日本電池(株)『日本電池100年 : 日本電池株式会社創業100年史 : 1895-1995』(1995.11)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
1800年 - ボルタ(伊)、ボルタ電池(ボルタの電堆)を発明 業界・社会事項
1836年 - ダニエル(英)、ボルタ電池を改良し実用化(ダニエル電池) 業界・社会事項
天保10年(1839) 5月15日 初代島津源蔵誕生 当社事項
- グローブ(英)、グローブ電池を発明 業界・社会事項
安政5年(1858) - 【渋沢栄一】従妹尾高千代(ちよ、尾高惇忠の妹)と結婚。〔18歳〕 渋沢関係略年譜
- 佐久間象山、ダニエル電池を製作 業界・社会事項
万延元年(1860) - プランテ(仏)、鉛蓄電池を発明 業界・社会事項
慶応3年(1867) - 【渋沢栄一】将軍名代・徳川昭武に従ってフランスへ出立、パリ万国博覧会などを視察。〔27歳〕 渋沢関係略年譜
10月14日 大政奉還 業界・社会事項
12月9日 王政復古の大号令 業界・社会事項
- ルクランシェ(仏)、ルクランシェ電池(乾電池の母体)を発明 業界・社会事項
慶応4年(1868) - 【渋沢栄一】明治維新によりフランスより帰国、駿河国駿府(現在の静岡県静岡市)で慶喜に面会。〔28歳〕 渋沢関係略年譜
7月17日 江戸を東京とする 業界・社会事項
明治元年(1868) - 【渋沢栄一】明治維新によりフランスより帰国、駿河国駿府(現在の静岡県静岡市)で慶喜に面会。〔28歳〕 渋沢関係略年譜
9月8日 明治と改元 業界・社会事項
明治2年(1869) - 【渋沢栄一】駿府藩(後に静岡藩)に「商法会所」設立。上京。明治政府に仕え、民部省租税正となる。民部省改正掛掛長を兼ねる。湯島天神中坂下(現在の東京都文京区湯島)に居を構える。〔29歳〕 渋沢関係略年譜
2月24日 太政官を東京に移す(事実上の東京遷都) 業界・社会事項
6月17日 島津梅治郎(二代島津源蔵)誕生 当社事項
12月25日 電信事業開始(東京・横浜間) 業界・社会事項
明治3年(1870) - 【渋沢栄一】大蔵少丞となる。官営富岡製糸場設置に向けて、事務主任となる。〔30歳〕 渋沢関係略年譜
12月 京都舎密局設置 業界・社会事項
明治4年(1871) - 【渋沢栄一】大蔵省紙幣頭となる。神田小川町裏神保小路(現在の東京都千代田区神田神保町)に転居。『立会略則』刊行。〔31歳〕 渋沢関係略年譜
7月14日 廃藩置県 業界・社会事項
- メンデレフ(露)、化学元素の周期的法則を発表 業界・社会事項
明治5年(1872) - 【渋沢栄一】大蔵少輔事務取扱。抄紙会社設立出願。〔32歳〕 渋沢関係略年譜
9月12日 新橋・横浜間鉄道開業(わが国最初の鉄道) 業界・社会事項
12月3日 太陽暦実施 業界・社会事項
明治6年(1873) - 【渋沢栄一】抄紙会社創立(後に王子製紙株式会社取締役会長)。大蔵省を辞める。海運橋兜町(現在の東京都中央区日本橋兜町)に転居。第一国立銀行創立・総監役。〔33歳〕 渋沢関係略年譜
- ダビッドソン(英)、初の電気自動車製作 業界・社会事項
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