第一生命保険(相)『第一生命百年史』(2004.03)

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月日 事項 年表種別
慶応元年(1865) 12月2日 矢野恒太生誕 当社事項
明治22年(1889) 12月25日 矢野恒太、第三高等中学校医学部を卒業 当社事項
明治23年(1890) 1月4日 矢野恒太、日本生命に入社 当社事項
明治25年(1892) 12月31日 矢野恒太、日本生命を退社 当社事項
明治26年(1893) 3月18日 矢野恒太、『新案生命保険規則』を刊行 当社事項
7月 矢野恒太、論文「本邦生命保険事業の欠点」を『東京経済雑誌』に発表(~同年10月) 当社事項
8月3日 矢野恒太、論文「相互生命保険会社」を『日本商業雑誌』に発表 当社事項
11月30日 矢野恒太、『非射利主義生命保険会社の設立を望む』を自費出版 当社事項
- 矢野恒太、生命表「矢野氏第1表」を作成(明治27年2月発表) 当社事項
明治27年(1894) 4月 矢野恒太、共済生命保険合資会社支配役に就任 当社事項
明治28年(1895) 5月16日 矢野恒太、生命保険事業研究のため渡欧 当社事項
9月2日 矢野恒太、第1回国際アクチュアリー会議(ブリュッセル)に出席 当社事項
12月 矢野恒太、この月から約1年間、ドイツのゴータ生命で実務を学びながら保険について研究 当社事項
明治30年(1897) 3月15日 矢野恒太、イギリス・アメリカ両国を経て帰国 当社事項
明治31年(1898) 6月 矢野恒太、共済生命を退社し農商務省に入省、保険業法の起草に当たる 当社事項
10月21日 矢野恒太、法典調査会起草委員補助を命じられる 当社事項
明治32年(1899) 3月24日 矢野恒太、法典調査会補助委員を命じられる 当社事項
10月30日 日本アクチュアリー会創立(矢野恒太、幹事となる) 業界・一般事項
明治33年(1900) 2月3日 矢野恒太、保険事務官に就任 当社事項
5月21日 矢野恒太、農商務省商工局初代保険課長に就任 当社事項
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