東京写真材料商業協同組合『東京写真材料商業協同組合100年史 : 1906-2006』(2006.05)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
大正4年(1915) - 【渋沢栄一】帝国蚕糸株式会社相談役。渋沢同族株式会社設立、社長は敬三。パナマ・太平洋万国博覧会視察のため渡米。ウイルソン大統領と会見。〔75歳〕【渋沢敬三】渋沢同族株式会社設立、同社長就任。 渋沢関係略年譜
- 天皇、京都御所で即位礼を挙行 [一般・業界]
大正5年(1916) - 【渋沢栄一】海外植民学校顧問。日米関係委員会創立・常務委員。第一銀行の頭取等を辞め実業界を引退。理化学研究所創立委員長。喜寿記念として第一銀行が玉川清和園に記念館誠之堂建設。渋沢栄一述『論語と算盤』(東亜堂書房)刊行。〔76歳〕【竜門社】青淵先生の喜寿祝賀会開催し、記念品として林泰輔編『論語年譜』を青淵先生に贈呈する。 渋沢関係略年譜
4月24日 東京と大阪の同業者の親睦と交歓を目的とした「七夕会」誕生。以後、毎年1回会合を開く。//※七夕会は後の全国写真材料商組合連合会の母体となる。 [組合]
- 中央公論社「婦人公論」を創刊 [一般・業界]
- 夏目漱石没 [一般・業界]
- アインシュタイン、一般相対性理論を定式化する [一般・業界]
- チャップリンの映画が続々上映され人気を集める [一般・業界]
- 結核が大流行し死者増加 [一般・業界]
大正6年(1917) - 【渋沢栄一】日米協会創立・名誉副会長。飛鳥山邸(曖依村荘)に晩香廬落成、喜寿の祝いに合資会社清水組より贈られる。〔77歳〕 渋沢関係略年譜
- *大戦の戦局が連合国側に有利になり、海上輸送が安全を取り戻すと、イギリスやアメリカの写真機材が多く輸入されるようになった。 [組合]
- 「主婦之友」創刊 [一般・業界]
- 日本工業倶楽部設立 [一般・業界]
- 沢田正二郎ら新国劇を結成 [一般・業界]
- 東京を中心に東日本で大暴風雨、死者1324人以上 [一般・業界]
- 尾上松之助(目玉の松ちゃん)主演映画が人気 [一般・業界]
- 浅草オペラ始まる [一般・業界]
大正7年(1918) - 【渋沢栄一】渋沢栄一著『徳川慶喜公伝』(竜門社)刊行。〔78歳〕 渋沢関係略年譜
- 北海道帝国大学設置 [一般・業界]
- 東京女子大学開校 [一般・業界]
- 尋常小学国語読本(ハナ・ハト)使用開始 [一般・業界]
- 元ロシア皇帝ニコライ2世、家族・従者とも革命派により殺害 [一般・業界]
- 日本から7万3000人のシベリア出兵で内外の批判高まる [一般・業界]
- 第1次世界大戦終結 [一般・業界]
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