(株)八木商店『創業80年史』(1972.10)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治36年(1903) - 【渋沢栄一】東宮御慶事奉祝会副会長・会計監督。インフルエンザ罹患、喘息を併発。京釜鉄道株式会社理事。〔63歳〕 渋沢関係略年譜
- 創業10周年記念式典を坐摩神社にて行なう 会社事項
明治37年(1904) - 【渋沢栄一】風邪をこじらせ長期に静養。韓国興業株式会社設立、監督。〔64歳〕 渋沢関係略年譜
2月 日露戦争勃発 社会の動き
明治38年(1905) - 【渋沢栄一】韓国皇帝より勲一等太極章。移転した養育院感化部井之頭学校と改称、開校式。〔65歳〕 渋沢関係略年譜
9月 日露講和条約締結、南樺太日本に帰属 社会の動き
- 八木与三郎、高田勝吉、八木重兵衛等と朝鮮商業視察 会社事項
- 仁川に出張所を開設 会社事項
- 下村、愛媛紡績所を引受ける 会社事項
明治39年(1906) - 【渋沢栄一】大日本麦酒株式会社設立、取締役。南満州鉄道株式会社設立委員。京阪電気鉄道会社創立・創立委員長(後に相談役)。大日本製糖株式会社設立、相談役。名古屋電力株式会社創立・相談役。東海倉庫株式会社創立・相談役。明治製糖創立・相談役。〔66歳〕 渋沢関係略年譜
1月 資本金20万円に増資 会社事項
- 栄製織所を設立 会社事項
明治40年(1907) - 【渋沢栄一】帝国劇場会社創立・創立委員長(後に取締役会長)。品川白煉瓦株式会社相談役。日清汽船株式会社創立、取締役。日本皮革株式会社創立、相談役。合資会社沖商会有限責任社員・監査役。帝国製麻株式会社創立、相談役。東明火災海上保険株式会社創立、取締役。〔67歳〕 渋沢関係略年譜
1月 恐慌勃発、株式市場暴落 社会の動き
2月 恐慌深刻化 社会の動き
- 鐘紡および著名紡績会社の特約店となる 会社事項
明治41年(1908) - 【渋沢栄一】日韓瓦斯株式会社創立、取締役会長。帝国商業銀行相談役。東洋拓殖株式会社設立委員。木曾興業株式会社創立、相談役。アメリカ太平洋沿岸実業家一行招待。〔68歳〕 渋沢関係略年譜
- 綿布売買を兼営 会社事項
- 舞子に別荘新築 会社事項
明治42年(1909) - 【渋沢栄一】多くの企業・団体の役員を辞任。渡米実業団を組織し団長として渡米。タフト大統領と会見。〔69歳〕【竜門社】組織を変更し、社則を改正。青淵先生の道徳経済合一説を広め実践する団体に性格を変える。 渋沢関係略年譜
- 愛媛紡績株式会社取締役に八木与三郎就任 会社事項
- 京都修学院山端に別荘“騎牛庵”を新築 会社事項
明治44年(1911) - 【渋沢栄一】日露協会評議員。維新史料編纂会委員。財団法人済生会設立、顧問・評議員。勲一等に叙し瑞宝章を授与される。〔71歳〕 渋沢関係略年譜
- 有志とともに株式会社近松座を設立 会社事項
大正元年(1912) - 【渋沢栄一】日本鋼管株式会社発起人。日仏銀行相談役。ニューヨーク日本協会協賛会創立・名誉委員長。帰一協会成立。〔72歳〕 渋沢関係略年譜
7月 明治天皇崩御、皇太子嘉仁親王践祚、大正と改元 社会の動き
1912年 - 【渋沢栄一】日本鋼管株式会社発起人。日仏銀行相談役。ニューヨーク日本協会協賛会創立・名誉委員長。帰一協会成立。〔72歳〕 渋沢関係略年譜
- 東成土地建物株式会社、浪速紡織株式会社(栄製織所改組)設立と共に八木与三郎社長に就任 会社事項
- 天津大倉組と提携、出張員を派遣 会社事項
- 綿糸布直接輸出を開始 会社事項
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