東亜建設工業(株)『百年の軌跡 : 東亜建設工業の歩み』([2007])

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治41年(1908) - 【渋沢栄一】日韓瓦斯株式会社創立、取締役会長。帝国商業銀行相談役。東洋拓殖株式会社設立委員。木曾興業株式会社創立、相談役。アメリカ太平洋沿岸実業家一行招待。〔68歳〕 渋沢関係略年譜
- 浅野総一郎、60歳にして鶴見・川崎地先の大規模埋立事業を神奈川県に出願。当社の創業
明治45年(1912) - 【渋沢栄一】日本鋼管株式会社発起人。日仏銀行相談役。ニューヨーク日本協会協賛会創立・名誉委員長。帰一協会成立。〔72歳〕 渋沢関係略年譜
3月 鶴見埋立組合設立
大正2年(1913) - 【渋沢栄一】伯剌西爾拓植株式会社創立準備委員。日本結核予防協会創立・副会頭(後に会頭)。中国興業株式会社(後の中日実業)創立、相談役。日本実業協会創立・会長。帝国飛行協会成立、評議員。〔73歳〕 渋沢関係略年譜
1月 鶴見・川崎地先埋立免許を神奈川県知事より認可される
8月 ポンプ船「第1号船」(のちの潮田丸)をイギリスより搭載機器を購入し建造
8月 鶴見・川崎地先の埋立工事着手
大正3年(1914) - 【渋沢栄一】東北九州災害救済会創立、副総裁。合資会社国際通信社設立、相談役。日中経済界の提携のため中国訪問。財団法人国産奨励会設立準備委員総代、顧問。〔74歳〕 渋沢関係略年譜
3月 鶴見埋築株式会社創立
大正4年(1915) - 【渋沢栄一】帝国蚕糸株式会社相談役。渋沢同族株式会社設立、社長は敬三。パナマ運河開通博覧会のため渡米。ウイルソン大統領と会見。〔75歳〕【渋沢敬三】渋沢同族株式会社設立、同社長就任。 渋沢関係略年譜
11月 旭硝子株式会社と埋立地7区(現神奈川県鶴見区末広町)2万5000坪の売買契約締結
大正6年(1917) - 【渋沢栄一】日米協会創立・名誉副会長。〔77歳〕 渋沢関係略年譜
7月 資本払込金に対する利息配当から、事業収益による配当に切り替え
大正8年(1919) - 【渋沢栄一】アメリカ合衆国政府より日米船鉄交換争議の仲裁人を委嘱される。協調会創立・副会長。〔79歳〕 渋沢関係略年譜
11月 株式会社東京石川島造船所と埋立地5区(現鶴見区安善町)の13万坪余売買契約締結
大正9年(1920) - 【渋沢栄一】国際聯盟協会創立・会長。日華実業協会創立、会長。子爵を授けられる。〔80歳〕【竜門社】青淵先生八十寿及び子爵へ陞爵の祝賀会を開催し、記念として青淵文庫を青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
1月 東京湾埋立株式会社設立。鶴見埋築株式会社を合併
大正10年(1921) - 【渋沢栄一】排日問題善後策を講ずるため渡米。ハーディング大統領と会見。〔81歳〕【渋沢敬三】東京帝大経済学部卒業。横浜正金銀行へ入行。 渋沢関係略年譜
9月 安田善次郎、大磯の別邸で刺殺される
大正11年(1922) - 【渋沢栄一】小畑久五郎翻訳、栄一序文『アンドルー・カーネギー自伝』冨山房より刊行。日仏協会会頭。〔82歳〕【渋沢敬三】横浜正金銀行ロンドン支店転任。 渋沢関係略年譜
11月 埋立地5区を故安田善次郎翁の功績を記念し「安善町」と登録
12月 請負工事に進出、横須賀海軍航空隊敷地埋立工事着工
大正13年(1924) - 【渋沢栄一】日仏会館開館・理事長。東京女学館・館長。〔84歳〕【竜門社】財団法人竜門社となる。 渋沢関係略年譜
7月 鶴見臨港鉄道株式会社設立
昭和2年(1927) - 【渋沢栄一】日本国際児童親善会創立・会長。日米親善人形歓迎会を主催。航空輸送会社設立準備調査委員会会長。〔87歳〕【渋沢敬三】東洋生命取締役に就任。理化学興業監査役に就任。 渋沢関係略年譜
6月 埋立認可を受けた鶴見・川崎地区の埋立事業おおむね完成
昭和5年(1930) - 【渋沢栄一】明治神宮外苑聖徳記念絵画館に壁画献納。〔90歳〕 渋沢関係略年譜
6月 ディーゼル式ポンプ船「武蔵丸」建造
11月 浅野総一郎社長死去
12月8日 浅野泰治郎社長就任(6年2月総一郎を襲名)
昭和7年(1932) - 【竜門社】第一次青淵先生伝記資料編纂事業を開始する。【渋沢敬三】第一銀行常務取締役就任。 渋沢関係略年譜
11月 請負工事部門を分離し、港湾工業株式会社を設立
昭和10年(1935) - 【渋沢敬三】日本女子大学評議員就任。 渋沢関係略年譜
7月 日本フォード会社と鶴見区末広町の土地売買契約成立
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