(株)山武『山武百年史 : 新たなる価値創造・オートメーションの拓く未来』(2007.06)

(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。

月日 事項 年表種別
明治34年(1901) - 【渋沢栄一】大阪瓦斯会社監査役。日本女子大学校開校・会計監督(後に校長)。東京・飛鳥山邸を本邸とする。京釜鉄道株式会社取締役、後に取締役会長。茨城採炭株式会社創立、相談役。〔61歳〕 渋沢関係略年譜
5月27日 山陽線全通 一般事項
11月7日 武彦の次男利彦誕生 当社関係
11月18日 八幡製鉄所操業開始 一般事項
明治35年(1902) - 【渋沢栄一】合名会社中井商店顧問。清韓協会設立・幹事長。京仁鉄道合資会社取締役社長。兼子夫人同伴で欧米視察。ルーズベルト大統領と会見。〔62歳〕 渋沢関係略年譜
12月25日 深川製釘所一時閉鎖 当社関係
明治36年(1903) - 【渋沢栄一】東宮御慶事奉祝会副会長・会計監督。インフルエンザ罹患、喘息を併発。京釜鉄道株式会社理事。〔63歳〕 渋沢関係略年譜
- 武彦、北海道鉄道(株)に入社、同時に函館船渠(株)の業務にも従事 当社関係
明治37年(1904) - 【渋沢栄一】風邪をこじらせ長期に静養。韓国興業株式会社設立、監督。〔64歳〕 渋沢関係略年譜
2月10日 日露戦争勃発 一般事項
明治38年(1905) - 【渋沢栄一】韓国皇帝より勲一等太極章。移転した養育院感化部井之頭学校と改称、開校式。〔65歳〕 渋沢関係略年譜
5月27日 日本海海戦 一般事項
9月5日 日露講和条約に調印 一般事項
- 武彦、北海道鉄道(株)を退社、函館船渠(株)支配人に就任 当社関係
明治39年(1906) - 【渋沢栄一】大日本麦酒株式会社設立、取締役。南満州鉄道株式会社設立委員。京阪電気鉄道会社創立・創立委員長(後に相談役)。大日本製糖株式会社設立、相談役。名古屋電力株式会社創立・相談役。東海倉庫株式会社創立・相談役。明治製糖創立・相談役。〔66歳〕 渋沢関係略年譜
10月 武彦、函館船渠(株)を退社をし帰京 当社関係
11月5日 ファーバー・フォークト商会と販売代理契約を締結 当社関係
12月1日 武彦、東京市京橋区五郎兵衛町に山武商会を開店(間口6間、店員2名) 当社関係
明治40年(1907) - 【渋沢栄一】帝国劇場会社創立・創立委員長(後に取締役会長)。品川白煉瓦株式会社相談役。日清汽船株式会社創立、取締役。日本皮革株式会社創立、相談役。合資会社沖商会有限責任社員・監査役。帝国製麻株式会社創立、相談役。東明火災海上保険株式会社創立、取締役。〔67歳〕 渋沢関係略年譜
10月12日 ニューヨークに金融恐慌起こる 一般事項
- 山武商会として初めての受注を呉海軍工廠から受ける(調帯綴じ機) 当社関係
明治42年(1909) - 【渋沢栄一】多くの企業・団体の役員を辞任。渡米実業団を組織し団長として渡米。タフト大統領と会見。〔69歳〕【竜門社】組織を変更し、社則を改正。青淵先生の道徳経済合一説を広め実践する団体に性格を変える。 渋沢関係略年譜
8月 酸素溶接機、切断機および酸素をドイツから日本に初めて輸入 当社関係
- ファーバー・フォークト商会が倒産。武彦、債権回収に活躍 当社関係
明治43年(1910) - 【渋沢栄一】政府諮問機関の生産調査会創立・副会長。社団法人東京銀行集会所会長。〔70歳〕【竜門社】青淵先生の七十寿祝賀会を開催する。 渋沢関係略年譜
4月 店舗を東京市京橋区南伝馬町に移転 当社関係
8月22日 日韓併合条約に調印 一般事項
10月30日 日本酸素(資)を設立。武彦、無限責任社員となる 当社関係
- (1910年初め)シュッカルト・シュッテ社の日本総代理店となる 当社関係
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