※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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明治26年(1893) | - | 【渋沢栄一】喜賓会創立・幹事長。東京人造肥料株式会社取締役会長。株式会社東京石川島造船所取締役会長。王子製紙株式会社取締役会長。帝国ホテル株式会社取締役会長。 | 渋沢関係略年譜 |
3月18日 | 矢野恒太「新案生命保険規則」を刊行 | わが社主要事項 | |
11月30日 | 矢野恒太「非射利主義生命保険会社の設立を望む」を刊行 | わが社主要事項 | |
- | ○この年 矢野恒太、生命表(矢野氏第1表)を作成 | わが社主要事項 | |
- | ○このころ類似保険会社続出 | 業界・一般参考事項 | |
明治27年(1894) | - | 【渋沢栄一】東京瓦斯株式会社取締役会長。東京海上保険株式会社取締役。北越鉄道株式会社創立発起人。札幌麦酒株式会社取締役会長。 | 渋沢関係略年譜 |
3月31日 | 共済五百名社解散 | 業界・一般参考事項 | |
3月 | 矢野恒太、共済生命保険合資会社を設計 | わが社主要事項 | |
4月1日 | 共済生命開業 | 業界・一般参考事項 | |
8月1日 | 日清戦役起こる | 業界・一般参考事項 | |
明治28年(1895) | - | 【渋沢栄一】東京統計協会終身会員。北越鉄道株式会社創業総会・監査役(後に相談役)。〔55歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
4月17日 | 日清講和条約調印 | 業界・一般参考事項 | |
5月16日 | 矢野恒太、生命保険事業研究のため欧米に留学 | わが社主要事項 | |
明治30年(1897) | - | 【渋沢栄一】澁澤倉庫部開業、営業主(後に澁澤倉庫株式会社発起人)。日本女子大学校創立委員会計監督(後に校長)。十勝開墾合資会社業務担当社員。広島水力電気株式会社創立、取締役会長。渋沢家洲崎養魚場開設。 〔57歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
3月15日 | 矢野恒太、帰朝 | わが社主要事項 | |
10月1日 | 金本位制実施 | 業界・一般参考事項 | |
明治31年(1898) | - | 【渋沢栄一】浅野セメント合資会社監査役。韓国視察、韓国皇帝に謁見。王子製紙株式会社取締役会長を辞す(後に相談役)。〔58歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
1月 | 日本保険医協会設立 | 業界・一般参考事項 | |
5月18日 | 生命保険会社談話会設立 | 業界・一般参考事項 | |
6月30日 | 矢野恒太、共済生命を退き農商務省に入る | わが社主要事項 | |
明治32年(1899) | - | 【渋沢栄一】衆議院議員選挙法改正規制同盟会会長。福田会名誉顧問。大蔵省より株式会社北海道拓殖銀行設立委員に任命。京仁鉄道合資会社設立、取締役社長。銀行倶楽部委員。飛鳥山邸(曖依村荘)に茶室・無心庵竣工。 〔59歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
3月9日 | 商法(新商法)公布(6.16施行) | 業界・一般参考事項 | |
6月16日 | 保険会社に関する細則及び外国保険会社に関する件公布 | 業界・一般参考事項 | |
10月30日 | 日本アクチュアリー会設立 | 業界・一般参考事項 | |
明治33年(1900) | - | 【渋沢栄一】京釜鉄道株式会社創立委員長。日本興業銀行設立委員(後に監査役)。男爵を授けられる。黒須銀行相談役。〔60歳〕【竜門社】青淵先生の還暦祝賀として『青淵先生六十年史 一名近世実業発達史』を刊行、青淵先生に贈呈する。 | 渋沢関係略年譜 |
3月20日 | 保険業法公布(7.1施行) | 業界・一般参考事項 | |
5月21日 | 矢野恒太、農商務省保険課長となる | わが社主要事項 |