日本石油(株)『日本石油史』(1917.05)

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目次項目 ページ
第一篇 古代の石油業 p1
緒言 p1
第一章 石油稼行の濫觴 p3
燃ゆる土燃ゆる水 p3
手掘の由来 p3
刈羽の妙法寺 p3
三島の吉水 p3
蒲原の柄目木 p3
頸城の玄藤寺 p3
石油利用の径路 p3
第二章 古代稼行の状態 p14
柄目木方面 p14
黒川方面 p14
カグマ草の事 p14
妙法寺方面 p14
玄藤寺方面 p14
運上金 p14
第三章 瓦斯石油噴出の状 p26
如法寺の瓦斯 p26
地獄谷の瓦斯 p26
柄目木の噴油 p26
雪中の火 p26
第四章 石油の名称 p35
くさうづ p35
石油の名 p35
山油の名 p35
第二篇 過渡時代の石油業 p39
緒言 p39
第一章 製油 p40
第一節 文政年間の製油 p40
中川儀右衛門の計画 p40
第二節 嘉永年間の製油 p41
蘭医喜斎の発明 p41
喜斎翁の襟懐 p41
第三節 原油蒸餾所の創設 p44
半田村の製油所 p44
製油順序の概略 p44
始めて硫酸を用ゆ p44
製油特許事件 p44
第四節 明治初年の製油 p47
石坂周造氏の製油 p47
製油法の進歩 p47
第五節 製油普及の苦心並相場 p50
越後方面 p50
信州方面 p50
灯油の値談及運賃 p50
第六節 灯台油製造の先駆 p54
田代虎二郎氏 p54
始めて灯台油を製す p54
新潟に於ける製油 p54
日本精製石油会社 p54
第七節 外国石油の輸入 p56
外油輸入の嚆矢 p56
輸入石油の種類 p56
銀相場との関係 p56
明治初年の小売値段 p56
一種の投機 p56
品の等級と口銭 p56
第二章 地質調査及海外視察 p61
第一節 旧幕時代の地質調査 p62
越後の油脈 p62
第二節 明治初年の地質調査 p63
大隈伯の懐旧談 p63
久須美家の記録 p63
ヘボン博士の指導 p63
第三節 ライマン氏の調査 p69
ライマン氏の経歴 p69
北海道地質調査 p69
ライマン氏の逸事 p69
信越油田調査 p69
第四節 大島圭介氏の海外視察 p75
山油篇 p75
第三章 鑿井 p76
第一節 文久年間の黒川試掘 p76
蒲原の素封平野氏 p76
米人シンクロートン氏 p76
黒船を購ひ外人を聘す p76
成功したる異人井 p76
第二節 明治初年の信越試掘 p80
石坂周造氏の経歴 p80
指を石油に染む p80
長野石炭油会社 p80
機械鑿井の濫觴 p80
信州試掘の失敗 p80
技師と訴訟して敗る p80
尼瀬に於け[於ける]事業 p80
石坂氏失敗の原因 p80
第三節 明治十年前後の事業 p92
滝沢安之助氏の経歴 p92
愛国石油鑿井会社 p92
櫓の模型を天覧に供す p92
送油鉄管の嚆矢 p92
滝沢氏事業の失敗 p92
第四節 工部省の赤田村試掘 p96
内国製の鑿井機械 p96
結果を見ずして廃す p96
政府試掘の動機 p96
第五節 塩谷鉱業禁止事件 p98
中野貫一氏の事業 p98
塩谷坑業禁止さる p98
中野氏抗告す p98
禁止事件の裏面 p98
第三篇 現代の石油業 p102
緒言 p102
明治二十一年 p104
本邦石油業概観 p104
産額及産地 p104
稼行の概況 p104
明治二十一年以前の尼瀬油田 p107
尼瀬の地 p107
加藤の浜井戸 p107
北陽舎の組織 p107
新会社起る p107
日本石油株式会社創立 p112
殖産協会 p112
内藤氏発起の動機 p112
会社設立に決す p112
蝙蝠商標の由来 p112
本社の設置 p112
岸宇吉氏との関係 p112
創立当時の事業 p112
東山油田の開発 p120
明治初年の試掘 p120
小坂氏等の試掘 p120
石動油坑会社 p120
山本油坑会社 p120
明治二十二年 p122
尼瀬に於ける手掘の全盛 p122
尼瀬の殷賑 p122
勅使並宮殿下視察 p122
山口権三郎氏の欧米視察 p123
米国油田視察 p123
山口氏の略歴 p123
明治二十三年 p126
日本石油会社の機械鑿井 p126
機械尼瀬に着す p126
福田泉追掘 p126
広瀬氏の略歴 p126
東山の勃興と長岡の活気 p134
東山の手掘 p134
株式の売買 p134
明治二十四年 p135
組合の勃興及び用達会社 p135
妙法寺の共同井 p135
共同井組合 p135
ロハ組合 p135
鉱業用達会社 p135
石油株の売買及女仲買 p138
株券売買の目的 p138
女仲買の特長 p138
女仲買の沿革 p138
明治二十五年 p141
日本石油会社の事業と其影響 p141
機械鑿井漸く行はる p141
石坂氏と尼瀬 p141
内地製の鑿井機械 p141
東京会社の組織と其噴面 p143
大隈伯の発企 p143
大隈伯の談話 p143
二百石の噴油 p143
東山長岡間長距離鉄管敷設 p147
初期の送油機関 p147
鉄管の必要迫る p147
長岡鉄管会社 p147
越後製油会社設立 p149
小規模の製油 p149
製油の粗雑 p149
製油専門の会社 p149
明治二十六年 p151
宝田石油株式会社の創立 p151
創立 p151
合同 p151
大平会社加坪手掘の噴油 p152
手掘井の椿事 p152
噴出と株の騰貴 p152
東山の殷賑 p152
三号井の後始末 p152
日本石油会社と技術研究 p155
ハース技師招聘 p155
製油技術の研究 p155
液体燃料使用の嚆矢 p156
重油を放棄す p156
重油燃焼の嚆矢 p156
スタンダード販売機関を設く p158
ス社支店設置 p158
主なる商舘 p158
ス社販売方法 p158
明治二十七年 p161
諸会社の興廃 p161
蔵王会社の組織 p161
油坑会社の解散 p161
東山に於ける機械掘と鉄管線 p162
機械掘の濫觴 p162
機械鑿井の結果 p162
東山長岡間鉄管線 p162
宮川の開掘と尼瀬の全盛 p165
宮川後谷の手掘 p165
日本会社の機械掘 p165
尼瀬の殷盛 p165
明治二十八年 p167
新潟鉄工所の創設 p167
日本会社の新計画 p167
新潟鉄工場の沿革 p167
東山の活気と鉱業会創立 p168
東山の産油量 p168
長岡鉱業会設立 p168
明治二十九年 p169
日本石油会社の長嶺開拓 p169
近藤彦七氏と長嶺 p169
日本会社の軽便掘 p169
新津小口方面の開発 p171
鷲田氏の事業 p171
小口開発の苦心 p171
明治三十年 p172
石油会社の数及株式の相場 p172
会社数と資本額 p172
株式の暴落 p172
内藤三島両氏の海外視察 p173
米国油業調査 p173
調査報告概要 p173
彼我対照意見 p173
事業改良意見 p173
明治三十一年 p179
西山の勃興と東山の状態 p179
注目西山に集る p179
長嶺組合噴油井 p179
鎌田の開発 p179
東山方面 p179
七日市鳥越油田の開発 p182
小木の城山脈 p182
米山会社の開掘 p182
其後の稼行者 p182
新設備及び新方法 p183
米露視察の賜 p183
ワヤー使用の嚆矢 p183
ポンピング使用 p183
鉄油槽の新設 p183
北越鉄道の全通と石油業 p185
県外輸送の便 p185
全通前の不便 p185
浅野石油部越後に入る p187
浅野の販売法 p187
越後油に着目す p187
製油洗滌用粘土の発見 p189
蒲原の白粘土 p189
用途及産地 p189
明治三十二年 p191
西山の発展及び其影響 p191
鎌田の噴油 p191
蔵王会社と鎌田 p191
送油鉄管の延長 p191
タンクカーの嚆矢 p191
刈羽鉱業組合の組織 p191
盛況の一斑 p191
日本石油会社の熊沢噴油 p196
粗朶山試掘 p196
新津最初の噴油 p196
日本石油会社の発展 p197
柏崎製油所新築 p197
本社を柏崎に移す p197
十二週年祝賀会 p197
東京販売店の設置 p197
会社の併合及新設 p205
宝田会社の膨脹 p205
日宝会社起る p205
始めて関税を課す p206
関税の沿革 p206
石油輸入税率 p206
明治三十三年 p208
各地油田の状況 p208
西山油田 p208
北野の噴油 p208
送油鉄管線 p208
外人越後油田に着目す p215
西山の名喧伝す p215
スタンダード会社 p215
サミユルサミユル商会 p215
イントル石油会社の設立 p217
設立の動機 p217
太平石油会社 p217
着々準備整ふ p217
イントル創立 p217
イントル北海道に着手す p221
北海道油業の沿革 p221
イントルの着手 p221
北海道の鉱業熱 p221
ボルネオ油、露油に代はる p224
露油輸入の断絶 p224
サミユル及ライジングサン p224
シエル会社 p224
ボルネオ油初輸入 p224
製油所濫設と其結果 p227
柏崎に製油所濫設 p227
根柢なき計画 p227
一大淘汰行はる p227
製品改善と販売設備 p231
米露両油の分布 p231
越後油世に現はる p231
倉田氏の功績 p231
日石販売機関 p231
株式会社長岡製油所 p231
海外調査と機関雑誌 p235
笹村氏の海外視察 p235
日本鉱業協会 p235
『日本の石油』生る p235
明治三十四年 p237
各油田の状況 p237
西山油田 p237
刈羽三島試掘地 p237
尼瀬油田 p237
東山油田 p237
新津油田 p237
頸城油田 p237
石油会社及び組合合同の議 p246
大隈伯の鼓吹 p246
合同談行悩 p246
宝田の合同成功 p246
製油技術及販売設備 p250
イントルの刺戟 p250
製油の検定 p250
製油技術の研究 p250
高野新一氏帰る p250
チヤイルズ氏来る p250
隅田川油槽所 p250
蝙蝠油と東京市場 p250
政府の施設 p256
試掘課税案 p256
石油輸入税引上 p256
明治三十五年 p258
東宮殿下の石油地行啓 p258
日本石油会社へ行啓 p258
宝田石油に行啓 p258
宝田会社の合同策成る p261
三十会社を買収す p261
宝扇商会成立 p261
蔵王会社売却問題 p264
蔵王の成績及実力 p264
宝田と合同の議 p264
宝田の蔵王評価 p264
宝田と合同の困難 p264
イントルに売却す p264
除名問題起る p264
膨脹及新興の会社組合 p268
日本会社の発展 p268
小組合の新興 p268
会社数及資本 p268
新津油田の勃興 p270
小口朝日の開発 p270
日産及深度 p270
同業組合の組織 p270
新津稼行の特色 p270
頸城油田の中心移る p273
頸城油田概況 p273
中心原に移る p273
東西両油田の状況 p278
西山二層好望 p278
東山の区域拡張 p278
新出油地及び試掘地 p279
鉢崎油田 p279
小千谷油田 p279
新方面試掘 p279
ロータリー鑿井の嚆矢 p283
小黒須に試用 p283
朝日に試用 p283
明治三十六年 p285
新津鉱業の発展 p285
新津の殷賑 p285
発展の第一因 p285
発展の第二因 p285
発展の第三因 p285
発展の第四因 p285
金津の事業 p285
小千谷の出油と南魚沼の鉱業熱 p291
小千谷の競掘 p291
東源の山谷 p291
南魚沼の企業熱 p291
東西二油田の消長 p293
尼瀬の衰頽 p293
長嶺二層の出油 p293
東山近傍の試掘 p293
越後各郡に亘る試掘 p295
頸城方面 p295
刈羽方面 p295
古志三島 p295
蒲原岩船 p295
遠州に於ける石油業稼行 p299
遠州油田の位置 p299
発見の由来 p299
石坂氏の稼行 p299
日本石油の着手 p299
北海道における石油業稼行 p302
初期の試掘 p302
最初の出油 p302
五の沢の噴油 p302
稼行上に於ける新計画 p306
鑿井の受負 p306
瓦斯機関使用 p306
爆発薬使用 p306
イントルの水圧掘 p306
ワヤーを掘綱に使用す p306
市況及び輸入税引上 p309
灯油の騰貴 p309
重油の昂騰 p309
ス社の販売法変更 p309
ス社のバラ輸人 p309
無鑵輸入税引上 p309
露油に対する反感 p309
宝田社長等の欧米視察 p313
明治三十七年 p314
宝田会社の第二次合同 p314
合同の好機 p314
被買収会社 p314
国油共同販売所起る p315
共同販売の動機 p315
組織及役員 p315
国油共同と世論 p315
内藤久寛氏再度の渡米 p318
行程及報告書 p318
視察の概要 p318
日露戦役の影響及商況 p323
日露戦役の影響石油市況 p323
明治三十八年 p325
碓氷峠に送油鉄管の敷設 p325
碓氷牽引力の不足 p325
政府事業として敷設す p325
西山深層の探掘及瓦斯の長距離使用 p326
西山の概況 p326
長嶺の二層出油 p326
鎌田の二層出油 p326
伊毛深掘の計画 p326
瓦斯の長距離引用 p326
新油田勝見の出油 p329
イントルの新掘成功 p329
勝見鑿井の沿革 p329
郷津に於ける最初の出油 p330
片田日本の共同井 p330
郷津鑿井の沿革 p330
南北石油会社の創立 p331
発起人及資本金 p331
最初の事業 p331
波瀾多かりし石油市場 p333
戦争の影響 p333
露国油田の潰滅 p333
明治三十九年 p335
大口瓦斯井の成功 p335
高野毅氏の事業 p335
瓦斯採収の嚆矢 p335
日本石油会社渡辺常務の隠退 p337
日本石油と渡辺氏 p337
渡辺氏の略歴 p337
日露戦役後の金融と石油事業 p340
株式の暴騰 p340
日本石油の増資 p340
宝田の第三次買収 p340
小組合の簇出 p340
製油の販売市況 p344
米油と英露油の対抗 p344
内油の声価揚る p344
国油の分離と市況 p344
明治四十年 p347
日本石油会社のイントル買収 p347
買収の径路 p347
主なる財産 p347
買収と世論 p347
カーター氏とダン氏 p347
コツプマン氏 p347
イントル社員の廉潔 p347
内国二大石油会社の発展 p359
日本会社の増資 p359
宝田の第四次合同 p359
日本会社の事業天聴に達す p362
写真及統計表献上 p362
松方侯の視察 p362
明治四十一年 p363
原油輸入税問題 p363
三十九年の改率 p363
問題起る p363
引上派の主張 p363
輸入派の主張 p363
両派鎬を削つて戦ふ p363
遂に決す p363
問題の基因 p363
宮川油田の大噴油 p382
大噴油前の宮川 p382
日本会社の深掘 p382
宮川後谷の盛況 p382
日本会社の秋田着手及其沿革 p384
大縄柿岡氏等の事業 p384
調査会及其他の事業 p384
日本会社の着手 p384
秋田に於ける製油所 p384
台湾の石油業及日本会社の着手 p388
清国時代の試掘 p388
邦人最初の試掘 p388
南北会社の着手 p388
日本会社の着手 p388
総督府の督励 p388
外国原油製造所の消長 p391
ラ社の西戸崎製油所 p391
宝田南北の合併 p391
明治四十二年 p393
石油業者に緑綬褒賞[章]下賜 p393
内藤氏の名誉 p393
其後の受賞者 p393
宝田石油会社の改革 p396
信用殷損事件 p396
松原重栄氏の入社 p396
重役間の紛争 p396
伊毛の大瓦斯及秋田の噴油 p399
伊毛五十五号井 p399
秋田旭川の噴油 p399
明治四十三年 p401
石油販売戦 p401
戦前の協定 p401
協定の概要 p401
石油戦開かる p401
戦争の影響及休戦 p401
シエル、ダツチ合同会社 p401
シエルダッチとス社 p401
開戦の動機 p401
新津油田柄目木滝谷の噴油 p410
柄目木の地 p410
噴油の状況 p410
柄目木の殷賑 p410
七日市取越発展と鉄管敷設 p414
坑井俄に増加す p414
日本豊礦両社の鉄管線 p414
隣邦支那油田の調査 p415
支那油田との交渉 p415
大塚博士一行の渡清 p415
渋沢男の石油地視察 p418
新潟鉄工所独立す p421
明治四十四年 p422
内国二大石油合併談 p422
合併談の可否 p422
後藤男の斡旋 p422
伊毛に於ける深掘成功 p425
伊毛の鉱区 p425
日本会社の深掘 p425
日本会社の北海道油田買収 p428
インターの事業 p428
北海道油田概況 p428
明治四十五(大正元)年 p429
ロータリー輸入と油界の新紀元 p429
油界衰頽の傾向 p429
伊藤渡辺両技師渡米 p429
ロータリーの輸入 p429
外人技術家傭聘 p429
鑿井技術の革新 p429
滝谷入和田油田の新興 p433
滝谷の鉱区 p433
成功井続出 p433
日本石油会社の発展 p435
二千万円に増資 p435
技師三名の渡米 p435
伊毛鎌田に良井現はる p438
伊毛七十二号井噴油 p438
鎌田の大瓦斯井 p438
北海道製油所創始及鉄管敷設 p440
軽川駅に新設 p440
送油鉄管線 p440
大正二年 p441
大隈伯の越後石油地視察 p441
西山油田視察 p441
柏崎製油所視察 p441
西山の発展と新津小口の噴油 p444
ロータリーの効力現はる p444
越後鉄道の全通と西山 p444
滝谷入和田に良井続出 p444
宝田会社小口成功す p444
日本石油会社の努力 p448
海外石油業の調査 p448
製品過剰と協定破裂 p448
大正三年 p450
秋田県黒川五号井の大噴油 p450
滝となりて奔流す p450
黒川油田沿革 p450
五号井掘進工程 p450
日産一万余石 p450
応急設備 p450
噴出を制限す p450
黒川土崎送油設備 p450
日石株式の暴騰 p450
液体燃料の増加 p450
関税問題に照応す p450
大噴油奏聞 p450
日本石油会社の活動及発展 p469
大正博覧会出品 p469
特約販売者招待会 p469
本社を東京に移す p469
ガソリンプラント p469
石蝋製造開始 p469
油槽船及油槽車 p469
大正四年 p473
伏見若宮殿下北白川宮殿下の秋田御視察 p473
伏見若宮殿下 p473
北白川宮殿下 p473
日本鉱業会団体の越後石油地視察 p474
視察及講演 p474
一行の姓名 p474
日石秋田方面に多事 p476
五号井後の良井 p476
製油所拡張 p476
連続蒸餾法採用 p476
波瀾多かりし宝田石油会社 p478
池田氏去り福島氏入る p478
長岡鉄工所の隠匿事件 p478
余波宝田に及ぶ p478
二千万円に増資 p478
山田又七氏去る p478
橋本圭三郎氏社長に就任す p478
大正五年 p481
日石新油田大面の噴油 p481
地勢及沿革 p481
二号井噴油 p481
秋田に於ける新出油地 p483
槻の木方面 p483
浦山方面 p483
朝香宮殿下及久邇宮殿下の石油地御視察 p485
朝香宮殿下 p485
久邇宮殿下 p485
資産家指を石油に染む p486
油界の新趨勢 p486
久原鉱業 p486
高田商会 p486
新石油会社続々起る p488
秋田石油工業会社 p488
大日本石油工業会社 p488
其他の計画 p488
欧洲戦争の影響を受けて油価昇騰す p491
日本宝田の両者奮励す p491
化学研究所 p491
技師遣外 p491
日石教習生養成 p491
各地試掘 p491
現代石油業(追加) p493
大面四号井の大噴油 p493
四号井工程 p493
越後空前の大噴油 p493
日産五千石以上 p493
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