(株)読売新聞社『読売新聞発展史』(1987.11)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治39年(1906) - 【渋沢栄一】大日本麦酒株式会社設立、取締役。南満州鉄道株式会社設立委員。京阪電気鉄道会社創立・創立委員長(後に相談役)。大日本製糖株式会社設立、相談役。名古屋電力株式会社創立・相談役。東海倉庫株式会社創立・相談役。明治製糖創立・相談役。〔66歳〕 渋沢関係略年譜
2月24日 日本社会党第1回大会 一般マスコミ
10月2日 「運動界」欄を新設。スポーツ欄のはじめ 本社
明治40年(1907) - 【渋沢栄一】帝国劇場会社創立・取締役会長。品川白煉瓦株式会社相談役。日清汽船株式会社創立、取締役。日本皮革株式会社創立、相談役。合資会社沖商会有限責任社員・監査役。帝国製麻株式会社創立、相談役。東明火災海上保険株式会社創立、取締役。〔67歳〕 渋沢関係略年譜
4月5日 芝紅葉館で全国新聞記者大会 一般マスコミ
9月1日 3面記事で漢字制限 本社
明治41年(1908) - 【渋沢栄一】日韓瓦斯株式会社創立、取締役会長。帝国商業銀行相談役。東洋拓殖株式会社設立委員。木曾興業株式会社創立、相談役。アメリカ太平洋沿岸商業会議所代表委員一行を飛鳥山邸(曖依村荘)に招待。〔68歳〕 渋沢関係略年譜
9月1日 株式相場欄を1ページとする 本社
9月1日 大阪・東京朝日の両社合併 一般マスコミ
10月2日 「殺伐で忌むべき記事」追放を社告 本社
明治42年(1909) - 【渋沢栄一】古稀に際し多くの企業・団体の役員を辞任。渡米実業団を組織し団長として渡米。タフト大統領と会見。〔69歳〕【竜門社】組織を変更し、社則を改正。青淵先生の道徳経済合一説を広め実践する団体に性格を変える。 渋沢関係略年譜
3月13日 社屋の新改築記念号を3日連続発行。(4.17日比谷公園で大園遊会) 本社
4月11日 永井荷風、「ふらんす物語の発売禁止」を寄稿 本社
5月6日 新聞紙条例を廃止し、新聞紙法公布(発売頒布禁止の行政処分が復活) 一般マスコミ
10月26日 伊藤博文、ハルビン駅頭で暗殺 一般マスコミ
明治43年(1910) - 【渋沢栄一】政府諮問機関の生産調査会創立・副会長。社団法人東京銀行集会所会長。〔70歳〕【竜門社】青淵先生の七十寿祝賀会を開催する。 渋沢関係略年譜
3月20日 高柳豊三郎、第3代社長に就任 本社
8月22日 韓国併合の日韓条約調印 一般マスコミ
9月6日 「なかだち」を「読売案内」と改称 本社
11月29日 白瀬中尉ら南極探検隊出帆 一般マスコミ
明治44年(1911) - 【渋沢栄一】日露協会評議員。維新史料編纂会委員。財団法人済生会設立、顧問・評議員。勲一等に叙され瑞宝章を授与される。〔71歳〕 渋沢関係略年譜
1月18日 大審院、幸徳秋水ら大逆事件被告24人に死刑判決 一般マスコミ
1月19日 論説「南北朝対立問題(国定教科書の失態)」南北朝正閏論争の口火 本社
3月1日 「大阪毎日」、「東京日日」と合併 一般マスコミ
9月16日 朝日の野球害毒論に反撃 本社
明治45年(1912) - 【渋沢栄一】日本鋼管株式会社発起人。日仏銀行相談役。帰一協会創立・幹事。ニューヨーク日本協会協賛会創立・名誉委員長。〔72歳〕 渋沢関係略年譜
3月1日 本野英吉郎、第4代社長に就任 本社
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