p375
第一章 高度成長下の建設業 p375
第一節 「請負業」から「建設産業」へ p375
せまられる企業体質の一新 p375
経営計画の策定―短期計画・長期計画 p375
機構改革―土木、建築両本部制の実施 p375
事務の機械化―機械計算室を新設 p375
経営規模の拡大―資本金六二億円へ p375
第二節 幕開く超高層時代 p384
工事はますます大型化・多様化 p384
東洋ビルサービス株式会社の設立 p384
三菱電機ビル p384
新三菱重工業神戸造船所高砂工場 p384
東洋レーヨン基礎研究所 p384
倉敷レイヨン中条工場 p384
大阪瓦斯堺工場第一炉団 p384
東海道新幹線・新大阪駅 p384
農協ビル p384
国立代々木競技場第二体育館 p384
NHK放送センター p384
成田山新勝寺大本堂 p384
参議院議員会館 p384
電通本社ビル p384
麒麟麦酒高崎工場 p384
横浜ドリームランド・ホテルエンパイア p384
東京銀行本店分館 p384
パレスサイドビル p384
仙台市庁舎 p384
国際ビルヂング・帝国劇場 p384
住友商事美土代ビル p384
朝日麦酒札幌工場 p384
日本鋼管福山製鉄所 p384
東京国立博物館東洋館 p384
目を見はるスピード―自動車工業の飛躍 p384
トヨタ自動車元町工場第二組立工場 p384
日産自動車座間工場プレス、フレーム工場 p384
ダイハツ工業池田第二工場 p384
生産性の向上目ざし間断なき改新、拡張 p384
帝人松山工場 p384
日本電気府中事業場第八工場 p384
松下電器産業奈良工場 p384
国土開発、新幹線建設、高速道路網の拡充 p384
大阪堺港埋立 p384
東海道新幹線 p384
羽田、浜松町間モノレール p384
東名高速道路 p384
川崎市水道第七期拡張導水路 p384
利根大堰 p384
野村不動産鎌倉住宅地 p384
第三節 技術の輸出―海外工事 p425
賠償工事から商業ベースの工事へ p425
海外工事部を新設―バンコックに駐在員事務所を設置 p425
タイ p425
シンガポール p425
インドネシア p425
マレーシア p425
パキスタン p425
ハワイ p425
第四節 技術革新の推進力―研究所を設置 p437
無公害の地下連続壁構築工法―OWS工法の開発 p437
パイルコラム工法 p437
基礎研究から応用研究まで―技術研究所の発足 p437
開発された多くの新工法―誇るべき数々の実験設備 p437
第二章 躍進-四十年代の積極経営 p452
第一節 大型景気の到来―かつてなき繁栄 p452
いざなみ景気―GNPはアメリカに次ぐ世界第二位へ p452
「住宅産業」の登場―金融機関や総合商社もきそって進出 p452
一〇三億円に増資 p452
第二節 機構の整備と海外技術の導入 p456
受注体制の強化―営業調査活動を整備充実 p456
人事管理の刷新―職能給制度の採用・若年職員の計画的配置転換 p456
停年制を改正・理事任用制度を設く p456
福利厚生施設を充実―健康管理と居住施設に重点 p456
下請業者の指導育成と技能工の養成 p456
ソレタンシュ工法の導入―「OWSソレタンシュ工法」として一体化 p456
ショックベトン社と技術提携―株式会社ショックベトン・ジャパンを設立 p456
「大林トラスH1」および「大林トラスP」 p456
大型PC版組立工法を開発―枚方にPC版製作所を設置 p456
NEAC二二〇〇/五〇〇を導入―全支店に端末機を設置 p456
機械計算室を機械計算部に拡充―周辺機器を強化 p456
住宅事業部を新設―新しい分野へ乗出す p456
都市開発室とプラント部を新設 p456
原子力室を設置 p456
第三節 高く巨大にデラックスに― p477
施工の省力化、部材のプレハブ化―ふえてきたJV工事 p477
独協学園独協大学 p477
横浜市立大学医学部付属病院 p477
船橋駅前再開発 p477
川崎製鉄水島製鉄所厚板工場 p477
新霞ガ関電話局 p477
電源開発高砂火力発電所 p477
日本銀行本店営業所新館 p477
関西電力美浜原子力発電所 p477
大阪三菱ビル p477
一ツ橋総合ビル p477
メゾン甲子園 p477
八幡製鉄君津製鉄所コークス炉 p477
大阪国際空港ターミナルビル p477
三井銀行事務センター p477
近鉄上本町ターミナルビル p477
大同製鋼知多工場新線材工場 p477
三菱化成工業坂出工場コークス炉 p477
帝国ホテル新本館 p477
東洋ホテル p477
京都グランドホテル p477
丸善石油中央研究所・商品研究所 p477
船場センタービル七号館 p477
興和一ツ橋ビル p477
タイムライフビル p477
大阪瓦斯千里エネルギーセンター p477
神戸製鋼所加古川工場 p477
札幌市庁舎 p477
武田薬品工業研究所 p477
板橋トラックターミナル p477
東京流通センタービル p477
第四節 国土開発に官民混合方式 p515
民間資本の進出を期待―土木工事活発化 p515
鹿島臨海工業地帯開発 p515
東播磨伊保地区埋立地造成 p515
安治川大水門 p515
中央高速道路大鶴工区 p515
首都高速道路第六一八工区 p515
九州高速道路植木工区 p515
尾道大橋 p515
早瀬大橋 p515
大阪南港連絡橋 p515
京葉線羽田隧道 p515
山陽新幹線六甲隧道北山工区 p515
東京地下鉄九号線和田倉門工区 p515
都営地下鉄錦町工区 p515
札幌地下鉄北九条~北大通間工区 p515
名古屋地下鉄新尾頭工区 p515
八重洲第二自動車駐車場・八重洲地下街 p515
東京駅地下乗降場 p515
住宅産業を背景に―活発となった宅地造成 p515
石川島播磨重工業相生工場第三ドック p515
三菱重工業神戸造船所船台延長 p515
宝塚中山台ニュータウン p515
第三章 新宮殿造営 p536
第一節 着工までの経過 p536
皇居造営審議会を設けて諮問 p536
共同企業体の組織と運営 p536
第二節 工事の概要 p538
建築概要 p538
仕上げ工事 p538
設備工事 p538
庭園工事 p538
両陛下、たびたび現場を御巡覧 p538
式典行事 p538
第三節 その他の宮廷関係工事 p548
京都御所(復元) p548
須崎御用邸 p548
迎賓館(赤坂離宮)改修 p548
第四章 日本万国博覧会 p552
第一節 エキスポ70開催まで― p552
アジアで最初の第一種一般博覧会 p552
テーマ「人類の進歩と調和」―会場・千里丘陵 p552
第二節 本店に万国博本部、東京に万博部を設置 p556
会場計画から展示アイデアまで続々と提案 p556
激しい受注競争―商社と業務提携 p556
お祭広場やアメリカ館―会場の「主役」を受注 p556
シンボルゾーンの敷地造成 p556
万国博建設協力会と万博建設促進協力会 p556
第三節 夢の実現―未来都市に挑戦 p563
多彩多様―建築技術のコンクール p563
エキスポタワー p563
鉄鋼館 p563
スカンジナビア館 p563
せんい館 p563
お祭り広場 p563
みどり館 p563
クボタ館 p563
ガスパビリオン p563
松下館 p563
日立グループ館 p563
日本民芸館 p563
アメリカ館 p563
アメリカンパーク p563
中華民国館 p563
キューバ館 p563
ギリシア館 p563
ハワイ館 p563
タイ館 p563
サンフランシスコ館 p563
まる一八三日―閉会式のその日まで… p563
第五章 さらに前進を目ざして p589
第一節 転換の時代 p589
産業優先政策を反省―重点を福祉社会の建設へ p589
伸び悩む民間投資―公共投資は大幅に伸長 p589
増資―資本金一五〇億円 p589
第二節 東京本社の設置 p593
業務活動の中枢を情報化社会の中心へ p593
拠点から本拠へ―東京支店の歩み p593
東京・大阪二眼レフ―二にして一の体制 p593
第三節 「大阪大林ビル」の新築 p597
東京本社の設置に呼応―本店社屋を新築 p597
地上三二階―西日本最初の本格的超高層ビル p597
十字形の大架構方式―大林式クロス ストラクチャー p597
無公害の冷暖房施設・二階建のエレベータ p597
第四節 公害防止に積極体制 p602
公害室、公害委員会を設置―防止技術を開発・導入 p602
スウェトーシステム p602
ケリー工法 p602
ONS工法 p602
日本キャタリティック株式会社を設立 p602
第五節 技術開発の新傾向―他産業との協力 p610
産業界各分野と提携―共同研究・共同開発 p610
OJP工法 p610
グリップジョイント工法 p610
第六節 最近の主要工事 p616
不況の影響―民間製造業部門の発注減少 p616
住友不動産三田ハウス p616
鹿児島県住宅供給公社ビル p616
国際赤坂ビル p616
日本興業銀行本店 p616
大阪データ通信局舎 p616
東京海上ビル本館 p616
サンワ東京ビル p616
三菱本館等改築 p616
創価大学文化系校舎 p616
AIU東京ビル p616
東京電力鹿島火力発電所 p616
九州電力玄海原子力発電所 p616
シンガポール開発銀行 p616
福祉優先、公共投資主導で土木工事が急増 p616
新東京国際空港 p616
武蔵野線稲城隧道 p616
東京湾岸線沈埋トンネル p616
東京港大井埠頭第五バース p616
成瀬土地区画整理事業 p616
東北電力新仙台火力発電所 p616
名古屋市古沢公園地下駐車場 p616
中央自動車道西宮線明世工区 p616
西へ、さらに西へ―山陽新幹線工事 p616
新関門トンネル奥田工区 p616
第七節 創業八十年を迎える p651
「虹をかけよう」「希望の明日」―愛唱歌を制定 p651
創業八十年記念行事 p651
墓前祭、神前祭記念式 p651
第八節 住宅事業―本格的に発足 p664
パイロットハウス競技に「テラスハウス70」を提案 p664
プレハブ住宅の新しい形式と新工法の開発 p664
大林式木質プレハブ住宅―内外木材工業と共同で開発 p664
大林ハウジング株式会社を設立―住宅事業本部制を採用 p664
第九節 結語―輝かしい未来に向かって p670
写真集(最近の十年) p675
資料 p851
定款 p851
合資会社大林組定款 p854
旧定款 p855
社章 p857
資本金の推移 p858
役員 p859
役員任期一覧 p860
業務機構 p863
営業機関 p865
受注高の推移 p866
完成工事高の推移 p867
利益金と配当率 p868
職員数の推移 p869
貸借対照表 p870
関係会社 p872
内外木材工業株式会社 p872
大林道路株式会社 p872
大林不動産株式会社 p872
株式会社ショックベトン・ジャパン p872
東洋ビルサービス株式会社 p872
株式会社大林ハウジング p872
年表 p889
索引 巻末
後記 NP
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