(株)岩波書店『岩波書店八十年』(1996.12)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
大正4年(1915) - 【渋沢栄一】帝国蚕糸株式会社相談役。渋沢同族株式会社設立、社長は敬三。パナマ・太平洋万国博覧会視察のため渡米。ウイルソン大統領と会見。〔75歳〕【渋沢敬三】渋沢同族株式会社設立、同社長就任。 渋沢関係略年譜
5月5日 東京図書出版協会、初めて《図書分類目録》を発行(10万5000部作製)。 出版界
5月7日 日本、中国に最後通牒、25日、日華21ヵ条条約調印、中国各地で排日運動激化。 内外事情
5月20日 三浦環、ロンドンで〈蝶々夫人〉を初公演し、大好評。 内外事情
6月3日 東京図書出版協会、〈書籍カード〉発行についての調査委員会を新設。 出版界
6月18日 阿部次郎《第弐 三太郎の日記》刊―8月までに3版を出す。初版は1000部。再版以後1版は各500部であった。当時の出版界の慣習は1版を大体500部とした。 岩波書店
6月19日 友愛会会長鈴木文治ら、排日運動緩和の目的でアメリカ労働者大会参列のため渡米。 内外事情
6月21日 染料医薬品製造奨励法公布、11月15日施行。 内外事情
6月27日 大浦兼武内相の議員買収事件発覚。 内外事情
7月30日 大隈内閣総辞職、8月10日、内閣を改造して留任。 内外事情
8月18日 第1回全国中等学校野球大会、大阪豊中球場で開かる。 内外事情
9月1日 堺利彦・高畠素之ら、前年1月創刊の《へちまの花》に代えて《新社会》を創刊。 内外事情
9月5日 スイスのチンメルワルトで社会主義者の反戦国際大会開かる。 内外事情
9月15日 内務・文部両大臣、青年団の指導・統制につき訓令。 内外事情
9月25日 東京帝大教授山極勝三郎、皮膚ガンの人工発生成功を発表。 内外事情
10月1日 発行図書の奥付に“本店の出版物はすべて定価販売御実行被下度候”と印刷した。これは全国の書店が多くはまだ割引販売をしていたためである。 岩波書店
10月1日 大杉栄・荒畑寒村ら《近代思想》を再刊、2~4号発禁で廃刊。 内外事情
10月3日 《哲学叢書》刊行開始―全12冊。編者:阿部次郎・上野直昭・安倍能成。第1次世界大戦の社会・経済的影響や西欧思潮の無秩序な流入による当時の思想界の混乱は、わが国における哲学の貧困を示すものである、との考えから岩波茂雄は、日本人の哲学的思索の確立に資するため、哲学の知識の普及を思いたち、この叢書を刊行することになった。この叢書は学生層に広く浸透し、爾後岩波書店は哲学書の出版社として存在を認められるに至った。編者は岩波茂雄の友人であり、著者も大部分は岩波と交友関係にあった。これらの友人は、この叢書の発刊にあたって売行きを危ぶんだが、発行者の岩波は700部あるいは1000部を印刷すると称して、非常に積極的であったという。(全巻予約直接申込者800名)売れ行きの最も多かったものは速水滉《論理学》(1916.4.10刊)で大正末(1926)までに7万5000部、1963年3月までに16万6800部、高橋穣《心理学》(1917.7.10刊)大正末までに4万3000部。1949年4月までに10万1300部発行。(1917.8.25完結)。 岩波書店
10月8日 冨山房《大日本国語辞典》(上田万年・松井簡治編、全5巻)刊行開始。 出版界
10月10日 大阪朝日新聞、夕刊を発行、大阪毎日新聞・万朝報もこれにならい、日本の新聞発達史に一紀元を画す。 出版界
10月19日 日本、英・仏・露のロンドン宣言に加入し、戦後の権益につき秘密協定。 内外事情
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