日本製粉(株)『日本製粉株式会社七十年史』(1968.06)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治29年(1896) - 【渋沢栄一】日本精糖株式会社創立・取締役。東京興信所創立、評議員。東京銀行集会所会長。東京印刷株式会社設立・相談役。東洋汽船株式会社創業、監査役。東京建物株式会社創立発起人。第一国立銀行が営業満期により株式会社第一銀行となる。引続き頭取。汽車製造合資会社設立・創立委員(後に監査役)。北越石油株式会社創業・相談役。日本勧業銀行設立委員。〔56歳〕【渋沢敬三】父・渋沢篤二、母・敦子の長男として都内深川に生まる。 渋沢関係略年譜
7月2日 欧米へ出張する鈴木藤三郎(日本精製糖)に製粉機械購入を依頼。鈴木はサンフランシスコのワグネル製造所に二〇〇バーレルの機械一式を発注(正式契約は茂須礼商会を通ず) 日本製粉の動き
7月12日 発起人と東京製粉合資会社との間に資産引継ぎ約定書を交換、同社資産を継承 日本製粉の動き
9月7日 東京府庁から創立認可指令書受領 日本製粉の動き
9月26日 東京市日本橋区浜町(日本橋倶楽部)において創立総会開催。取締役に境、長尾、村上、笠原、南条を、監査役に吉川、森一馬、坂本を選任 日本製粉の動き
9月28日 第一回取締役会。南条取締役は取締役社長、境取締役は専務取締役就任 日本製粉の動き
9月 第二次松方内閣成立 日本と世界の動き
10月9日 設立免許申請書を農商務大臣に進達 日本製粉の動き
10月30日 設立免許指令(11月16日東京府庁から受領) 日本製粉の動き
12月28日 商業登記申請、同月31日をもって会社開業の期日と定め登録を受く 日本製粉の動き
- この年、後藤半七は二〇〇バーレルの機械を購入。札幌市北五条に新工場建設着工(三四年竣工)。長崎製粉所(二〇〇バーレル)操業開始(のち長崎製粉株式会社に改組。明治四一年焼失) 業界の動き
明治30年(1897) - 【渋沢栄一】澁澤倉庫部開業、営業主(後に澁澤倉庫株式会社発起人)。日本女子大学校創立委員会計監督(後に校長)。十勝開墾合資会社業務担当社員。広島水力電気株式会社創立、取締役会長。渋沢家洲崎養魚場開設。 〔57歳〕 渋沢関係略年譜
1月 1~4月茂須礼商会と契約のロール式製粉機械一式が次々に到着。東扇橋町一、五〇〇坪の用地に工場、事務所等を建設、8月完成(二〇〇バーレル)、9月運転開始 日本製粉の動き
3月 貨幣法(金本位制の確立) 日本と世界の動き
4月 台湾銀行法 日本と世界の動き
6月13日 第一回定時株主総会。臨時株主総会 日本製粉の動き
7月 職工義勇会(労働組合期成会)結成 日本と世界の動き
10月21日 商標登録願を農商務省に提出 日本製粉の動き
11月 石臼製粉器による旧工場は操業中止 日本製粉の動き
12月11日 第二回定時株主総会。臨時株主総会 日本製粉の動き
12月24日 商標登録済証下付。新商標の松、竹、梅を決めるなど新方針で臨む 日本製粉の動き
12月 戦後反動不況始まる(明治30年恐慌) 日本と世界の動き
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