キッコーマン醤油(株)『キッコーマン醤油史』(1968.10)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治2年(1869) - 【渋沢栄一】静岡藩に「商法会所」設立。明治政府に仕え、民部省租税正となる。民部省改正掛掛長を兼ねる。〔29歳〕 渋沢関係略年譜
- 野田町は葛飾県の管轄となり第一大区第十二小区に編入される 創立前年表
明治4年(1871) - 【渋沢栄一】紙幣頭となる。『立会略則』発刊。〔31歳〕 渋沢関係略年譜
1月31日 大火あり、焼失戸数四百余戸、茂木七左衛門、都辺与四郎、茂木勇右衛門等の醤油醸造場、住宅、倉庫罹災 創立前年表
11月13日 野田町は印旛県の管轄となる 創立前年表
- 創立前年表
明治5年(1872) - 【渋沢栄一】大蔵少輔事務取扱。抄紙会社設立出願。〔32歳〕 渋沢関係略年譜
- 茂木利平、味噌業を廃し醤油専業となる 創立前年表
- 二代茂木房五郎、自家の醤油醸造に復す 創立前年表
- 野田郵便局設置、郵便取扱事務を開始 創立前年表
明治6年(1873) - 【渋沢栄一】大蔵省を辞める。第一国立銀行開業・総監役。抄紙会社創立(後に王子製紙会社・取締役会長)。〔33歳〕 渋沢関係略年譜
- 愛光小学校開校 創立前年表
- 野田町は千葉県の管轄となり第十二大区第十一小区となる 創立前年表
- 柏家五代次男長三郎、茂木七郎右衛門家より分家、中野長兵衛家を興こす 創立前年表
明治8年(1875) - 【渋沢栄一】第一国立銀行頭取。商法講習所創立。東京会議所会頭。〔35歳〕 渋沢関係略年譜
- 二代茂木房五郎、河野恵助より酢工場を買受ける 創立前年表
明治9年(1876) - 【渋沢栄一】東京府瓦斯局事務長。東京養育院院長。〔36歳〕 渋沢関係略年譜
- 茂木小学校開校 創立前年表
明治10年(1877) - 【渋沢栄一】択善会創立(後に東京銀行集会所・会長)。王子西ヶ原に別荘を建てはじめる。〔37歳〕 渋沢関係略年譜
- 外輪蒸気船「通運丸」両国と上州笹良橋間運航開始 創立前年表
- 茂木啓三郎、茂木房五郎家より分家 創立前年表
- 万上印味淋宮内省御用達を拝命 創立前年表
明治11年(1878) - 【渋沢栄一】東京商法会議所創立・会頭(後に東京商業会議所・会頭)。〔38歳〕 渋沢関係略年譜
- 郡区町村編成法発布、野田の大小区の名称廃止 創立前年表
明治17年(1884) - 【渋沢栄一】東京商業学校(前、商法講習所)校務商議委員。磐城炭礦社設立・会長日本鉄道会社理事委員(後に取締役)。〔44歳〕 渋沢関係略年譜
- 三代茂木房五郎、借受中の飯田市郎兵衛家の醤油醸造場七棟を買受ける 創立前年表
明治18年(1885) - 【渋沢栄一】ジャパン・ブリュワリー・コンパニー・リミテッド設立(後に理事)。日本郵船会社創立(後に取締役)。東京瓦斯会社創立(創立委員長、後に取締役会長)。〔45歳〕 渋沢関係略年譜
- 亀甲万印商標登録を出願し許可を得る 創立前年表
明治19年(1886) - 【渋沢栄一】「竜門社」創立。東京電灯会社開業(後に委員)。〔46歳〕【竜門社】竜門社が東京・深川福住町の青淵先生邸内に創立する。機関誌『竜門雑誌』創刊号を刊行。 渋沢関係略年譜
- 亀甲万印独逸国政府へ商標登録を出願し許可を得る 創立前年表
明治20年(1887) - 【渋沢栄一】東京製綱会社発起委員(後に取締役会長)。東京人造肥料会社創立委員(後に取締役会長)。京都織物会社創立、相談役。日本煉瓦製造会社創立・発起人(後に取締役会長)。帝国ホテル創立・発起人総代(後に取締役会長)。北海道製麻会社・相談役。〔47歳〕 渋沢関係略年譜
- 五代茂木七郎右衛門、私設化学試験所を設置 創立前年表
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