大日本製薬(株)『大日本製薬六十年史』(1957.05)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
昭和25年(1950) - 【渋沢敬三】ユニバーサル広告社社員(~1951年)。 渋沢関係略年譜
7月25日 定時株主総会 監査役伊藤英三、辞任 細川忠之、取締役に選任 関口慶三、監査役に選任 当社六十年の歩み
9月15日 研究部東京分室閉鎖 当社六十年の歩み
10月1日 志村の東京第二工場を東京工場と改称し、谷中の東京第一工場を東京工場分工場と改称 当社六十年の歩み
昭和26年(1951) - 【竜門社】文部省史料館に日本実業史博物館準備室資料を寄託する。機関誌『青淵』を渋沢青淵記念財団竜門社から発刊する。【渋沢敬三】追放解除。 渋沢関係略年譜
3月 第六改正日本薬局方公布 内外事情
4月16日 臨時株主総会・資本金を六千万円増加して、新資本金を一億円とする。 当社六十年の歩み
4月 マツカーサー元帥解任 内外事情
7月25日 定時株主総会・商法改正に伴う定款の全面的改正(授権資本制度の採用等) 当社六十年の歩み
9月 桑港で講和条約、日米安全保障条約調印 内外事情
10月11日 大阪工場の汽缶に装置した「熱交換器を附した真空式汽缶灰出装置」に対して、通産省より工業技術奨励補助金をうく。 当社六十年の歩み
昭和27年(1952) - 【渋沢敬三】貯蓄増強中央委員会会長に就任。 渋沢関係略年譜
1月25日 監査役関口慶三、辞任 当社六十年の歩み
1月25日 定時株主総会 関口慶三、取締役に選任 増田敬吾、監査役に選任 当社六十年の歩み
2月28日 米国シカゴG・Dサール社との総代理店契約交換 当社六十年の歩み
2月 日米行政協定調印 内外事情
5月1日 大阪毎日会館において、創立五十五周年記念式典並びに滝野勇前社長追悼式を挙行、滝野賞基金を創設 (東京は、五月十四日、於上野精養軒) 当社六十年の歩み
7月2日 ラジオによる広告放送開始(大阪)、 当社六十年の歩み
7月 破壊活動防止法公布 内外事情
8月1日 社内報「〓[○+P]ニュース」創刊 当社六十年の歩み
8月26日 専務取締役宮武徳次郎、欧米製薬業界視察その他の任務を帯びて、米国及び欧洲諸国へ出張 当社六十年の歩み
10月10日 東京においてラジオによる広告放送開始 当社六十年の歩み
12月19日 欧米出張中の専務取締役宮武徳次郎、帰朝 当社六十年の歩み
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