(株)後楽園スタヂアム『後楽園スタヂアム50年史』(1990.04)

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目次項目 ページ
発刊によせて 代表取締役社長 保坂誠 巻頭
特別寄稿 読売新聞社名誉会長 務台光雄 巻頭
巻頭口絵 21世紀に架けるロマン 巻頭
〈沿革第1部〉 p1
第1章 職業野球の誕生と後楽園創業 p1
1. 日本職業野球の創立 p1
プロ野球前史 p1
学生野球の統制と全米チームの来日 p1
7球団の設立と日本職業野球連盟の創設 p1
2. 株式会社後楽園スタヂアム創業への動き p9
新しい球場づくり-久保勘三郎の先見の明 p9
「後楽園スタヂアム」の創業をめざして p9
3. 新会社を創立 p14
早川芳太郎の出馬 p14
多目的な球場計画 p14
株式会社後楽園スタヂアム創立 p14
事業計画 p14
設計工事の構想と変更 p14
難航した工事 p14
イーグルスの誕生 p14
後楽園スタヂアムいよいよ開業 p14
観客動員への努力 p14
イーグルスの活躍と解散 p14
第2章 戦時下の苦難 p29
1. 経営の刷新 p29
首脳部を一新 p29
後楽園で全国都市対抗野球大会 p29
初めて満員に p29
貸ガレージと「スポーツ・シネマ」 p29
2. 深まる戦時色 p33
田辺宗英の社長就任 p33
「ハワイ・マレー沖海戦」上映とサーカス興行 p33
3. 戦時中のプロ野球 p36
選手の応召 p36
物資統制とボール p36
球団名も日本名に p36
遂にリーグ戦打ち切り p36
4. 東部軍の陣地となる p40
当社球場は高射砲陣地に p40
菜園となったグラウンド p40
第3章 プロ野球の復興と後楽園 p43
1. 進駐軍による接収 p43
無残な球場 p43
進駐軍の球場さがし p43
接収・解除の曲折 p43
2. プロ野球がもどってきた p46
ペナントレース開幕 p46
後楽園球場の復活 p46
プロ野球は花盛り p46
プロ野球専用球場としての決断 p46
天皇を迎えて全国都市対抗野球 p46
皇太子明仁殿下初のプロ野球ご観戦 p46
3. プロ野球の新たな展開 p52
コミッショナー制度の採用 p52
戦後初のアメリカチームとの対戦 p52
赤バット・青バット p52
4. 躍進する社業 p56
飛躍的な躍進 p56
次第に業容を整える p56
日比谷スポーツ・パレス計画の挫折 p56
球場内外の拡張と整備 p56
東宝からの独立 p56
各種の催し物 p56
第4章 レクリエーションセンターの出現 p61
1. 水道橋エリアの多目的活用 p61
多角経営の構想 p61
球場周辺の多目的利用を推進 p61
2. 競輪場の開設 p63
文京区からの競輪場建設の委託 p63
競輪場の建設と開場 p63
3. 新規事業の推進 p67
アイスパレスの開設 p67
ローラースケートリンクを開場 p67
都市型遊園地の誕生 p67
ジムナジアムとボクシング p67
世紀のタイトルマッチ p67
その他多角的活用 p67
4. プロ野球ファンの激増 p75
2リーグ制の発足とフランチャイズ制 p75
本格的なナイター設備の完成 p75
テレビ中継の開始 p75
相次ぐ米大リーグの来日 p75
ON時代の幕明け p75
施設の拡充 p75
5. 戦後初のトップ交替と野球体育博物館 p83
田辺社長の死去 p83
真鍋八千代の社長就任 p83
野球体育博物館の開設 p83
私と後楽園 1 p85
粟津潔 p85
井形卓三 p85
池田恒雄 p85
江川卓 p85
江夏豊 p85
王貞治 p85
大石三四郎 p85
大沢啓二 p85
尾崎尚子 p85
越智正典 p85
春日野清隆 p85
金田正一 p85
川上哲治 p85
木原光知子 p85
久保陽一 p85
黒鉄ヒロシ p85
三遊亭円楽 p85
ジャイアント馬場 p85
白井義男 p85
杉葉子 p85
須田開代子 p85
高須清 p85
高田繁 p85
中口絵 p109
感動/歓声とともに p109
〈沿革第2部〉 p133
第1章 総合レジャー産業のパイオニア p133
1. レジャーブームの到来 p133
多様化するレジャー p133
新たな事業展開に向けて p133
2. 総合レジャーゾーンへと拡大 p135
天皇ご一家のご観戦 p135
各事業ともに好調〈遊園地〉〈アイスパレス〉〈競輪場〉 p135
ボウリング会館の開場 p135
3. 飲食販売部門の充実 p141
飲食・販売事業の本格化 p141
飲食部門関連会社 p141
4. 水道橋エリアから各地リゾートへ p143
上越後楽園 p143
箱根後楽園 p143
熱海後楽園 p143
第2章 高度成長の時代 p147
1. 不滅のプロ野球人気 p147
巨人軍、V9へスタート p147
野球場設備更新への努力 p147
2. 既存事業場の拡大と発展 p150
経営安定の柱・競輪 p150
経営拡大の柱・ボウリング p150
新宿サウナの成功 p150
立体機械化遊園地の誕生 p150
アイスパレスとローラースケートリンクの閉場 p150
3. 組織の拡大と近代化 p156
機構改革の推進 p156
福利厚生諸施策の充実〈社員食堂〉〈診療所〉〈社宅・独身寮〉〈各種厚生制度〉 p156
労働組合の誕生 p156
第3章 大いなる試練 p159
1. 競輪の廃止 p159
丹羽春夫の社長就任 p159
公営競技廃止の動き p159
競輪存廃の攻防 p159
廃止へ事態切迫 p159
廃止の実行 p159
2. ボウリングブームとその転機 p165
過熱するブーム p165
ボウリング事業の拡大 p165
下降するブーム p165
3. 試練を乗り越えて p169
二つの対策 p169
新規事業開発と後楽園アドホック新宿〈ショップイン後楽園〉 p169
水道橋エリア再開発と黄色いビルの建設 p169
競輪場跡地の活用〈ジャンボプール〉〈ジャンボゴルフ〉〈駐車場と展示会場〉 p169
青いビル(旧ボウリングセンター)の再開発〈ローラースケートリンク〉〈レイシューティング・レンジ〉 p169
遊園地の改造 p169
関連会社の育成 p169
社章の制定 p169
巨人V9の達成と野球場の設備充実 p169
第4章 低成長時代の経営戦略 p181
1. 石油ショック下で「守り」の経営 p181
石油ショックとレジャー p181
「守り」の経営に転換 p181
顧客動員拡大への努力 p181
2. 中期3ヵ年計画を策定・推進 p184
中期3ヵ年計画の策定 p184
流通事業のスケールアップ〈ショップイン後楽園-吉祥寺・町田・青山・船橋店〉〈後楽園ホームセンター相模原店〉〈後楽園ストア調布店〉 p184
黄色いビル別館の建設 p184
野球場への人工芝導入 p184
サーカス興行 p184
野球場の観客動員新記録 p184
ボウリング回復へ p184
3. 関連会社の整備計画 p191
関連会社経営の見直しと整備〈熱海後楽園整備計画〉〈上越後楽園整備計画〉 p191
第5章 「攻めの経営」の幕開け p195
1. 果敢なチャレンジ精神を掲げて p195
保坂誠の社長就任 p195
「中期経営計画」を策定 p195
人事・組織面の見直し p195
2. 財務体質の強化 p198
ドイツマルク建転換社債の発行と時価発行増資 p198
株式会社後楽園ファイナンスの設立 p198
3. 本社地区再開発を推進 p200
健康産業への進出 p200
遊園地に大型機種を導入 p200
都心型パーク活性化に全力投球 p200
野球場部門の伸長と設備更新 p200
世紀の祭典 p200
都民の貴重なレジャーゾーンとして p200
4. エリア外市場開拓戦略 p210
レジャー&スポーツ事業の展開 p210
流通事業部門のめざましいチェーン展開 p210
ビル賃貸事業の拡大 p210
5. 職務合理化の徹底と新人事制度 p215
業務のコンピュータ化 p215
新管理会計制度の導入 p215
新人事制度の導入 p215
6. 昭和60年代への展望を開くために p218
変革の時代に対処する p218
企業イメージ向上戦略 p218
明日の後楽園づくりをめざして p218
第6章 後楽園ルネサンス p223
1. 事業のイノベーションを断行 p223
新時代への挑戦 p223
ますます業態拡大をめざす-創立50周年 p223
“天の時”を得て p223
財務戦略-積極的事業展開に対応 p223
2. 東京ドームの建設 p226
東京ドームの起工 p226
工事の進行 p226
ドーム竣工に向けて p226
後楽園野球場の解体 p226
3. ホテル事業への本格的進出 p231
シティホテルのチェーン展開をめざす p231
大阪後楽園ホテルのオープン p231
札幌後楽園ホテル-シティホテル第2号店 p231
4. レジャー事業の全国展開 p234
各地に複合型総合スポーツクラブ出店 p234
TPC馬頭後楽園ゴルフコース&ホテルの建設 p234
城島高原(西日本レジャー開発株式会社)買収 p234
西日本後楽園 p234
5. 物販部門の拡大・発展 p238
ショップインの新展開 p238
ストア調布の移転新設 p238
飲食部門におけるシステム店舗の開発 p238
6. ニューメディア事業への参入 p241
「キャプテン」への情報提供に参加 p241
文京ケーブルネットワーク(BCN)の設立 p241
7. 後楽園ルネサンスの実現 p243
東京ドームの完成 p243
ドーム人気の高まり p243
ドーム野球の開幕と皇太子ご一家のご観戦 p243
「後楽園プラザ計画」実施へ〈人工地盤広場〉〈多目的ホール〉〈屋内遊園地〉〈駐車場〉 p243
新しい半世紀に向けて p243
私と後楽園 2 p253
千葉茂 p253
寺内大吉 p253
東保秀喜 p253
徳光和夫 p253
長島茂雄 p253
ハナ肇 p253
浜口庫之助 p253
林由郎 p253
はらたいら p253
福原美和 p253
藤田元司 p253
マッハ文朱 p253
丸岡泰作 p253
MIE p253
水野智之 p253
後口絵 p269
後楽園事業所ガイド p269
TOKYO DOME “BIG EGG” p285
わが国初めての屋根付き球場東京ドーム“BIG EGG” p323
-アメリカドームとの比較- p323
〔東京ドーム〕の誕生まで p323
屋根の構造とその強度 p323
屋根の形はスーパー(超)楕円 p323
ビジネスとしてのドーム p323
-東京ドームの新テクノロジー- p323
多目的スペースとして p323
最先端防災システムで完璧な安全を p323
-東京ドームのインパクト- p323
トレンド p323
成果 p323
資料 p333
会社概要 p333
定款 p334
役員 p336
歴代役員任期一覧 p340
歴代社長 p344
現行組織図 p350
事業所一覧 p352
資本金の推移 p354
売上高・利益金の推移 p356
株価・配当金の推移 p358
株主の分布状況 p360
従業員数の推移 p361
福利厚生施設 p362
関係会社一覧 p364
年表 p365
プロ野球前史 p365
当社 p365
プロ野球一般スポーツ p365
時事 p365
後楽園MVP賞 p365
あとがき 巻末
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