サントリー(株)『みとくんなはれ』(1969.06)

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製品 発売当初の赤玉ポートワインとサントリーウイスキー 大正末期~昭和4年(1929年) 写真、サントリー白札 p11
製品 葡萄酒の変遷(1) 昭和10年(1935年)~昭和43年(1968年) 写真(名称と発売年)、ポンパン、シャンパン、ヘルメスブランデー、ヘルメスデリカワイン、赤球生葡萄酒、赤玉ポートワイン p12
製品 ウイスキーの変遷 写真、トリス、オールド、特角、白札・ホワイト、オールド、角瓶、赤札・レッド、ヘルメス p14
製品 現在の製品一覧〔ウイスキー・ブランデー〕 写真、サントリーブランデー、トリス、レッド、セレクト、ホワイト、カスタム、ゴールド、角瓶デルクス、角瓶、オールド、ローヤル、インペリアル p16
製品 現在の製品一覧〔カクテル・リキュール・ベルモット・ワイン・スピリッツ類〕 写真 p17
製品 現在の製品一覧〔ビール・ジュース・コーラ類〕 写真 p18
製品 創業当時の製品(1) 明治44年(1911年) 写真、最初のヘルメスウイスキー p19
製品 創業当時の製品(2) 明治39年(1906年)~大正10年代 写真、向獅子純良葡萄酒(明治39年発売)、発売当時の赤玉のラベル、大正10年代の赤玉のラベル、規那鉄葡萄酒(明治41年発売)、ヘルメスウイスキーのラベルと創業期のラベル p20
製品 葡萄酒の変遷(2) 明治43年(1910年)~昭和33年(1958年) 写真、大正末期から昭和33年頃までの赤玉ポートワイン、昭和20年代のラベル、昭和30年代のラベル、発売当時のラベル(明治43年)、昭和22年発売[のラベル]、昭和30年代のヘルメスデリカワインのラベル、ヘルメスデリカ(白)のラベル(昭和10年代)、昭和27年発売当時のホワイトワインのラベル、ハワイトワイン昭和30年代のラベル、輸出用レッドライトワインのラベル、ヘルメスシャンパン(昭和10年代) p22
製品 サントリーウイスキーの変遷 昭和7年(1932年)~昭和12年(1937年) 写真、サントリーウイスキー特角(昭和7年発売)、サントリーウイスキー角瓶(昭和12年発売)、白札の変遷(昭和4年から同30年代まで)、発売当時の白札のラベル、発売当時の赤札のラベル、国内のプライベートラベル、戦前の輸出用ウイスキーのラベル p24
製品 トリスの変遷 昭和21年(1946年)~昭和43年(1968年)現在 写真、デルクストリスの変遷(昭和26年から現在)、トリスの変遷(昭和21年から現在)、トリスの贈答用ラベル、トリスシャンパンもあった p26
製品 その他のウイスキー 写真、社内用、献上用、慰問用および帝国海軍用、駐留軍用 p27
製品 各種製品 大正13年(1924年)~昭和30年(1955年)頃 写真、リキュールおよびスピリッツの旧製品、ラベル、創業の頃のサイダー、コーリン(昭和7年発売)、レチラップ(大正13年発売)、創業の頃のグレープジュース、グレナデンシロップ(昭和27年発売)、昭和30年頃のコンクジュース、リファインされたコンクジュースのラベル、サントリーソーダ(昭和26年発売) p28
製品 日本酒・焼酎 昭和初期~昭和13年(1938年) ラベルの写真 p30
製品 その他の製品 大正15年(1926年)~昭和6年(1931年) 写真、トリス紅茶(昭和6年発売)、スモカ(大正15年発売)、トリスコショー・トリスカレー(昭和5年発売)、ポニーヘアトニック(終戦直後) p31
製品 ビールの変遷 昭和4年(1929年)~昭和42年(1967年) ラベルの写真、新カスケードビール(昭和4年発売)、オラガビール(昭和5年発売)、サントリービール(昭和38年発売)、サントリービールびん生(昭和39年発売)、サントリービール純生(昭和42年発売) p32
事業所 山崎工場 写真、工場全景、ポット・スチル、酒庫の一部 p35
事業所 大阪工場 写真、大阪工場周辺、醗酵タンク p36
事業所 多摩川工場 写真、P・R室庭園、多摩川工場倉庫付近、多摩川工場全景(昭和33年6月1日竣工) p37
事業所 山梨農場 写真、醸造作物研究所、ゆたかにみのったサンテミリオン、山崎農場全景 p38
事業所 武蔵野工場 写真、仕込釜、武蔵野工場前庭、ミクロ・フィルター p39
事業所 道明寺工場・臼杵工場 写真、道明寺工場全景およびブランデー用ポット・スチル、臼杵工場全景(昭和22年1月22日竣工) p40
事業所 千歳工場・木曽川工場 昭和42年(1967年)、昭和43年(1968年) 写真、千歳工場(昭和42年6月21日竣工)、木曽川工場(昭和43年4月24日竣工) p41
事業所 桂工場 写真、桂工場遠景(昭和44年4月15日竣工)、中間培養タンク、湿式仕込装置コントロールパネル p42
施設;沿革 実験研究室の歩み 昭和22年頃~昭和42年(1967年)頃 写真、初期の山崎工場研究部、山梨農場試験室(昭和22年頃)、旧本社4階研究室(昭和27年頃)、品種改良、研究栽培、山梨葡萄専修学校実習風景(昭和30年)、堂島研究所の内部(昭和33年頃)、研究発表会風景(昭和42年)、広いスペースに整然と並べられた資料群 p43
事業所 ウイスキーのふるさと 山崎工場の初期 大正15年(1926年) 写真、乾燥塔を望む。酒庫の一部(大正15年12月竣工)、ウイスキー検査室、国産ウイスキー第1号を記念して、初期の瓶詰部、原料麦の発芽室、原料大麦(ゴールデン・メロン種)の山、初期のポットスチル p46
事業所 山崎工場の第二期 昭和12年(1937年)~昭和25年(1950年) 写真、昭和12年改造の乾燥塔、醗酵槽の一部、角瓶の包装作業、初期の酒庫内部、昭和25年当時の山崎工場、山崎工場の旧瓶詰場(昭和23年)、酒庫の一部 p48
事業所;設備 そして山崎工場の現在 写真、十万樽の原酒が眠る酒庫の一部、ポットスチル、世界最大を誇る12基のバンデウハウヘン式製麦装置、山崎工場の遠望、原酒貯蔵庫の一部 p50
事業所;災害 火と水を浴びた大阪工場 大正末期~昭和27年(1952年)頃 写真、大正末期の製品倉庫、昭和5年当時の醸造部、終戦直後 復興中の大阪工場、戦後復興した動力室付近(昭和21年)、ジェーン台風の被害を受けた動力室付近(昭和25年2月)、大阪工場工場正門(昭和27年頃)、 p52
事業所;設備 そして大阪工場のいま 昭和28年(1953年)~昭和31年(1956年) 写真、昭和30年当時の大阪工場全景、改造前の工場の一部(昭和28年)、スーパーアロスパス蒸留塔(昭和30年)、トリス瓶詰ラインとポケット瓶の包装作業(昭和31年)、スーパーアロスバス装置のローターメーター p54
事業所;設備 道明寺工場のむかし(1) 昭和12年(1937年)~昭和27年(1952年) 写真、コーリン用リンゴの洗浄作業、道明寺工場事務所 ボイラー室(昭和12年)、デリカワインの瓶詰(昭和22年頃)、葡萄果の破砕作業(昭和22年)、道明寺工場正門(昭和27年)、酒庫の一部(昭和15年頃)、堅下(かたしも)葡萄園(昭和25年) p56
事業所;設備 道明寺工場のむかし(2) 昭和27年(1952年)~昭和28年(1953年) 写真、オレンジキュラソーの包装作業(昭和27年)、石川対岸から望む道明寺工場(昭和27年)、空から見た当時の道明寺工場、シャンパン冷凍装置(昭和28年)、ブランデー蒸留器、ジン・スチル p58
事業所 日本のボルドー<山梨農場> 昭和20年(1945年)~昭和43年(1968年) 写真、潅水用溝切り作業(昭和20年)、収穫(昭和25年)、山梨農場入口(昭和27年)、サンテミリオンの剪定作業、ブランデー新蒸留器(昭和43年)、酒庫に眠るブランデー原酒、山梨農場全景、山梨新貯蔵庫(昭和43年)、葡萄果の剪定作業 p60
事業所 九州の要<臼杵工場> 昭和21年(1946年)~昭和23年(1948年) 写真、工場建設すすむ(昭和21年10月)、竣工直後の全景(昭和23年11月)、製塩工場内部(昭和21年8月)、2,400坪の塩田(昭和22年6月)、工場の一角、貯蔵庫の一部、瓶詰機 p62
事業所;設備 大消費地域をバックに 多摩川工場 昭和33年(1958年) 写真、空から見た多摩川工場、トリスの出荷風景(昭和33年)、竣工当時の瓶詰ライン、竣工式のスナップ、P・R室 p64
事業所;設備 サントリービールの誕生<武蔵野工場> 昭和4年(1929年) 写真、寿屋横浜麦酒工場。ビールの野望ここに始まる(昭和4年)、武蔵野工場全景、フレッシュな味の決め手 純生の秘密 ミクロ・フィルター装置、瓶詰ライン p66
事業所 手作りの味 山形、瀬戸、塩尻、岩ノ原 昭和24年(1949年)~昭和36年(1961年) 写真、山形工場(昭和33年)、瀬戸作業場遠景(昭和36年)、塩尻作業場(昭和24年)、岩ノ原葡萄園の石づくり酒庫 p68
事業所 近代化の礎 昭和9年(1934年)~昭和34年(1959年) 写真、横浜工場(昭和9年閉鎖)、藤沢工場(昭和34年閉鎖)、角山工場(昭和22年閉鎖)、鴨方工場(昭和22年閉鎖)、竹原工場(昭和32年閉鎖)、もと北工場内の東横堀。大阪工場からの製品は米田組の手により団平船でこの堀川を利用し北倉庫にひとまず収められた。 p69
事業所;設備 北に千歳工場うまれ 写真、千歳工場全景、P・Rケラー p70
事業所;設備 中京に木曽川工場誕生 写真、木曽川工場全景、瓶詰ライン、コントロール・パネル p71
事業所;設備 関西のフレッシュ・ポイント 桂工場 写真、湿式仕込装置、ずらりと並んだ貯蔵タンク、工場のシンボル。サイロ、相模湖ウイスキー貯蔵庫建設予定地 p72
営業 戦前の営業 明治時代~昭和11年(1936年) 写真、明治時代の小売店仕入帖、大正9年(1920)お得意先年賀状、小売店開店祝の葉書、昭和4年(1929)暑中見舞状、外商員の虎の巻、手帳の数々、赤玉大景品付売出しチラシ(昭和11年)、金庫が当る赤玉特売(昭和7年)、赤玉北海道特売(昭和5年)、サントリーウイスキー関東特売(昭和6年)、赤玉東京市内夏期特売(昭和6年)、ヘルメスウイスキー関西特売(昭和5年) p75
営業 戦後および現在の営業 写真、ウイスキーのベストセラー。サントリーレッド(庫出高伸長率のグラフ)、武蔵野工場から出荷されるサントリー純生、問屋さんの倉庫にレッドただいま到着、問屋さんもサントリー製品の出荷にフル運転、多摩川工場からウイスキー続々出荷、純生の前進基地(江東区)、純生に若者の人気集中。有楽町ビル屋上のビアガーデン、ウイスキー党のオアシス サントリーチェーンバー。銀座「ブリック」、賑わう屋上ビアガーデン、新幹線ビュッフェでもスコール!、店頭装飾コンクール、ホノルル国際空港のサントリーディスプレイ、デパートの洋酒売場もサントリー製品でいっぱい、酒屋さんの店先もサントリー製品でいっぱい、レッド巡回車、純生巡回車、クラウンコーラのルートセールス車、クラウンコーラの自動販売機、ユニークな運搬車・トライビジョンカー p78
販売 御取引のはじまり 明治40年(1907年)頃 写真、赤玉ポートワイン発売当時の送り状 p83
営業;広告宣伝 やってみなはれ時代 大正10年(1921年)~昭和7年(1932年) 写真、サイドカーの赤玉看板班が全国の小売店にホウロウ看板を取りつけに走りまわる(大正10年頃)、戦前の赤玉ポートワイン陳列台、試飲宣伝会(昭和7年) p84
営業;広告宣伝 ああ、商略商戦 大正12年(1923年)~昭和8年(1933年) 写真、昭和初期に好評だった赤玉通帳、開函通知景品添付案内(昭和8年)、開函通知景品のひとつ(S字型くぎ抜き)、お得意様招待運動会に使われた食券(昭和4年)、暑中見舞および年賀状(大正12年)、商戦に活躍した電信略語帳、初期のハウスオーガン。「発展」と「繁昌」 p85
販売;広告宣伝 特売、特売また特売 昭和5年(1930年)~昭和13年(1938年) チラシの写真、景品にも時代色がうかがえる。防空用具つき赤玉大売り出し(昭和13年)、ソースにも復興債券がつく(昭和5年)、お酒屋さんに好評の竹籠つき赤玉特売(昭和11年)、サントリーウイスキーの愛飲家はハイカラなマーカス・ショウに招待された(昭和10年)、赤玉金庫付き特売新聞広告(昭和7年6月18日 大阪毎日)、昭和8年当時の輸出用チヨダビールの大勘サービス大懸賞(台湾)、 赤玉たんす付特売チラシ(昭和9年11月)、新カスケードビール特売王冠回収用封筒、赤玉愛飲家百万人優待特売新聞広告(昭和7年 大阪毎日)、赤玉自転車特売新聞広告(昭和6年6月29日 大阪毎日) p86
販売;広告宣伝 終戦。そして洋酒ブームの芽ばえ 昭和27年(1952年)~昭和30年(1955年) 写真、幕開きはトリスから、デパートの酒売場にも大量に進出(そごう百貨店 昭和27年)、酒類展示会に並ぶ日本酒と洋酒(昭和28年頃)、お酒屋さんの店先も洋酒一色となる(昭和28年頃)、こんなショウウインドウもつくりました(神戸元町明治屋 昭和27年)、洋酒展示会各地で盛んとなる、試飲コーナーも特設(昭和27年頃)、大阪松坂屋百貨店の洋酒売場風景(昭和27年頃)、デパートのウインドウにも工夫をこらす(昭和30年頃)、勢ぞろいした店頭宣伝用斗瓶。昭和27年に登場、贈物の花形となった角瓶進物セット(昭和27年12月 心斎橋珍味屋)、横文字のネオン看板もあがる(昭和26年) p88
販売;経営戦略 寿屋商法 買入通知制度 昭和28年(1953年) 写真、買入通知制度の業界紙新聞広告(昭和28年)、「買入通知」のために口座係が設けられた(昭和28年)、続々と送られてきた「買入通知」の山(昭和28年)、「買入通知」は開函と同時に目に入った、「買入通知」当選番号の整理(昭和28年) p90
営業;催し 洋酒ブームの推進役 昭和27年(1952年)~昭和29年(1954年) 写真、愛飲家サービスのいろいろな企画が実施された。昭和29年「100万円の住宅が当る赤玉ポートワインご愛飲家優待」の抽選会。司会はトニー谷(於日劇)、昭和26年から始まった「トリスウイスキー買入通知」の第2回抽選会(昭和27年 於京都都ホテル) p91
営業;販売 小売店サービス・業務店サービス 昭和13年(1938年)~昭和29年(1954年) 写真、店頭ダース陳列販売参加店への謝恩サービス(昭和29年実施の際の当選番号発表チラシ)、おなじみの顔がほほ笑む店頭装飾物の配布、酒販店向けハウスオーガン「発展」へ昭和13年に創刊された、チェーンバー向け小冊子「さんとりあん」を発行 p92
広告宣伝 動きました 樽型とチョンマゲ 昭和29年(1954年)~昭和31年(1956年) 写真、動くカクテル教室樽型宣伝車(昭和30年)、全国各地を廻るチョンマゲ(昭和31年札幌出張所前)、チョンマゲと並ぶ樽型宣伝車、こんな車もありました(昭和29年北海道新聞本社前) p93
営業;販売 トリスバー時代はじまる 昭和29年(1954年)~昭和44年(1969年) 写真、サントリーチェーンバー数の変遷(表、年月、東京、名古屋、大阪)、その頃はこの値段で飲めました(カクテル価格表の写真)、グループドリンキング時代に発展(昭和44年5月 東京新宿のグランドバー) p94
催し;広告宣伝 いろいろありました 昭和28年(1953年)1月7日~昭和36年(1961年)9月20日 写真、新年恒例の得意先日劇ミュージックホール招待(昭和28年1月7日)、第9回赤玉ポートワイン買入通知抽選会(昭和36年9月20日) p95
営業 いろいろやっています! 昭和42年(1967年) 写真、日航国際線でもいろいろなサントリー製品がサービスされております、サントリービール<純生>発売披露パーティー(昭和42年)、軽井沢カクテル教室、店頭展示コンクール、海浜の学生キャンプストア p96
広告宣伝 サントリーの宣伝活動 いつも話題になりました 大正11年(1922年) 写真、わが国初の美人ヌードポスター(大正11年制作。モデルの松島恵美子嬢はのち赤玉劇団のプリマ・ドンナとなった) p99
広告宣伝 いつも話題になりました 大正8年(1919年)~昭和25年(1950年) 写真、赤玉葡萄酒のポスター(大正8年)、赤玉ポートワインのポスター(昭和25年)、サントリーウイスキー、トリスウイスキーのポスター(昭和25年)、昭和13年のポスター、洋酒ブームの主役トリスウイスキー登場、初代トリスウイスキーのポスター(大正8年)、トリス「サントリー姉妹品」で売り出す、行楽用中吊ポスター、赤玉ホウロウ看板、オラガビールのホウロウ看板(昭和5年頃)、ポンパン扇 p100
広告宣伝 こんなものもありました 写真、スモカのポスター、ポンパンのポスター、新カスケードビールのポスター、日ノ丸焼酎のポスター、ヘルメス洋酒のポスター、オラガビールのポスター、戦前の直営店が使ったマッチのラベル、赤玉ポートワイン銘入りソロバン、赤玉ポートワイン吊下げ小旗、山崎工場絵入り飾り皿、赤玉ポートワインカレンダーシリーズ、特売の目玉景品 赤玉ポートワインの箱火鉢、陶製樽型セット(戦前のもの)など、戦前のカクテルブック、サントリーウイスキーのカレンダー p102
広告宣伝 戦後そして現在 昭和31年(1956年)~昭和44年(1969年) 写真、迫力のある大型ポスター、新聞広告もカラーが多くなった(昭和44年新年広告)、営業活動を物語るチラシ、雑誌カラー広告のいろいろ、いつも話題をよぶテレビCM(トリス、純生、レッド)、洋酒天国(昭和31年4月創刊、61号まで)、ビール天国(昭和38年6月創刊、8号まで)、サントリー天国(昭和39年12月創刊、12号まで)、洋酒マメ天国(昭和42年11月創刊、現在刊行中)、「世界の街めぐりカレンダー」(イラスト柳原良平、昭和44年)、チェンジングピクチア(加藤芳郎作、有楽町日劇前)、有楽町の夜の名物 ネオン照明塔、動くアンクルトリスPOP、明滅するサントリービールのネオン塔、各地に設置されたキングサイズプリンティング(キンプリ)看板 p104
広告宣伝 寿屋第一号広告、第二号広告 明治40年(1907年)、明治41年(1908年) 写真、第1号 明治40年8月19日大阪朝日掲載、第2号 明治41年7月28日大阪朝日掲載 p107
広告宣伝 戦前の四つの媒体<チラシ・ネオン・ポスター・POP> 昭和7年(1932年)~昭和10年(1935年) 写真、赤玉のチラシ、トリスのチラシ、銀座7丁目バー「キカク」(昭和7年)、銀座5丁目「ムーランルージュ」(昭和7年)、大井町三又「ユニオン会館」(昭和7年)、浅草6区バー「ジャポン」(昭和7年)、地方都市にもこんな看板を掲げた、銀座5丁目カフェ「エロス」(昭和7年)、オラガビールのポスター(昭和8年) モデルは月田一郎と中野薫、サントリーウイスキー・サービストレイ(昭和10年頃) p108
広告宣伝 赤玉ポートワインでございます<新聞広告のいろいろ> 大正7年(1918年)~昭和12年(1937年) 写真、赤玉「世界一シリーズ」広告(大正7年掲載)、当時話題の一頁赤刷り広告(大正9年1月8日大阪毎日新聞掲載)、赤玉シリーズ広告(昭和18年)、昭和2年12月20日大阪毎日掲載、昭和8年4月27日大阪毎日掲載、昭和12年12月15日大阪毎日掲載、昭和8年4月27日大阪毎日掲載、昭和12年12月25日大阪毎日掲載、昭和9年11月16日掲載、昭和9年1月21日大阪毎日掲載 p110
広告宣伝 国産ウイスキーの栄光 大正3年(1914年)~昭和8年(1933年) 写真、昭和4年サントリーウイスキー新発売の新聞広告第1弾、昭和7年6月26日大阪毎日掲載 この年創醸10周年、サントリー赤札の新聞広告。昭和5年11月掲載、10年ものウイスイー広告。昭和8年10月掲載、ヘルメスウイスキー(大正5年12月掲載、大正3年7月掲載、大正13年11月掲載、大正13年9月掲載、大正13年8月掲載)、トリスウイスキー(大正9年10月掲載、大正10年5月掲載) p112
広告宣伝 ビールの緒戦<新カスケードとオラガの新聞広告> 昭和4年(1929年)~昭和8年(1933年) 写真、カスケードビール中元広告(昭和4年掲載、昭和4年8月掲載、昭和4年7月掲載、昭和4年8月掲載)、オラガビール新聞広告(前進座とのタイアップ 昭和8年7月掲載、奇抜な着想で話題になった、オラガオラガで売りまくる 昭和8年8月掲載、オラガビール新発売 昭和5年5月) p114
広告宣伝 バラエティの楽しさ<各種製品の広告> 大正9年(1920年)~昭和14年(1939年) 写真、歯磨スモカ(昭和5年12月、昭和3年8月、昭和7年8月)、トリスソース(昭和3年7月)、ウイスタン(大正9年9月)、トリス紅茶(昭和9年10月)、レチラップ(大正12年7月)、清酒・千代田(昭和8年2月)、コーリン(昭和14年9月)、ポンパン(昭和11年5月) p116
広告宣伝 伸びる伸びるサントリー 昭和26年(1951年)~昭和43年(1968年) 写真、新聞広告、サントリーウイスキー(昭和26年頃の新聞広告、昭和28年、昭和29年、バートン・ライト博士も簡単 昭和41年、山崎の名物男を紹介 昭和41年)、全国をまわるレッドパーティシリーズ(昭和43年福岡)、サントリーレッドデルクス(昭和40年5月)、サントリーウイスキーホワイト(昭和43年5月)、サントリーセレクト(昭和43年9月)、サントリーカスタム(昭和42年9月)、サントリーゴールド(昭和40年11月) p118
広告宣伝 奥様にアカダマ、お嬢さまにハニー 昭和41年(1966年)~昭和43年(1968年)11月 写真、昭和42年歳暮広告、赤玉ポートワイン、赤玉ハニーアップルワイン(昭和42年5月) p120
広告宣伝 新聞広告にみるトリスの歩み 昭和27年(1952年)1月~昭和42年(1967年)3月 写真 p122
広告宣伝 純生大躍進! 昭和38年(1963年)~昭和43年(1968年) 写真、サントリービール新発売(昭和38年4月27日)、サントリーびん生新発売(昭和39年4月20日)、サントリービールのスコールグラスプレゼント(昭和41年4月)、スコール・クイズ始まる(昭和41年2月)、ベルギーのI.C.S.P(国際食品審査会)で金賞連続3年受賞(昭和41年)、サントリー<純生>新発売(昭和42年4月20日)、<純生>缶入発売(昭和43年6月)、<純生>大躍進!! p124
広告宣伝 楽しい企画広告 昭和41年(1966年)~昭和44年(1969年) 写真、サントリー歳時記(昭和41~42年 毎日新聞・朝日新聞掲載)、サントリー談話室(昭和41~44年 毎日新聞・朝日新聞掲載)、サントリー洋酒教室(昭和41~42年 読売新聞掲載) p126
広告宣伝 グラフィカルな雑誌広告 写真、サントリー特級、サントリー角瓶、サントリーカスタム、サントリーブランデー、サントリーレッド、サントリーゴールド、赤玉ハニーワイン、サントリーウオッカ、ガンチアベルモット、サントリーカクテル、ヘルメスリキュール、サントリーセレクト p127
広告宣伝 夜空にあざやか<ネオン看板> 昭和31年(1956年)~昭和42年(1967年) 写真、姫路のトリス・アカダマネオン塔、アンクルトリスの広告塔、東京有楽町の証明看板、大阪堂島の照明看板、大阪戎橋大ネオン塔 昭和31年の屋外広告電通賞受賞、昭和32年東京渋谷に現われた「トリス衛星」、昭和35年に設置された野立看板 高さ10メートルの大型で評判になった、福岡市のサントリーネオン塔 昭和37年屋外広告電通賞受賞、東京有楽町の向獅子マーク広告塔(昭和42年) p128
広告宣伝 ウエイトを増した電波媒体 昭和26年(1951年)~昭和43年(1968年) 写真、クラシックファンの圧倒的支持を受けたラジオ番組「百万人の音楽」(昭和26~36年)、テレビ番組にもサントリーはしばしば登場、ジャズファンの圧倒的人気を集めたトリス・ジャズゲーム(昭和36年)、プロ野球「日本選手権」TV実況中継(昭和33年)、「ザ・ガードマン」(昭和40年放送開始)、「ローハイド」(昭和34年放送開始)、「コント55号の世界は笑う」(昭和43年放送開始)、「サンセット77」(昭和35年放送開始) p130
広告宣伝 テレビCFダイジェスト 昭和31年(1956年)~昭和41年(1966年) 写真、「あしたの天気」(昭和31年)、「トリスバー」(昭和33年)、「Mr.トリスは何も知らない」(昭和33年)、「赤玉イラスト編」(昭和41年)、オールド「夜が来た」、カスタム「ドッキング」、トリス「愛情巨編」、純生「水上スキー」 p132
広告宣伝 楽しい洋酒のバイプレイヤー 写真、戦前につくられた製品ネーム入りグラス、最近の「製品ネーム入り各種グラス」、灰皿のいろいろ、楽しいノベルティ各種、サントリーウイスキー推薦広告記念集 p134
広告宣伝 反響を呼んだ提供番組のかずかず 昭和28年(1953年)~昭和31年(1956年) 写真、テレビ中継「ジョセフィン・ベーカー・リサイタル」、野球の実況中継もおこなわれた(昭和28年)、「百万人の音楽」にドン・コザック合唱団が登場(昭和31年) p136
広告宣伝 サントリーをすすめるタレントたち 1968年 写真、1968年新年(新聞1頁)、クレイジー・キャッツ=サントリービール、宇津井健=サントリーレッド、吉永小百合=赤玉ハニーワイン、渡哲也=サントリービール純生、園マリ=瓶詰カクテル p137
広告宣伝;表彰 総合電通賞を三年連続受賞 昭和43年(1968年) 写真、電通賞トロフィー群、電通日比野社長より総合電通賞を受ける佐治社長(昭和43年) p138
海外事業;広告宣伝 アプローチ 昭和9年(1934年) 写真、昭和9年サントリーウイスキー初輸出の際の箱入れ英文パンフレット、戦前に神戸・日の丸商店を通じてアメリカに配布された英文宣伝文書、東亜経済使節団歓迎レセプション用のレシピ、コーリンの英文パンフレット p141
海外事業;広告宣伝 平和よみがえる。ふたたび海外へ 昭和29年(1954年) 写真、戦後まもなくつくられた海外用ポスター、外国著名雑誌にもしばしば登場(昭和29年頃) p142
海外事業;生産 よりよき品質のための探索 写真、サントリーウイスキーの芳香をきめるビートはスコットランドから(グラスゴウ郊外)、完璧な樽づくりのために樽材は世界最良の北アメリカ産のホワイトオークを求める(ノースカロライナ州マーシュビル)、サントリービール用のホップはチェコのハラタウ、ドイツのザーツなど世界有数のホップ原産地から(ドイツのザーツ) p143
海外事業;広告宣伝 海を越えていった宣伝活動 写真、サンフランシスコの屋外看板、ロスアンゼルス・サンペドロ広場の屋外看板、サンフランシスコのトランスポーテーション・アド、ニューヨークの屋外看板、沖縄の屋外看板 p144
海外事業;広告宣伝 アメリカに根をおろしたサントリーウイスキー 写真、ライフ誌上で好評を博しているサントリーオールド「Yops off the day・・・」シリーズ、ニューヨーカー誌にはサントリーオールドの広告として「alter ego」シリーズを掲載中 p145
海外事業 商談成立。「信頼の酒」海を渡る 昭和41年(1966年)~昭和43年(1968年) 写真、ソ連に輸出されるサントリー(昭和43年)、ヤボンスキー嬢の花束贈呈(昭和43年小樽港)、フィリピン第一のスーパーマーケット「マタキ・マーケット」のサントリー製品、韓国とはウイスキー、ワインなどの製造技術援助の大綱が決定した(昭和41年12月)、米国最大の経済誌「ビジネスウィーク」がサントリーを紹介 p146
海外事業;市場 海外でもこんなに売れています 写真、サンフランシスコのバー、ロスアンゼルスの小売店、ニューヨークの小売店陳列棚、マニラのスーパーマーケット、メキシコ市の小売店、ロスアンゼルスのナイトクラブ p147
海外事業;事業所 サントリースピリット高し。現地法人と工場 写真、サントリーインターナショナル社のあるモービルビルディング(ロスアンゼルス)、メキシコ市郊外のサントリー・デ・メヒコ工場、ラ・フェルサ社(フィリピン)、沖縄サントリー p148
海外事業;表彰 サントリーの実力。海外であいついで受賞 写真、サントリービールが獲得した数々の金メダル、サントリーのワインおよびブランデーが獲得した数々の金メダル p150
海外事業 商談すすむ国際見本市 写真、国際見本市におけるサントリーのコーナー p151
海外事業;提携・合併 世界企業と提携 写真、ヨルゲンセン醸造研究所(デンマーク)、ツボルグ社(デンアーク)、ガンチア社(イタリア)、ロイヤルクラウンコーラのルートセールス車(アメリカ) p152
海外事業 いよいよ広がる海外活動 昭和43年(1968年) 写真、サントリーウイスキーソ連へ初輸出(昭和43年)、サントリー・デ・メヒコ工場の酒庫、テキーラの国メキシコでのウイスキーづくり、ニューヨークの小売価格はサントリーウイスキーオールドが7ドル25セント。ジョニーウォーカー赤が7ドル25セント、ニューヨーク世界博覧会(1965年)、パリのキャフェにもオールド登場、ニューヨークの高級レストラン p153
広報;広告宣伝 活発な広報活動 写真、「鳥井信治郎伝・大阪の鼻」で長門裕之の演ずる鳥井信治郎(昭和43年9月道頓堀中座公演)、数かずの刊行物、武蔵野工場五月祭り。ミス<純生>選出、銀座百年記念パレードに参加したサントリー p157
社会貢献;文化活動 生活の美を謳うサントリー美術館 写真、サントリー美術館入口(東京パレスビル9階)、サントリー美術館展示場の一部、収蔵品のひとつ。国宝「浮線陵蒔絵螺鈿手箱」(鎌倉時代) p158
広告宣伝 数々の受賞に輝くPR映画 写真、「ビールの秘密」のワン・カット p159
広報 日本万国博に出展 写真、サントリー館内「樽の小みち」完成予想図、「生命の水」が十面スクリーンに上映される、サントリー館の起工式(昭和43年10月) p160
広告宣伝 むかしから奇抜なPR活動 大正11年(1922年)~昭和8年(1933年) 写真、奇術師「天勝」もひと役買った(昭和7年)、大正11年頃の赤玉楽劇団公演風景(中之島公会堂)、お芝居にも抜け目なくタイアップ、超特大瓶を飾って景気のいいPR(昭和8年)、オラガビールの宣伝用引き幕、おらが大将田中義一閣下もアッパレなタレントぶり p161
広報 戦後初のキャンペーン。新国民歌と国旗掲揚運動 昭和26年(1951年)~昭和28年(1953年) 写真、「われら愛す」発表会(昭和28年10月10日 日比谷公会堂)、山田耕筰氏直筆の楽譜、国旗掲揚運動キャンペーンの新聞広告 p162
広報;広告宣伝 プロ・バーテンダーの檜舞台 昭和6年(1931年)~昭和29年(1954年) 写真、第1回カクテルコンクールの募集広告(昭和6年)、「オール読物」主催の第6回プロ・ミス日本コンクールとタイアップ、第6回カクテルコンクールに腕をふるうバーテンダー(昭和29年)、同コンクール審査員の諸氏、同コンクール優勝者に贈られたカップ p163
社会貢献;文化活動 音楽への招待 写真、空前の人気を呼んだ「オイストラフ特別演奏会」(昭和30年 代々木体育館)、「百万人の音楽」7周年記念演奏会(昭和34年2月)、「トリスジャズゲーム」100回記念公開録音(昭和31年11月9日 ビデオホール)、トリスジャズゲームのレコードまで発売され好評を博した p164
社会貢献;広告宣伝 スポーツもはなやかに 昭和25年(1950年)~昭和43年(1968年) 写真、国旗掲揚運動の一環として開催された「日の丸野球」(昭和25年)、プロレスとタイアップ、第11回向獅子野球優勝大会、ハワイ派遣サントリー杯ボウリング大会(昭和40年)、巨人優勝祝賀会に純生がひと役(昭和43年) p166
催し ちょっと変わった催しも 昭和35年(1960年)3月31日  写真、トリス・ジュースっ子審査風景(昭和35年)、札幌の雪まつりでのひとこま(昭和35年)、多摩川工場で開かれた句会のスナップ(昭和35年)、南極基地で喜ばれているサントリー p167
市場 女性のカクテルファンもふえています 昭和29年(1954年)、昭和44年(1969年) 写真、カクテル教室出現(昭和29年当時の週刊誌より)、カクテル教室出張講義、銀座カクテルスクール(昭和44年) p168
出版;広告宣伝 「洋酒天国」がベストセラー 昭和35年(1960年) 写真、佐治敬三「洋酒天国」の出版記念パーティ。記念仕込みの樽に出席者のサインを頂き、開く日を約した(昭和35年12月20日)、「ビール天国」に連載された「ビール世界の旅」 p169
広告宣伝 酒づくりの苦心を撮るPR映画 写真 p170
社会貢献;文化活動 美術品の展示活動 昭和43年(1968年) 写真、昭和43年メキシコで開かれた文化オリンピック日本月間にサントリー美術館出展、近く設立される「洋酒博物館」収蔵が決定した一川芳員作「横浜異人屋敷の図」 p171
社会貢献;文化活動 サントリーの文化事業 昭和44年(1969年) 写真、大阪大学酵素研究所鳥井記念館、日本化学図書館、大阪I.O.B.Bサントリー記念館完成予想図、同記念館目録贈呈式(於大阪大学総長室)、鳥井音楽賞制定発表記者会見(昭和44年1月) p172
広報 若人のつどい<青年のビール> 昭和40年(1965年)、昭和41年(1966年) 写真、第一回サントリー・ビアフェスト(昭和40年11月ホテル・ニューオータニ)、横浜港祭り。国際仮装行列(昭和41年5月)、武蔵野工場を舞台にくり拡げられたサントリービール五月祭(昭和40年) p174
教育・研修 社内実習と講習 昭和36年(1961年)~昭和44年(1969年) 写真、新入社員の工場実習(昭和36年)、山形工場の葡萄作業実習(昭和43年)、山崎工場前に勢ぞろいしたサントリー・パブリシティ・ガールズ(昭和44年)、昭和44年度総合会議(於大阪証券会館) p177
事業所 職場スナップ。これが本社です 写真、受付、応接室、電話交換室、社長室、人事部、ロビー、洋酒営業部、会議室、国際部、デザイン室、厚生課、サービス課、販売内務室、社内報「まど」、業務部、ビール営業部 p178
福利厚生 クラブ活動の一部 写真、野球部、バレー部、書道部、テニス部、サッカー部、ワンダーフォーゲル部 p180
福利厚生 憩いの場。社宅とリクリェーションセンター 写真、大阪・石橋ハイツ、静岡・伊豆高原荘、東京・桜ヶ丘スポーツセンター、北海道・千歳工場富岡住宅、大阪・箕面スポーツセンター(テニスコート)、箕面スポーツセンター(食堂)、和歌山・白浜葵山荘 p182
経営 70年目になりました 写真、創業70周年記念式典 p184
販売 種類別洋酒庫出数量(昭和24年統制撤廃後の資料) 昭和24年度(1949年度)~昭和43年度(1968年度) 表、年度、種類別(ウイスキー特級、ウイスキー1級、ウイスキー2級、ブランデー、甘味果実酒、スピリッツ、リキュール、合計) p187
業界;シェア 洋酒各社別市況の推移(唱和24年~昭和43年) 昭和24年(1949年)~昭和43年(1968年) 円グラフ(年別)、ニッカ、オーシャン、サントリー、その他 p188
業界;シェア 昭和43年(1~12月)洋酒各社別庫出シェア 昭和43年(1968年) 表、[会社別](サントリー、ニッカ、オーシャン、合同、その他)、[種類別](特級ウイスキー、1級ウイスキー42度、1級ウイスキー40度、2級ウイスキー39度、2級ウイスキー37度、特級ブランデー、1級ブランデー、2級ブランデー、ジン、14度甘味果実酒) p189
販売 酒類の庫出推移(明治15年→昭和43年) 明治15年(1882年)~昭和43年(1968年) 年度、[酒類別](清酒、濁酒、白酒、味醂、銘酒、焼酎、麦酒、果実酒類、酒精含有飲料、雑酒、混成酒、ウイスキー類、スピリッツ類、リキュール類、合成清酒、合計) p190
租税 洋酒の酒税制度に関する変遷史 明治4年(1871年)~昭和43年(1968年)5月 年表 p191
貿易;業界 輸入洋酒と国産洋酒の比率の推移 大正15年(1926年)~昭和42年(1967年) 円グラフ p192
財務・業績;売上 各年度別総資産売上高推移 大正10年(1921年)12月~昭和43年(1968年)3月 表、期、決算期間、総資産、売上高 p193
沿革 年表 明治元年(1868年)~昭和44年(1969年)4月 年表、年代、当社関係、洋酒・ビール業界、一般 p194
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