日本製靴(株)『Steps : 日本製靴の歩み 1902~1989』(1990.01)

"大倉喜八郎"が書かれている年表項目はハイライトされています。

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月日 事項 年表種別
慶応3年(1867) - (この年)大倉喜八郎、銃砲店を神田和泉橋に開業。 靴の周辺
慶応4年(1868) 5月15日 上野戦争(彰義隊vs官軍)の直前、銃砲売買に関し、西村勝三、大倉喜八郎ともに引致された事件がある。 靴の周辺
1868年 - (この年)大倉喜八郎は銃砲店を日本橋十軒店に移す。 靴の周辺
明治5年(1872) 3月 大倉喜八郎、欧米商工事業視察に横浜を出帆。 靴の周辺
明治6年(1873) 10月 大倉喜八郎、欧米商工事情視察の旅から帰る。 靴の周辺
10月 大倉喜八郎、大倉組商会を設立。輸出入、用達(ようたし)、造営(土木建築)などを多角的に営む。 靴の周辺
明治7年(1874) - (この年)大倉喜八郎の大倉組商会、ロンドン支店を設置。 靴の周辺
明治9年(1876) - (この年)大倉喜八郎、朝鮮に渡航して、同国との貿易の端緒を開く。 靴の周辺
明治10年(1877) - (この年)西南戦争の官需品輸送には、大倉喜八郎、賀田金三郎、福島良助、藤田伝三郎ら、関与する。 靴の周辺
明治12年(1879) 10月 大倉喜八郎、大阪に「大倉組皮革製造所」を起こす。 靴の周辺
明治15年(1882) 3月18日 東京電灯会社の設立を渋沢栄一・大倉喜八郎らが出願。 社会・風俗
11月1日 大倉喜八郎は東京電灯会社設立発起人の1人として、銀座・大倉組の本館前に2,000燭光のアーク灯を点灯。 靴の周辺
明治21年(1888) 7月11日 大倉喜八郎らの内外用達会社の靴工場(大阪)で靴工240名が参加して初のストライキ。 靴の周辺
明治38年(1905) 11月 大倉喜八郎、満州の本渓湖炭鉱の開発に着手。 社会・風俗
大正5年(1916) 3月 大倉喜八郎、粛親王(元・清朝)に軍資金100万円を融資。 社会・風俗
大正6年(1917) 8月15日 大倉喜八郎、「大倉集古館」を開館。 社会・風俗
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