第一生命保険(相)『第一生命百年史』(2004.03)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治35年(1902) - 【渋沢栄一】合名会社中井商店顧問。清韓協会設立・幹事長。京仁鉄道合資会社取締役社長。兼子夫人同伴で欧米視察。ルーズベルト大統領と会見。〔62歳〕 渋沢関係略年譜
9月15日 創立総会を東京市日本橋区坂本町東京銀行集会所で開催、定款および約款を決議し社員総代および役員を選出。初代社長に柳沢保恵、専務取締役に矢野恒太がそれぞれ就任 当社事項
9月18日 事業免許を申請 当社事項
9月29日 契約・庶務・主計・会計の4課および数理部と医局を新設し、幹部職員を任命 当社事項
9月30日 事業免許の指令を受ける 当社事項
10月1日 東京市日本橋区新右衛門町14・15番地の本社において営業を開始 当社事項
11月15日 第1回社員総代会を東京市京橋区采女町精養軒で開催 当社事項
- 矢野恒太、生命表「矢野氏第2表」を作成 当社事項
- 「内閣統計局第1回生命表」完成(矢野恒太、統計局の委嘱により作成) 業界・一般事項
明治36年(1903) - 【渋沢栄一】東宮御慶事奉祝会副会長・会計監督。インフルエンザ罹患、喘息を併発。京釜鉄道株式会社理事。日印協会創立・会員(後に会頭)。〔63歳〕 渋沢関係略年譜
1月 ミリオネア計算機を導入 当社事項
3月 初めて募集専従者を雇用 当社事項
4月6日 第1回全国保険業者大会開催(大阪) 業界・一般事項
明治37年(1904) - 【渋沢栄一】風邪をこじらせ長期に静養。韓国興業株式会社設立、監督。〔64歳〕 渋沢関係略年譜
2月1日 トンチン式配当方法・保険料一時払い・保険料払済保険の制度を設ける 当社事項
2月10日 日露戦争勃発 業界・一般事項
4月15日 千代田生命保険相互会社開業 業界・一般事項
4月 このころから「確実・親切・低廉」の標語を用いる 当社事項
- 日露戦争の戦費に充てるため生命保険会社共同で国債を引き受ける 業界・一般事項
明治38年(1905) - 【渋沢栄一】韓国皇帝より勲一等太極章。移転した養育院感化部井之頭学校と改称、開校式。徳川慶喜・伊藤博文らを飛鳥山邸(曖依村荘)に招待、茶室・無心庵にて午餐会。〔65歳〕 渋沢関係略年譜
3月27日 生命保険会社談話会を改組し、生命保険会社協会を設立 業界・一般事項
9月5日 日露講和条約調印 業界・一般事項
9月 初めて監察員を置く 当社事項
明治39年(1906) - 【渋沢栄一】大日本麦酒株式会社設立、取締役。南満州鉄道株式会社設立委員。京阪電気鉄道会社創立・創立委員長(後に相談役)。大日本製糖株式会社設立、相談役。名古屋電力株式会社創立・相談役。東海倉庫株式会社創立・相談役。明治製糖創立・相談役。〔66歳〕 渋沢関係略年譜
9月1日 本社を東京市日本橋区通三丁目の新社屋に移転 当社事項
PAGE TOP