(株)長崎新聞社『激動を伝えて一世紀 : 長崎新聞社史』(2001.09)

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経営理念 長崎新聞綱領 昭和42年(1967年)11月10日制定 巻頭
ロゴマーク シンボルマーク 平成元年(1989年)9月に制定 図と説明 p2
経営 [平成13年(2001年)] 資本金、代表取締役社長、従業員、年商、長崎新聞ホームページ p2
事業所 上空から見た長崎新聞社屋 [平成13年(2001年)] 写真 p3
役員 歴代社長 写真、初代 家永芳彦、2代 横山寅一郎、3代 志波三九郎、4、6、8代 城野威臣、5、7、9代 則元由庸、10代 佐々野富章、11代 牧山耕蔵、12代 小林光政、13代 武藤具三、14、15、17代 渡貫良治、16代 星野寿夫、18代 市川謙一郎、19代 松浦直治、20、21代 桑原用二郎、22代 小島安信、23代 松園尚巳、24代 篠原修三、25代 小川雄一郎、26代 松平和夫 p4
役員 歴代代表取締役 [昭和]29年(1954年)1月~昭和51年(1976年)12月 写真、(カッコ内は就任の年.月、いずれも昭和)、平山市右衛門(29.1、33.1、35.1、36.9)、佐々木穣(36.9)、宮崎俊蔵(37.7)、藤原繁太郎(39.2、39.11)、西岡ハル(39.9、40.2)、脇山勘助(40.2、41.11)、浜島高(51.12)、一ノ瀬秀人(51.12) p4
役員 経営陣の顔ぶれ [平成13年(2001年)] 写真、[集合写真](前列)取締役広告局長 柴田義孝、代表取締役社長 松平和夫、常務取締役・販売局長 朝長昭生、(後列)取締役総務局長 本村忠広、取締役編集局長 本田貞勝、取締役佐世保支社長 梅原絋児、[個別写真]取締役 藤岡滋、取締役 辻昌宏、取締役 中部長次郎、取締役 田中丸善保、取締役 林田武、取締役 山下恒太郎、取締役 小田信彦、取締役 植松俊徳、監査役 藤樹憲二、監査役 松田皜一 p5
役員;関係会社 関連会社 [平成13年(2001年)] 写真、長崎新聞文化ホール 社長 勝本秀行、長崎新聞折込センター 社長 本多悟 p5
役員;関係会社 販売店会 [平成13年(2001年)] 写真、長崎新聞長崎会会長 松尾昌次、長崎新聞販売センター協同組合理事長 永田良友 p5
事業所;組織 本社~支社・支店ネットワーク [平成13年(2001年)] 長崎県地図に主要都市・町等を表示、支社・支局は名称と写真(対馬支局、壱岐支局、江迎支局、松浦支局、東彼支局、平戸支局、上五島支局、五島支局、小浜支局、口加支局、大瀬戸支局、大村支局、西彼中央支局、島原支局、諫早支局、佐世保支社、東京支社のある長崎センタービル、大阪支社、福岡支社、 p6
事業所;組織 職場 [平成13年(2001年)] 写真、編集局報道本部(左側は報道部)、運動部、写真部、文化部、校閲部、編集局編制本部(手前は整理部)、整理部の電算編集、電算システム部、制作部、画像部 p7
生産;沿革 新聞製作の変遷 昭和30年(1955年)ごろ~平成10年(1998年)ごろ 写真、初期の文字受信機=共同通信長崎支局、昭和39年に導入した漢テレ受信機、鉛活字の文選作業(昭和35年ごろ)、手動モノタイプ(昭和33年導入)、製版の修整作業(昭和35年ごろ)、鉛活字の大組み風景(昭和46年ごろ)、写植時代の大張り(平成10年ごろ)、「長崎新聞」最後の組版、昭和30年ごろの紙型取り作業、昭和37年ごろの紙型取り風景、紙型から鉛版取り作業、「長崎新聞」最後の鉛版、昭和35年ごろのZ型輪転機、Z型輪転機から繰り出す新聞、荒縄で結んだ新聞の発送 p8
事業所;組織 職場//論説委員会など [平成13年(2001年)] 写真、論説委員会、情報メディア室、企画室 NIE・読者サービス推進委員会 p10
設備 職場//印刷局 [平成13年(2001年)] 写真、PSプロセッサーでの刷版の焼き付け作業、新聞用オフセット・タワー型輪転機に刷版取り付け、ロボット台車(左端)が運んだ巻取紙の取り付け、輪転機に取り付けられたセンターグリップ方式のキャリアー、EX-7ADC型新聞結束機で次々とこん包される新聞、輸送車に積み込まれる「長崎新聞」 p10
事業所;組織 職場//総務、営業 [平成13年(2001年)] 写真、広告局、総務局、事業局、販売局 p12
表彰 受賞 写真、日本新聞協会賞、JCJ奨励賞、日本新聞協会賞奨励賞(左から) p12
関係会社 関連企業 [平成13年(2001年)] 写真、長崎新聞文化ホール(文化ホール『アストピア』ロビー、「書道の歩み」の作品受け付け、『アストピア』美術展示ホール、『アストピア』結婚式)、長崎新聞サービスセンター、長崎新聞開発センターのセールス会議、長崎新聞折込センター p13
催し 主な事業 平成12年度(2000年度)~平成13年度(2001年度) 写真、長崎新聞文化章(平成12年度長崎新聞文化章を受章した(左から)末光進、中西啓、山辺透の3氏)、文化章の正章(昭和33年から使用したべっ甲製の硯屏、昭和51年から4年間贈られた富永直樹氏作の盾、昭和55年から贈られている北村西望氏作のメダル)、長崎書道会(第36回長崎書道会展表彰式(平成13年3月1日、長崎新聞文化ホール)、「書道の歩み」(昭和13年(第5巻)4月号、昭和16年12月号、昭和30年4月号、平成4年10月の特集号)、長崎新聞政経懇話会(平成13年5月16日に開かれた長崎新聞政経懇話会5月例会(長崎新聞文化ホール))、長崎県書道展(平成12年6月に開かれた第25回記念の長崎県書道展(県立美術博物館) p14
催し 主な事業 平成10年(1998年)6月10日~平成13年(2001年)8月20日 写真、Do-iT(女優の夏木マリを迎えた平成13年4月19日の「Do-iT」(長崎新聞文化ホール)、日展(平成11年10月9日に開幕した第30回日展(県立美術博物館))、長崎新美術展(第8回長崎新美術展(平成13年3月14日、県立美術博物館)、ハタ揚げ大会(ハタ合戦に歓声を上げる見物客ら(平成13年4月1日、長崎・唐八景)、九州平成義塾(平成10年6月10日、長崎市内で開いた「九州平成義塾」(平成12年から「九州発見塾」と改称して各県持ち回りで開催))、サンヨーオールスターゲーム(県営野球場「ビッグN」で行われたサンヨーオールスターゲーム第3戦(平成12年7月26日))、長崎新聞広告賞(長崎新聞広告賞の第10回記念表彰式=平成12年11月1日、文化ホール)、本社見学(コンピューター画面での新聞制作に見入る本社見学のみなさん=本社編制本部)、ふるさと音楽便(県内の小中学校で開き喜ばれている「ふるさと音楽便」)、ふれあい釣り教室(西彼高島町で開いている「ふれあい釣り教室」平成13年8月20日) p16
催し 主な事業 平成9年(1997年)11月16日~平成13年(2001年)2月19日 写真、都市対抗県下一周駅伝(第50回都市対抗県下一周駅伝大会のスタート=平成13年2月16日、本社前、第50回県下一周駅伝最終日のもようを伝える平成13年2月19日付本紙1面)、いさはやレディースロードレース(第15回いさはやレディースロードレース大会=平成11年10月24日、諫早)、雲仙・小浜ハーフマラソン(第30回雲仙・小浜ハーフマラソン=平成13年1月14日、小浜)、県ジュニア陸上選手権(第28回県ジュニア陸上選手権大会=平成11年9月23日、県立運動公園)、九州各県対抗女子駅伝(長崎市~多良見町間で開催した'97九州各県対抗女子駅伝競走大会の最終区のデッドヒート=平成9年11月16日)、少年ソフトボール選手権(第8回少年ソフトボール選手権大会の入場行進=平成11年9月4日、長崎市総合運動公園) p18
沿革 年輪 明治20年(1887年)~明治29年(1896年)ごろ 写真、大波止社屋(明治29年ごろ、市営大波止勧工場の一角を借りた長崎新報社屋(右)、「憲政党長崎支部」の標札も掛かる=明治29年ごろ)、創刊号付録のカラー地図(「長崎新報」創刊2号の付録として配布した木版3色刷り「長崎市全図」。11日後にも要望にこたえ再発行している=県立長崎図書館)、地図(長崎新報の社屋にもなった「勧工場」は県庁(中央)に隣接していた=明治25年版「長崎港精図」=県立長崎図書館蔵、長崎新報社は師範学校女学部の建物を借りて創設した。明治20年刊「長崎市街全図」にも中央にその建物が示されている=県立長崎図書館蔵)、創刊前後の文書資料(1株10円の出資金の払込を求める文書=県立長崎図書館蔵、「長崎新報発行趣意書」=県立長崎図書館蔵、横山寅一郎社長名で出された出資報告書=県立長崎図書館蔵、発起人連名で長崎新報発行への資本参加を呼び掛ける文書=県立長崎図書館蔵) p20
ロゴマーク 題字の変遷 創刊当初[(1889年頃)]~現在[(2001年)] 題字の写真、創刊当初、改題当初、大正元年、昭和2年、昭和20年4月~、昭和20年8月、昭和20年10月、昭和21年12月、昭和23年1月、夕刊も発行 昭和25年2月、昭和25年3月、夕刊題字変更 昭和26年5月、昭和34年1月、昭和34年1月 長崎民友新聞を合併、昭和34年1月、昭和43年8月 長崎時事新聞を合併、背景にツル登場 昭和34年1月、夕刊題字変更 昭和55年7月~59年1月、背景のツル消える 平成13年1月、平成13年4月10日~現在 p22
沿革 年輪 明治33年(1900年)1月25日付~昭和34年(1959年)1月15日付 紙面の写真、現存するもので最も古い明治33年1月25日付の「長崎新報」、中央の枠内はトップの社告を拡大したもの=県立長崎図書館蔵、「長崎新報」から改題して「長崎日日新聞」でスタートしたころの紙面=明治44年4月2日付の1面(部分)、一県一紙政策で県内4紙が合同して生まれた「長崎日報」の第1号=昭和17年4月1日付1面、戦後の4紙分離で復刊した「長崎日日」=昭和21年12月10日付1面、「長崎日日新聞」「長崎民友新聞」合併で誕生した「長崎新聞」の昭和34年1月15日付朝刊1面 p22
事業所;施設 社屋 昭和10年(1935年)10月9日~昭和21年(1946年)12月 社屋の写真、長崎新聞社が西浜町から出島に移転した際に借りた建物=長崎文献社刊「アルバム長崎百年」から、長崎新聞社が借りた出島2番地の建物(矢印)の所在を示す「長崎市地番入分割地図」(県立長崎図書館蔵)の一部、昭和10年10月9日、望楼(5階)にネオンサインを新設したときの長崎日日新聞社の社屋(大村町)、被爆前の長崎新聞社(矢印、大村町)周辺地図=聞き書きによる木下友一氏作成、「長崎新聞」本社が出島と船津町に分かれていたころの船津町社屋=伊東稔氏提供、「長崎日日新聞」と「長崎民友新聞」合併後、改築した長崎新聞社の出島本社、被爆直後の三菱病院。これを修復して昭和21年12月から長崎日日新聞社の社屋となる=県立長崎図書館蔵、被爆直後、出島に移転した統合紙長崎新聞社社屋の一部(旧長崎民友の建物)=堺屋修一氏提供、4紙分離(昭和21年12月)以後の長崎民友新聞社社屋 p24
製品;商品 新聞付録 明治23年(1890年)2月13日付~明治33年(1900年)1月1日付 紙面の写真、明治23年2月13日付「長崎新報」第132号の付録(現存する「長崎新報」紙面では最古)=県立長崎図書館蔵、明治26年1月7日付「長崎新報」第1,000号付録=堀田武弘氏所蔵、明治25年5月16日付「長崎新報」第808号付録=小部富生氏提供、「長崎新報」第6471号付録「大福双六」(明治44年新年号)=福島妙子さん所蔵、明治33年1月1日付「長崎新報」付録=山口広男氏提供 p26
製品;商品 号外 明治28年(1895年)7月8日付~平成13年(2001年)8月6日 号外の写真、明治28年7月8日付『朝鮮の騒動』号外=県立長崎図書館蔵、明治37年3月25日付の『旅順口攻撃』の公報を報じる号外=県立長崎図書館蔵、大正元年9月15日付『明治天皇大喪儀』号外=県立長崎図書館蔵、明治38年1月6日付「長崎新報」の『旅順陥落後の処理』の号外=県立長崎図書館蔵、昭和8年5月17日「長崎日日新聞」の『五・一五事件』号外、昭和28年3月8日の『ソ連首相にマレンコフ氏』号外=矢野平八郎氏提供、平成13年1月8日付の『国見高校三冠達成』で発行した号外、平成13年8月6日『大阪・池田市の児童殺傷事件』号外に見入る市民 p28
業界;沿革 長崎県内新聞発行一覧 文久元年(1861年)~平成13年(2001年) 変遷図、紙名、日刊新聞、日刊以外、創刊・改題・復刊・合併・廃刊年月 p29
印刷;技術 元木昌造の肖像画 天保10年(1839年)頃 肖像画 p50
経営者 [「長崎新聞」の復刊者、「明治日報」の創刊者]・丸山作楽 明治8年(1875年)頃 写真 p61
役員 「長崎新報」初代社長・家永芳彦 明治22年(1889年)9月 写真 p66
役員 市長在任中に「長崎新報」第2代社長になった横山寅一郎 [明治25年(1892年)] 写真 p67
役員 「長崎新報」創刊に参画した県会議長の志波三九郎 明治28年「長崎新報」第3代社長に就任 明治28年(1895年) 写真 p68
役員 「長崎新報」第4代社長・城野威臣 明治29年(1896年) 写真 p69
経営者 [「九州日之出新聞」「東洋日の出新聞」の創刊者・]鈴木天眼 明治32年(1899年) 写真 p76
役員 「長崎日日新聞」初代(通算第7代目)社長の則元由庸 [明治44年(1911年)頃] 写真 p91
ロゴマーク;業界 「佐世保新報」の題字 [明治32年(1899年)] 写真 p112
経営者;業界 「佐世保新報」創始者の一人・富田愿之助 [明治36年(1903年)頃] 写真 p113
経営者;業界 「佐世保軍港新聞」創始者の一人長医秀夫 [大正2年(1927年)頃] 写真 p115
役員;業界 「佐世保新報」の江口礼四郎 [大正4年(1929年)頃] 写真 p115
経営者;業界 「佐世保日日新聞」の[創刊者]・永安恕 [明治44年(1911年)頃] 写真 p116
経営者;業界 「開国新聞」(後の「島原新聞」を創刊した清水繁三 明治32年(1899年) 写真 p117
ロゴマーク;業界 現在の「島原新聞」の題字 [平成13年(2001年)] 題字の写真 p118
役員 現在の「島原新聞」清水強・第3代社長 [平成13年(2001年)] 写真 p119
ロゴマーク;業界 昭和21年創刊の「対馬新聞」(週刊)の題字、「対馬評論」(週刊)の題字、大正2年創刊の「壱岐集報」を受け継いだ「壹岐日報」の題字 昭和21年(1946年)、大正2年(1913年) 題字の写真 p120
ロゴマーク;業界 月3回発行の「壱岐正論」の題字、月6回刊「新壱岐」の題字、月1~2回刊「ふれ太鼓壱岐」の題字 昭和10年(1935年)、昭和26年(1951年)、平成元年(1989年) 題字の写真 p121
ロゴマーク;業界 「五島新聞」最終号の題字、昭和23年に創刊 2~3年で廃刊した「有明新聞」の題字、昭和56年に創刊して以来発行を続けている「ナイスいさはや」 昭和23年(1948年)、昭和56年(1981年) 題字の写真 p122
ロゴマーク;業界 昭和62年に創刊した「諫早タイムズ」 平成2年から「タイムズ」に改題、300号で廃刊した「県北タイムス」の題字 昭和62年(1987年)、昭和37年(1962年) 題字の写真 p123
ロゴマーク;業界 昭和60年に廃刊した「サセボ商工新聞」の題字 昭和60年(1985年) 題字の写真 p124
経営者;業界 「長崎民友」を創刊した西岡竹次郎 大正13年(1924年) 写真と略歴 p130
役員 襲撃を受けたころの長崎新聞第2代社長・中川観秀 大正2年(1913年)2月 写真と略歴 p136
事業所 門柱に「長崎日日新聞社」と「佐世保新聞社」の標札が掛かった佐世保新聞社の社屋 [昭和5年(1930年)] 写真 p149
ロゴマーク;関係会社 牧山耕蔵が社長を務めていた「朝鮮新聞」の題字 昭和8年(1933年) 題字の写真 p153
事業所;関係会社 牧山耕蔵が創設した朝鮮新聞社の社屋 大正9年(1920年) 写真 p154
事業所;業界 長崎市大村町に完成した「長崎日日新聞」新社屋 昭和8年(1933年)9月 写真 p155
役員 読売提携後、九州日報社長を兼ねて第12代社長に就任した小林光政 昭和15年(1940年)12月 写真と略歴 p189
ロゴマーク 昭和20年7月から「長﨑新聞」と改題、県外紙の題字も併記した 昭和20年(1945年)7月 p193
役員 被爆時の第14代社長・渡貫良治 昭和20年(1945年)8月 写真と略歴 p196
ロゴマーク 分離直前の「長﨑新聞」題字 昭和21年(1946年) p208
ロゴマーク [長﨑日日]復刊時の題字 昭和21年(1946年) p210
ロゴマーク;業界 復刊時の「佐世保時事新聞」題字 昭和21年(1946年) p212
ロゴマーク 復刊時の「新嶋原」の題字 昭和21年(1946年) p213
ロゴマーク 創刊時の夕刊[長崎タイムズ]の題字 昭和24年(1949年)10月30日 p219
ロゴマーク [夕刊長﨑タイムズ]101号を迎えて題字も縦に変更 昭和25年(1950年)2月8日 p221
ロゴマーク [夕刊長﨑日日]創刊1年半で朝刊とのセット発行となり題字も変更 昭和26年(1951年)5月 p221
役員 第18代社長 市川謙一郎 昭和33年(1958年) 写真と略歴 p235
役員 西岡武夫長崎民友新聞社常務取締役 [昭和32年(1957年)] 写真と略歴 p238
ロゴマーク 新生「長崎新聞」スタート時の題字 [昭和34年(1959年)] p252
社章;社旗 決定した「社章」と「社旗」 [昭和34年(1959年)2月] p260
役員 第19代社長 松浦直治 [昭和37年(1962年)] 写真と略歴 p263
役員 第20、21代社長 桑原用二郎 [昭和37年(1962年)]12月 写真と略歴 p264
役員 第22代社長 小島安信 [昭和43年11月] 写真と略歴 p267
事業所 昭和44年7月に増改築が完了した出島社屋 [昭和44年(1969年)] 写真 p274
ロゴマーク 自力印刷スタート時の「佐世保時事新聞」から合併時の「長崎時事」までの題字の変遷 [明治37年(1904年)~昭和43年(1968年)] p277
社歌 長崎新聞社歌 [昭和44年(1969年)] 歌詞、楽譜、下村泰造作詞、松浦直治補作、宮川密義作曲 p281
役員 第23代社長 松園尚巳 [昭和52年(1977年)] 写真と略歴 p287
役員 第24代社長 篠原修三 [平成元年(1989年)] 写真と略歴 p327
役員 第25代社長 小川雄一郎 [平成3年(1991年)] 写真と略歴 p329
役員 第26代社長 松平和夫 [平成12年(2000年)]  写真と略歴 p368
社会貢献 戦前の長崎県でのオープン戦(昭和) 昭和13年(1938)4月5日~昭和16年(1941)2月16日 表、開催年月日、場所、カード p382
社会貢献 本社のプロ野球開催実績 昭和46年(1971年)9月14日~平成2年(1990年)5月13日 表、開催年月日、場所、カード p383
社会貢献 長崎県営野球場(ビッグN)での実績 平成9年(1997年)9月7日~平成12年(2000年)7月26日 表、開催年月日、カード、入場者数、主催 p384
組織 長崎新聞社・組織構成図 平成13年(2001年)5月1日現在 組織図 p412
定款 長崎新聞社定款 条文 p413
役員 歴代社長・社長 明治22年(1889年)9月5日~平成12年(2000年)12月8日 一覧、(カッコ内は就任日)、初代 家永芳彦(明治22年9月5日)、2代 横山寅一郎(明治25年2月15日)、3代 志波三九郎(明治28年6月22日)、4代 城野威臣(明治29年1月)、5代 則元由庸(明治33年)、6代 城野威臣(明治36年)、7代 則元由庸(明治44年3月18日)、8代 城野威臣(明治45年3月18日)、9代 則元由庸(大正12年6月)、10代 佐々野富章(昭和6年11月2日)、11代 牧山耕蔵(昭和7年12月30日)、12代 小林光政(昭和16年1月1日=読売出向)、13代 武藤具三(昭和16年8月=読売出向)、14代 渡貫良治(昭和19年8月=読売出向)、15代 渡貫良治(昭和21年12月10日分離後「長崎日日新聞」に再就任) (代表・常務)星野寿夫(昭和22年11月1日)、、16代 星野寿夫(昭和25年10月16日)、17代 渡貫良治(昭和26年2月19日) (代表・専務)平山市右衛門(昭和29年1月27日) (代表)市川謙一郎(昭和33年1月20日)、(代表)平山市右衛門、佐々木穣(昭和36年9月13日)、19代 松浦直治(昭和37年1月18日) (代表)宮崎俊蔵(昭和37年7月10日)、20代 桑原用二郎(昭和37年12月8日 (代表)藤原繁太郎(昭和39年2月8日)、21代 桑原用二郎(昭和39年9月19日) (代表・副社長)西岡ハル(昭和39年9月19日) (代表)藤原繁太郎(昭和39年11月29日) (代表・会長)桑原用二郎(昭和40年2月2日) (代表)脇山勘助、西川ハル(昭和40年2月2日) (代表)脇山勘助(昭和41年11月25日) (代表)小島安信(昭和42年11月10日)、22代 小島安信(昭和42年11月27日) (代表・常務)浜島高(昭和51年12月22日) (代表)一ノ瀬秀人(昭和51年12月22日)、23代 松園尚巳(昭和52年7月18日) (代表・専務)篠原修三(昭和63年12月6日)、24代 篠原修三(平成元年12月5日)、25代 小川雄一郎(平成3年12月12日)、26代 松平和夫(平成12年12月8日) p415
役員 歴代役員(戦後の4社分離以降) 昭和21年(1946年)12月10日~平成12年(2000年)12月8日 一覧、会長、代表取締役会長、社長、代表取締役社長、専務取締役、常務、常務取締役、労務専任、取締役、監査役、相談役、氏名 p416
役員 歴代局長(戦後の4社分離以降) 昭和22年(1947年)~平成12年(2000年) 一覧、役職名、氏名 p420
事業所 本社・支社・支局の所在地 [平成13年(2001年)5月現在] 一覧、事業所(本社、東京支社、大阪支社、福岡支社、佐世保支社、諫早支局、大村支局、島原支局、五島支局、平戸支局、[以下略])ごとに郵便番号、住所、電話番号、FAX番号 p422
関係会社 関連会社 平成13年(2001年)5月23日現在 一覧、社名(長崎新聞文化ホール、長崎新聞サービスセンター、長崎新聞開発センター、長崎新聞折込センター)のもとに、郵便番号、住所、電話番号、FAX番号、設立年月日、資本金、業務、社長、従業員数 p423
従業員 本社従業員の推移(昭和34年「長日」「民友」合併以降) 昭和34年(1959年)4月1日~平成13年(2001年)4月13日 一覧、各年部課別の人数と合計 p423
労働組合 労働組合歴代役員(昭和34年「長日」「民友」合併以降) 昭和34年(1959年)~平成12年(2000年) 一覧、各年の委員長・副委員長・書記長氏名 p429
従業員 本社・関連会社従業員 平成13年(2001年)7月現在 一覧、部署(役員、論説委員会、編集局、報道本部、編制本部、印刷局、情報メディア室、広告局、販売局、事業局、総務局、企画室、社史編纂室、東京支社、大阪支社、福岡支社、支局、出向、長崎新聞関連会社)ごとに所属者の氏名 p430
販売 販売店 平成13年(2001年)7月31日現在 一覧、市・郡別に販売店名、販売店主、郵便番号、住所、電話番号 p434
販売 販売店会の役員 平成13年(2001年)5月1日現在 一覧、販売店会名(長崎新聞販売センター協同組合、長崎新聞長崎会、長崎新聞崎陽会)、各会における役職と氏名 p438
表彰 社長賞(昭和34年「長日」「民友」合併以降) 昭和34年(1959年)1月16日~平成12年(2000年)11月22日 一覧、受賞年月日、氏名または部署名、受賞内容 p439
表彰 関連業界からの受賞 昭和49年(1974年)5月8日~平成11年(1999年)2月5日 一覧、松浦直治論説室顧問に第1回日本記者クラブ賞、報道部高橋信雄記者に日本新聞協会賞、広告局に日本新聞協会新聞広告賞の奨励賞、報道部原爆取材班に日本ジャーナリスト会議のJCJ奨励賞、九州写真記者協会ニュース部門賞、九州写真記者協会企画部門賞、九州写真記者協会単独企画部門賞、九州写真記者協会ニュース部門賞 p440
団体;従業員 社友会会員 平成13年(2001年)7月31日現在 一覧、歴代会長(氏名、在任期間)、顧問、副会長、会員(氏名の50音順)、物故会員(年ごとに氏名、物故月日) p441
関係会社;広告宣伝 広告代理店 平成13年(2001年)1月現在 一覧、本社・佐世保支社・東京支社・大阪支社・福岡支社それぞれに社名、代表者、住所、電話番号 p442
販売;売上 販売部数の推移(日本XYZ協会査定) 昭和38年(1963年)7月~平成13年(2001年)1月 表、年月、朝刊、夕刊 p445
価格 購読料金改定の推移 昭和34年(1959年)4月~平成9年(1997年)4月 表、年月、統合版、セット版、備考 p445
広告宣伝;価格 広告料金改定の推移 昭和57年(1982年)1月~平成7年(1995年)4月 表、年月、臨時物(1cm×1段)、営業基本(1cm×1段) p445
催し 創刊100周年式典出席者 [平成元年(1989年)9月21日] 一覧、本島等(長崎市長)佐藤了(長崎市議会議長)桟熊獅(佐世保市長)野田猛(佐世保助役)鐘ケ江管一(島原市長)野田御(諫早市長)油屋亮太郎(平戸市長)岩佐晃典(松浦市長)坂井猛(香焼町長)坂井泰三郎(香焼町議会議長)[以下略] p445
製品 長崎原爆企画掲載 [昭和]30年(1955年)8月1日~[平成]12年(2000年)8月25日 一覧、企画名、開催期間(開催年月日~閉会日、開催回数) p450
商品 連載小説 明治39年(1906年)7月20日~平成12年(2000年)11月28日 表、題名、作者、挿絵画家、開始年月日、完結年月日、回数 p454
催し 主な主催事業 大正3年(1914年)1月14日~平成13年(2001年)8月5日 一覧、年月日、事業名、開催地など p459
出版 主な出版物 昭和9年(1934年)9月~平成13年(2001年)5月31日 一覧、出版年月日、出版物名(書名、誌名)、大きさ、ページ数、定価 p472
社会貢献 長崎新聞文化章 昭和30年度(1955年度)~平成12年度(2000年度) 一覧、長日文化章(昭和30年度~昭和33年度)、長崎新聞文化章(昭和35年度~平成12年度)、受章者名、肩書、受章理由 p475
催し;社会貢献 長崎書道会展 「特選」(最高賞)受賞者 昭和39年(1964年)~平成13年(2001年) 一覧、第1回~第36回、漢字部・かな部各受賞者名 p478
催し;社会貢献 長崎県書道展 昭和51年(1976年)~平成13年(2001年) 一覧、第1回~第26回、大賞・準大賞各受賞者名、第1回から第26回までの中央審査員(氏名、審査当時の肩書) p480
催し 長崎新聞政経懇話会 昭和45年(1970年)10月1日~平成13年(2001年)5月16日 一覧、開催年月日、会場、演題、講師名 p482
催し Do-iT(長崎新聞レディスアカデミー) 平成6年(1994年)10月13日~平成13年(2001年)4月19日 一覧、第1期~第6期、開催年月日、会場、演題、講師名 p492
催し メルシャンワインで今晩は!長崎新聞イブニングサロン 昭和52年(1977年)4月1日~昭和58年(1983年)3月24日 開催年月日、会場、演題、講師名 p493
催し;社会貢献 長崎新聞ハタ揚げ大会 昭和25.4.30~平成13.4.1 一覧、長日ハタ揚げ大会(昭和25.4.30~33.4.13)、長崎新聞ハタ揚げ大会(昭和34.4.19~平成13.4.1) p494
催し PTA新聞づくり講習会 平成4年(1992年)6月24日~平成12年(2000年)8月22日 一覧、第1回・平成4年~第9回(平成12年)、受講者数、開催年月、一般の部・子供の部 各受賞者 p495
催し PTA新聞コンクール 平成5年度(1993年度)~平成12年度(2000年度) 表、第1回~第8回、各回グランプリ、県教育委員会賞、県印刷工業組合賞、印刷の部優秀賞、手作りの部優秀賞、印刷の部佳作、手作りの部佳作、努力賞などの受賞者名 p497
催し 読者がつくるページ「ふれあい」掲載校 平成5年度(1993年度)~平成11年度(1999年度) 一覧、年度、月、小学校名 p500
催し;社会貢献 長崎新聞ブランチの会「甲比丹21」 平成8年(1996年)5月17日~平成13年(2001年)4月26日 一覧、年、月日、講師肩書・氏名、演題 p500
催し;表彰 長崎新美術展 第1回 平成6年(1994年)3月~第8回 平成12年(2000年)2月 一覧、回数、年月、受賞者氏名・市町村名 p502
表彰;社会貢献 読者文芸年間賞 昭和43年度(1968年度)~平成12年度(2000年度) 選者(歌壇・俳壇・柳壇 各氏名)、年度、受章者名・市町村名 p502
表彰;社会貢献 ジュニア文芸年間賞 昭和57年度(1982年度)~平成13年度(2001年度) 一覧、年度、俳句・短歌 各受賞者氏名・学校名・学年 p505
表彰;社会貢献 新春文芸入選者 昭和23年(1948年)~平成13年(2001年) 一覧、俳句・短歌・川柳・短編小説・現代詩 各受賞者名・市町村名 p506
表彰;社会貢献 長崎新聞広告賞 第1回 平成3年(1991年)~第10回 平成12年(2000年) 一覧、回数・年、広告主部門・代理店企画部門・一般公募部門各受賞社・支店名と広告のタイトル p515
表彰;社会貢献 長崎県読書感想文コンクール 最優秀賞 昭和47年(1972年)~平成12年(2000年) 一覧、回数、年、小学校低学年・小学校中学年・小学校高学年・中学校・高校各受賞者氏名・学校名 p515
観光 長崎県・新観光地100選 昭和54年(1979年)8月1日選定 一覧、観光地名、所在地、1.天然の美九十九島(佐世保市)、2.グラバー園(長崎市)、3.住吉神社(西彼町)、4.西望公園(南有馬町)、5.千綿渓谷竜頭泉(東彼杵町)、6.原城跡(南有馬町)、7.国見山(世知原町)、8.弦掛観音(世知原町)、9.弓張展望台(佐世保市)、10.米山展望(奈良尾町)、[以下略] p517
観光 次代に残そう 長崎百景 平成12年(2000年)1月1日選定 一覧、景勝・景観・名勝、所在地、観桜火宴(千々石町)、小浜の夕日(小浜町)、雲仙地獄(小浜町)、国崎半島(南串山町)、前浜海岸(加津佐町)、瀬詰崎灯台(口之津町)、原城跡から見る風景(南有馬町)、フェスティビタス ナタリスのクリスマスツリー(北有馬町)、高岩山からの眺望(西有家町)、俵石展望所からの朝日(有家町)、[以下略] p518
催し;社会貢献 郡市対抗県下一周駅伝 昭和27年(1952年)2月17日~平成13年(2001年)2月18日 一覧、開催年月日、コース、優勝郡市名とタイム、2位・3位の各郡市名 p519
催し;社会貢献 県軟式野球選手権 昭和26年(1951年)~平成12年(2000年) 一覧、年、優勝・準優勝の各社名・機関名と所在地 p520
催し;社会貢献 長崎・佐世保市民野球 昭和34年(1959年)~平成12年(2000年) 一覧、長崎市民早朝野球(昭和34年~平成12年)(優勝・準優勝の各社名・機関名)、佐世保市民早朝野球(昭和37年~平成11年)(優勝・準優勝の各社名・機関名)、佐世保市民ナイター野球(昭和55年~平成11年)(優勝・準優勝の各7チーム名)、佐世保市民早起き野球(平成4年~平成11年)(優勝・準優勝の各チーム名) p523
催し;社会貢献 長崎・佐世保市民ソフトボール 昭和37年(1962年)~平成12年(2000年) 一覧、長崎市民早朝ソフト(昭和37年~平成12年)(優勝・準優勝のチーム名)、長崎市民ナイターソフト(昭和47年~平成12年)(優勝・準優勝のチーム名)、長崎新聞社SP選手権大会(昭和61年~平成12年)(優勝・準優勝の各チーム名)、長崎市民ナイター壮年SP(昭和59年~平成12年)(優勝・準優勝のチーム名)、長崎少年ソフト(昭和57年~平成12年)(優勝・準優勝の各チーム名)、佐世保市民早朝ソフト(昭和43年~平成12年)(優勝・準優勝の各チーム名)、佐世保市民ナイターソフト(昭和49年~平成12年)(優勝・準優勝の各チーム名)、佐世保市少年ソフト(昭和32年~平成11年)(優勝・準優勝の各チーム名) p523
催し;社会貢献 長崎新聞ゴルフ大会 第7回~第31回 昭和51年(1976年)~平成13年(2001年) 一覧、回、年、グロスの部は3位まで、ネットの部は3位までの入賞者氏名と所属先 第6回以前は記録不詳 p528
沿革 長崎県内マスコミ年表 天正18年(1590)7月21日~平成13年(2001)4月29日 年表、年(和暦、西暦)、県内マスコミ関連、本社関連、その他の動き(県内外) p531
索引 本文索引 索引、人名・社名・事項等の50音順 p577
参考文献 参考文献 一覧、順不同、書名、発行所 p583
編集協力 協力団体・個人 p584
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