(株)北海道新聞社『北海道新聞十年史』(1952.08)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
昭和27年(1952) - 【渋沢敬三】貯蓄増強中央委員会会長に就任。 渋沢関係略年譜
2月29日 △日米行政協定全文をタブロイド判二ページに収録して附録発行。 わが社の歩み
3月2日 △ロスアンゼルス駐在の黒葛原侃に代り円谷文夫記者特派を社告。 わが社の歩み
3月4日 △十勝沖地震により、釧路支社工務局の活字ケース倒壊して新聞発行不能となり、タブロイド型石版刷り号外を手廻発行す。 わが社の歩み
3月4日 △午前十時二十二分四十四秒発震にて十勝沖地震、十勝、日高、釧路国はじめ被害九支庁管内に及び死者二十八名、重軽傷六百二十一名、倒潰流失七千六百七十三戸、損害百五十億に達す。 内外の動き
3月5日 △釧路支社ガリ版を写真製版してタブロイド型の朝刊号外を発行、ひき続きタブロイド型写真号外を発行、本社より午前午後にわたり朝夕刊紙型を空輸す。 わが社の歩み
3月6日 百万円を醵出して震災義捐金取扱開始(従業員一同十一万九千三百八十円、北海道新聞労働組合二万円を寄託す。) わが社の歩み
3月6日 △釧路支社紙タブロイド型夕刊発行。 わが社の歩み
3月7日 △本、支社紙に釧路支社被災見舞御礼を社告。 わが社の歩み
3月7日 △農林省食糧増産五ヵ年計画案発表。 内外の動き
3月8日 △ジャカルタ駐在として高倉正夫記者特派を社告。 わが社の歩み
3月10日 △北海道放送開局、本放送をはじむ。 内外の動き
3月11日 △取扱中の十勝沖震災義捐金第一次分として三百万円を北海道募金委員会に寄託す。 わが社の歩み
3月11日 △独立式典は五月三日と閣議決定。 内外の動き
3月13日 △第一回クレパス水彩画展作品募集を社告。 わが社の歩み
3月13日 △取扱中の十勝沖震災義捐金第二次分として三百万円寄託。 わが社の歩み
3月14日 △夕刊に東西選抜将棋対抗戦棋譜連載。 わが社の歩み
3月14日 △武器製造禁止を許可制に改む。 内外の動き
3月15日 △沖縄島の遺骨調査のため親泊政憲、石内弘一、山口真一郎の三記者派遣を社告。 わが社の歩み
3月15日 △「道新会」は本、支社別四地区に分離改組することになり、釧路地方道新会結成す(ついで、旭川、函館、札幌各道新会結成。) わが社の歩み
3月15日 △政府、モスクワの国際経済会議に旅券発給せずと発表。 内外の動き
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