※(グレーの背景色)は、「渋沢関係略年譜」を参考のために表示しています。この社史に掲載されている年表項目ではありません。
年 | 月日 | 事項 | 年表種別 |
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明治38年(1905) | - | 【渋沢栄一】韓国皇帝より勲一等太極章。移転した養育院感化部井之頭学校と改称、開校式。徳川慶喜・伊藤博文らを飛鳥山邸(曖依村荘)に招待、茶室・無心庵にて午餐会。〔65歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
10月 | 伊藤喜十郎、日本債券株式会社を設立社長に就任、伊藤善之助取締役に就任 | 当社関係 | |
10月 | 大阪市内に初めてガス供給さる | 一般事項 | |
明治39年(1906) | - | 【渋沢栄一】大日本麦酒株式会社設立、取締役。南満州鉄道株式会社設立委員。京阪電気鉄道会社創立・創立委員長(後に相談役)。大日本製糖株式会社設立、相談役。名古屋電力株式会社創立・相談役。東海倉庫株式会社創立・相談役。明治製糖創立・相談役。〔66歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
7月 | 九州支店(福岡市博多蔵本町)開設 | 当社関係 | |
- | *新橋・下関間急行列車運転開始 | 一般事項 | |
明治40年(1907) | - | 【渋沢栄一】帝国劇場会社創立・取締役会長。品川白煉瓦株式会社相談役。日清汽船株式会社創立、取締役。日本皮革株式会社創立、相談役。合資会社沖商会有限責任社員・監査役。帝国製麻株式会社創立、相談役。東明火災海上保険株式会社創立、取締役。〔67歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
2月 | 出資工場を大阪市東区糸屋町に設け「三星印安全かみそり」などを製造 | 当社関係 | |
12月 | 篠原勇作漢字タイプライターの特許取得 | 一般事項 | |
- | *アメリカ・ヨーマンアーベー社より木製引出式キャビネットを輸入販売 | 当社関係 | |
- | *自社の掛売、商品在庫にカードシステムを採用 | 当社関係 | |
- | *東京黒沢商店らIBMタイムレコーダーの輸入開始 | 一般事項 | |
明治41年(1908) | - | 【渋沢栄一】日韓瓦斯株式会社創立、取締役会長。帝国商業銀行相談役。東洋拓殖株式会社設立委員。木曾興業株式会社創立、相談役。アメリカ太平洋沿岸商業会議所代表委員一行を飛鳥山邸(曖依村荘)に招待。〔68歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
3月 | 大阪市東区北新町に伊藤喜商店工作部を開設、手提金庫および簡単な文具などの生産をはじめる(のちゼニアイキの生産加わる) | 当社関係 | |
3月 | アメリカ・シンシナチタイムレコーダー社と契約、同社製品販売 | 当社関係 | |
8月 | 大阪市内電車運転開始 | 一般事項 | |
- | *輸入機械の販売増加 | 当社関係 | |
- | *金庫の月賦販売実施 | 当社関係 | |
明治42年(1909) | - | 【渋沢栄一】古稀に際し多くの企業・団体の役員を辞任。渡米実業団を組織し団長として渡米。タフト大統領と会見。〔69歳〕【竜門社】組織を変更し、社則を改正。青淵先生の道徳経済合一説を広め実践する団体に性格を変える。 | 渋沢関係略年譜 |
7月 | 大阪北の大火、51町1万1,300戸焼失 | 一般事項 | |
明治43年(1910) | - | 【渋沢栄一】政府諮問機関の生産調査会創立・副会長。社団法人東京銀行集会所会長。〔70歳〕【竜門社】青淵先生の七十寿祝賀会を開催する。 | 渋沢関係略年譜 |
4月 | 伊藤善之助、アメリカ、ヨーロッパ各国を視察し9月帰国。このときベント式金庫の基本となったオランダリップス社製金庫を買入れる | 当社関係 | |
5月 | 堀井新治郎、輪転謄写機の特許取得 | 一般事項 | |
8月 | 日本、韓国併合の宣言発表、朝鮮と改める | 一般事項 | |
- | *このころの販売商品 金庫(東京竹内金庫製)、手提金庫(伊藤喜製、竹内製)、堀井謄写版など雑貨をふくめた国産商品に、英文タイプライター、魔法びんなど輸入商品数十種類加わる | 当社関係 | |
明治45年(1912) | - | 【渋沢栄一】日本鋼管株式会社発起人。日仏銀行相談役。帰一協会創立・幹事。ニューヨーク日本協会協賛会創立・名誉委員長。〔72歳〕 | 渋沢関係略年譜 |
1月 | 中華民国成立、孫文大統領に就任 | 一般事項 |