(社)日本工業倶楽部『日本工業倶楽部五十年史』(1972.03)

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役員 歴代主要役員 写真、和田豊治君 専務理事//中島久万吉君 専務理事、評議員会会長 巻頭
役員 歴代主要役員 写真、団琢磨君 初代理事長 在任大正6年3月10日~昭和7年3月5日 巻頭
役員 歴代主要役員 写真、木村久寿弥太君 第二代理事長 在任昭和7年3月19日~昭和10年11月23日 巻頭
役員 歴代主要役員 写真、大橋新太郎君 第三代理事長 在任昭和10年12月13日~昭和14年1月30日 巻頭
役員 歴代主要役員 写真、磯村豊太郎君 第四代理事長 在任昭和14年1月30日~昭和14年10月26日 巻頭
役員 歴代主要役員 写真、井坂孝君 第五代理事長 在任昭和15年1月18日~昭和22年1月22日 巻頭
役員 歴代主要役員 写真、宮島清次郎君 第六代理事長 在任昭和22年1月22日~昭和38年9月6日 巻頭
役員 歴代主要役員 写真、石坂泰三君 現理事長 就任昭和38年9月16日 巻頭
役員 歴代評議員会会長 写真、豊川良平君、大倉喜八郎君、馬越恭平君、内藤久寛君 巻頭
役員 歴代評議員会会長 写真、藤原銀次郎君、大倉喜七郎君、高橋竜太郎君、斬波孝四郎君 巻頭
役員 歴代専務理事 写真、郷誠之助君、有賀長文君、串田万蔵君、南条金雄君、三好重道君、白石元治郎君 巻頭
役員 歴代専務理事 写真、中川末吉君、向井忠晴君、船田一雄君、浅野良三君、住井辰男君、膳桂之助君 巻頭
役員 歴代専務理事 写真、足立正君、諸井貫一君、中野金次郎君、石川一郎君、高橋竜太郎君、郷古潔君 巻頭
役員 歴代専務理事 写真、渋沢敬三君、藤山愛一郎君、菅礼之助君、中島慶次君、小島新一君、安川第五郎君 巻頭
役員 朝倉毎人君 巻頭
思い出写真集 大正5年1月20日 大正5年1月20日、帝国ホテルで京浜工業家約140名を招き、東京工業倶楽部結成の発起人会が開かれた。写真はその時の案内状である。当時の錚錚々たる実業家が名を連ねているが、本文の行間にその意気が溢れている。 巻頭
思い出写真集 大正6年3月10日、大正6年4月7日 日本工業倶楽部の創立総会は大正六年三月十日鉄道協会において開かれたが、「社団法人日本工業倶楽部」の設立は四月七日農商務大臣仲小路廉氏により許可された。 巻頭
定款 思い出写真集 社団法人日本工業倶楽部設立の許可申請書に添付された定款の一部である。爾来定款は必要に応じ多くの改正をみたが、第1条および第4条の目的、事業は日本工業倶楽部五十年の歴史を通じてなんらの変更をみていない。 巻頭
催し 思い出写真集 大正6年6月16日 写真、日本工業倶楽部創立の披露晩餐会は大正6年6月16日、築地精養軒で元老、閣僚はじめ朝野の名士多数を招いて開かれた。同席上、元老、先輩はそれぞれ日本工業倶楽部の活躍に期待し激励する演説を行なった。 巻頭
事業所 思い出写真集 大正7年6月 巻頭
広報 思い出写真集 大正6年9月15日 写真、日本工業倶楽部の会報第一号は倶楽部創立半年後の大正六年九月十五日発行された。本号には社団の設立趣意書、設立の経過、創立総会などの記事とともに、この時早くも鉄鋼自給方策や、民間製鉄業の保護奨励に関する意見書が発表されている。 巻頭
事業所 思い出写真集 大正9年11月 写真、日本工業倶楽部会館は基礎工事に着手してから年を閲すること3ヵ年、大正9年11月一切の工事、設備を完了し、茲に丸の内界隈に類をみない、優雅にして荘重な会館の竣工をみた。会館正面の屋上には、彫刻家小倉右一郎氏の作になるハンマーと糸捲を持つ坑夫と織姫のコンクリート立像(上図)が注目を惹く。日本産業の発展とともに歩いてきた日本工業倶楽部の本質を表象している。 巻頭
事業所;催し 思い出写真集 大正9年11月25日 写真、大正9年11月25日、倶楽部会館の新築落成式が大会堂で盛大に行なわれた。朝野の名士,会員約470名の出席があった。//式後の晩餐会席上では、来賓原総理大臣が有力な民間経済自体の誕生を祝う演説を行なった。 巻頭
経営;催し 思い出写真集 大正10年10月14日 写真、英米訪問実業団出発の前日(大正10年10月14日)、団員および随員は団団長の招待午餐会に出席、勢揃いをした。(倶楽部会館大食堂)//実業団一行が乗船した鹿島丸。日本郵船の客船、10,599トン。同船にはワシントン軍縮会議に出席する全権一行も乗り込んだ。 巻頭
催し 思い出写真集 大正10年11月21日 写真、大正10年11月21日、英米訪問実業団全員はホワイト・ハウスを訪問、ハーディング大統領に謁見した。同大統領は日米両国の友誼的関係の増進のため、実業団の使命の重要であることを述べた。写真はホワイト・ハウス前の一行。(八代則彦氏、南条金雄氏、阪井徳太郎氏、米山梅吉氏、門野重九郎氏、滝川儀作氏、藤原銀次郎氏、日直次郎氏、松本健次郎氏、原邦造氏、星野行則氏、井坂孝氏、団琢磨氏、稲畑勝太郎氏、大橋新太郎氏、鋳谷正輔氏、串田万蔵氏、石井徹氏、馬越幸次郎氏、中島久万吉氏、持田巽氏、深尾隆太郎氏―宮島清次郎氏は南方旅行中―) 巻頭
催し 思い出写真集 大正10年11月14日 写真、大正10年11月14日、英米訪問実業団一行はニューヨーク州商業会議所主催の午餐会に招待されたが,翌12月の同会議所の月例会では満場一致、実業団に対する歓迎の決議を可決した。 巻頭
催し 思い出写真集、 大正10年12月21日 写真、大正10年12月21日、英米訪問実業団一同はバッキンガム宮殿において、英国皇帝ジョージ五世陛下に拝謁仰付けられ、優渥なる勅語を賜った。 巻頭
催し 思い出写真集 大正11年5月15日 写真、大正11年5月15日、日本工業倶楽部主催で英米訪問実業団の帰朝歓迎晩餐会が開かれた。席上郷男爵の歓迎の辞、団長および団員の演説、渋沢子爵の謝辞があった。 巻頭
災害 思い出写真集 大正12年 写真、大正十二年関東大震災による会館の損傷//「倶楽部の建物はひどい壊れようだった。ある場所では下から上の空が見えるのだ。大きな煉瓦のかけらが落ちてきて、危なくて中へ入れなかった。」(関東大震災、中島久万吉氏懐古談から)しかし。日本工業倶楽部の首脳者は建物の復旧は後回わしにして、火災保険金の問題をはじめ経済復興の事業に全力を傾けた。写真は倶楽部会館の外壁の亀裂。 巻頭
催し 思い出写真集 昭和4年10月29日 写真、わが国空前の国際会議であった万国工業会議は、昭和4年10月29日東京日比谷公会堂における開会式で幕をあけた。(写真、上は演壇、下は満場の会員)日本工業倶楽部は総力をあげて、会議の円滑な運営に協力した。 巻頭
思い出写真集 昭和4年10月29日 写真、金輸出解禁の是非論がやかましかった当時、日本工業倶楽部は問題の重要性に鑑み、昭和4年10月29日会員全部と主要会社に対し、本問題についての意見の提出を求めた。写真は日本工業倶楽部専務理事中島久万吉氏の意見の一節である。 巻頭
催し;貿易 思い出写真集 昭和7年3月4日、昭和8年8月10日 写真、昭和7年3月4日、経済四団体役員有志は折柄来朝中のリットン支那調査団一同を日本工業倶楽部に招待、茶会を開き、日支衝突の事情と日本の権益に就て表明し、意見の交換を行なった。//昭和7年7月のオタワ会議以来、頓に悪化した日英貿易関係を打開するため、日英ならびに日印協議会が開かれることとなり、8年8月10日日本工業倶楽部で同会商出席の本邦綿業代表使節団の送別茶会が催された。 巻頭
催し;貿易 思い出写真集 昭和12年4月21日 写真、昭和12年4月21日、門野重九郎氏を団長とする欧米訪問経済使節団一行の送別晩餐会。使節団はICC第9回総会に出席するほかに、孤立化する日本の対外関係を打開し、貿易の進展を図ることが大きな狙いであった。 巻頭
催し 思い出写真集 昭和12年7月7日 写真、昭和12年7月7日、第1次近衛内閣の成立祝賀晩餐会が開かれた。同内閣は「国内相剋・軍官民対立の一掃」を標榜し、国民に挙国一致を呼びかけた。 巻頭
催し 思い出写真集 写真、日華事変後、日本の貿易市場は英米諸国の圧迫により、ますます狭隘化した。こうした窮状を打開するため、官民協力の下に「招待外交」が活発に展開され、日本工業倶楽部は国際親善促進の場となった。写真はその中のイタリー政府派遣経済使節団とアルゼンチン経済使節団の歓迎晩餐会。 巻頭
提言・提案 思い出写真集 昭和15年12月7日、昭和16年1月28日 写真、日本工業倶楽部、日本経済聯盟会、その他経済諸団体は連名で。昭和十五年十二月七日「経済新体制ニ関スル意見書」を、次いで翌年一月二十八日再び「経済新体制実施ニ関スル意見書」を近衛総理大臣はじめ関係当局へ建議し、経済新体制に対する民間の意見や要望を陳述し、経済統制についての政府の慎重なる態度を要請した。写真は「経済新体制実施ニ関スル意見書」の一部 巻頭
災害 思い出写真集 写真、戦争末期、丸の内界隈の戦災の中で、日本工業倶楽部会館から見た東京駅の残骸。その丸屋根は崩れ落ち、鉄骨ばかりが中空にむなしくからみ合っていた。//戦後、日本工業倶楽部は占領軍との親善の場と経済復興の中心として活動を開始した。写真は昭和21年貯水池の向側から写した会館の夜景。その貯水池は現在の新丸ビルが昭和12年に着工され、戦争のため工事中止となり、防火対策のためその基礎部分に貯水したものである。 巻頭
催し 思い出写真集 昭和26年2月2日 写真、昭和26年2月2日、折から来日中のダレス講和特使は日本工業倶楽部における日米協会主催の歓迎午餐会に臨み、対日講和に関する重要演説を行なった。下段は日本工業倶楽部に同特使を迎えて開かれた財界首脳との懇談会。 巻頭
催し 思い出写真集 昭和42年4月7日 写真、日本工業倶楽部は昭和42年、桜花爛漫の好季節4月7日に、大会堂において創立50周年記念祝賀式を挙行した。石坂理事長は式場を埋めた参列者を前に、力強く式辞を述べ、一同に深い感銘を与えた。 巻頭
催し 思い出写真集 昭和42年4月7日 写真、日本工業倶楽部創立50周年記念祝賀式を埋めた参列者 巻頭
催し;役員 思い出写真集 昭和42年9月18日 写真、昭和42年9月18日、第769回専務理事会。専務理事会全員の写真はめずらしいので記念に掲載する。(向って左より、中島慶次君、菅礼之助君、石川一郎君、石坂泰三君、足立正君、安川第五郎君、向井忠晴君、諸井貫一君、小島新一君) 巻頭
定款 日本工業倶楽部定款 原始定款 定款条文 〔2-〕1
定款 日本工業倶楽部定款 現行定款 定款条文 〔2-〕14
役員 歴代役員、名誉会員、顧問、常置委員の氏名及びその任期一覧表 大正6年~昭和42年 表、氏名、年次、任期 〔2-〕21
組織 各年度末会員数一覧表 大正6年~昭和42年 表、年度、法人、個人、合計 〔2-〕108
組織 会員の事業別分類一覧表 昭和42年4月7日現在 表、事業別(金属工業、機械器具工業、化学工業、窯業及土石工業、紡織工業、製材及木製品工業、食料品工業、印刷業及製本業、その他の工業、鉱業、電気瓦斯業、建設業、運輸業、倉庫業、金融保険業、証券業、商業、農林業及水産業、その他)、法人、個人、合計 〔2-〕110
財務・業績 出資金及び入会金の変遷 大正6年~昭和41年 表、年度、出資金、収入(口数、金額)、累計(口数、金額) 〔2-〕111
経営;財務・業績 会員会費の変遷 大正6年~昭和41年 表、年度、法人会費年額、個人会費年額(在京会員、地方会員)、会員会費収入額 〔2-〕114
財務・業績 一般会計決算額の変遷 大正6年~昭和41年 表、年度、一般会計決算額 〔2-〕116
財務・業績 寄附金収入額 大正13年~昭和24年 表、年度、件数、金額、備考 〔2-〕118
事業所 日本工業倶楽部平面図 平面図 〔2-〕119*
営業;経営 来館者数及び会合室利用回数一覧表 大正9年~昭和41年 表、年度、来館者数、会合室利用回数 〔2-〕121
経営;催し 木曜講演会 昭和28年1月8日以降 開催年月日、演題、講師 〔2-〕130
経営;催し 産業講演会 昭和36年2月17日以降 開催年月日、演題、講師 〔2-〕151
広報;出版 経済調査資料 刊行年月、調査資料(書名) 〔2-〕156
参考文献 主要参考図書 書名、刊行年月、発行者名 〔2-〕192
沿革 年表 明治45・大正元年~昭和42年 年表 〔3-〕1
索引 人名索引(五十音順) 〔3-〕25
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